第68話 僕は……
密室に響いた、決定的な告白。
しかし、僕はその言葉を聞いても、不思議と頭が真っ白になることはなかった。
これまでの冬峰さんの行動、言葉から、そんなことはとうの昔に気づいていた。
そんな冬峰さんが、今、僕の腕の中でポロポロと涙を零しながら、僕にだけすべての感情を剥き出しにして縋り付いている。
その事実を前にして、これまで心の奥底で必死に抑え込んでいた一つの感情が、決壊したダムのように溢れ出していた。
――好きだ。
冬峰 凛が大好きだ。
たまらなく、愛おしい。
冬峰さんのことが好きすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
純白の生地に真紅の椿の花が大胆にあしらわれた浴衣。
結城さんの手によって美しく着付けられていたはずのその姿は、今日のライブでの激しいパフォーマンスと、僕に縋り付くような体勢のせいで、ほんの少しだけはだけている。
普段は決して見ることのできない、透き通るような白いうなじや、華奢な鎖骨のライン。
そういった要素が一つ一つ、僕の思考を完全に支配している。
僕のジャージの胸元をきゅっと掴む、ひんやりとした白い指先。
涙で潤んだ、吸い込まれそうに大きな瞳。
微かに震えている、桜色の柔らかい唇。
そのすべてが狂おしいほどに可愛くて、今すぐこの腕の中に閉じ込めて、一生誰の目にも触れさせたくないという強烈な独占欲が僕の中で暴れ回っていた。
「ねえ、灰原くん。私だけを、見て。私だけのものになって。……お願いだから」
僕を限界まで愛して、甘えてくる、重たくて、甘くて、少しだけ不器用な想いを、僕はもう見て見ぬふりをして逃げるつもりはなかった。
「……冬峰さん……泣かないで」
「んっ……」
親指の腹で、冬峰さんの目尻からこぼれ落ちる雫をそっと拭ってやると、冬峰さんは小さく声を漏らし、僕の手にすりすりと猫のように頬を擦り寄せてきた。
ダメだ、可愛すぎる。
薄暗い間接照明の光を受けて、冬峰さんの瞳が不安げに揺れているのがわかる。
少しだけ距離を取られたことで、僕に拒絶されるのではないかと怯えているのだ。
「僕も、逃げないから……」
そして、不安げに揺れる冬峰さんの瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。
「君の気持ちには、ずっと前から気づいていたよ。……君が僕の曲に誰よりも執着して、僕を誰にも渡したくないって思ってくれている、その重たい想いも、全部気づいてた」
「……嫌、だった?」
冬峰さんが、微かに震える声で尋ねる。
彼女の瞳には、自分が我儘で嫉妬深いことを自覚しているからこその、深い恐れが浮かんでいた。
「嫌なわけがない。むしろ、逆だよ」
僕は冬峰さんの視線を受け止め、僕自身の心の底からの本音を言葉にした。
「君が僕の音を信じ抜いてくれたから、僕はもう一度、信じたし、ここにいる」
「……っ」
「それに、君がどれだけ不器用で、本当は寂しがり屋なのかも、一緒にいて痛いほどわかった。自分を守るために誰とも関わらないようにしてた君が、僕の部屋でだけあんなに甘えてくれる。……そんなの、好きにならないわけがないだろ」
「それって……」
僕が真っ直ぐに想いを伝えると、冬峰さんの目からポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
僕が先に言うべきだったかもしれない。
「好きだ。僕も、君のことが大好きだよ。君の歌声がないと生きていけないし、君のその我が儘で不器用なところも、全部愛おしいと思ってる」
そして、僕の胸元に顔を押し付け、今度は嬉し涙を流しながら何度も何度もすり寄ってくる。
「嬉しい……っ、私、夢を見ているみたい……あなたが、私のことを好きだなんて……」
「夢じゃない」
「本当……⁉」
ぱぁっと顔を輝かせる冬峰さん。
「ああ。君の孤独も、嫉妬も、僕に向けられるその重たい愛情も、全部好きなんだよ」
「灰原くん……灰原くんっ……大好きっ‼」
冬峰さんは僕のジャージの胸元をきゅっと掴み、僕の胸に顔を埋めたまま、何度も何度も僕への愛情を口にする。
その声は甘く、とろけるように熱を帯びていて、僕の理性を焼き尽くそうとしていた。
冬峰さんの柔らかい体が僕の体に完全に密着し、制服越しに伝わってくる体温が、部屋の温度をさらに何段階も引き上げていく。
ああ……今すぐ強く抱きしめ返して、その微かに震える桜色の唇を奪ってしまいたい。
すべてを僕のものにして、この密室の中で、朝が来るまで甘く溶け合いたい。
しかし、だからこそ……だからこそ中途半端な関係にはしたくない。
ただの高校生同士の、ただ付き合って、ただイチャイチャして、いつか気持ちが冷めたら別れるかもしれないような、そんな軽い約束だけは勘弁だ。
「私、もう我慢できない。……もっと、私に触れて。私の全部で、あなたを満たしてあげるから」
僕は冬峰さんの右手をそっと取り、両手でしっかりと包み込んだ。
ひんやりとした滑らかな指先から、狂おしいほどの熱が僕の手のひらに伝わってくる。
この熱を手放すことなんて、もう一生できない。
「待って、冬峰さん。僕はね……この関係をただの恋人で終わらせたくないんだ」
僕は冬峰さんの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、自分自身の魂の底から絞り出すように、その一番重たくて、一番誠実な覚悟を言葉にした。
「……だから、将来、結婚を前提としたお付き合いをしてほしい」
「け、結婚……⁉」
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




