第66話 夜よ抱きしめて
後夜祭の熱狂が冷めやらぬまま、僕たちはそのまま僕の部屋とたどり着いていた。
外の夜風とは打って変わり、防音パネルに囲まれた自室はクーラーが効いているにもかかわらず、僕たちの体から発せられる熱気で満たされていた。
帰宅した僕たちは、部屋のラグの上に座り込み、深く、そして長い安堵のため息を吐き出した。
「……終わったな」
「ええ。終わったわね」
僕が呟くと、隣に座る冬峰さんが、まだ少し荒い呼吸を整えながら柔らかく微笑んだ。
冬峰さんの浴衣姿は、ライブでの激しいパフォーマンスの影響で少しだけ着崩れており、それが逆に色っぽさを強調している。
「お兄ちゃんたち、文化祭お疲れ様ー! お茶とお菓子、持ってきたよー‼」
不意に、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開き、妹が大きなお盆に麦茶の入ったグラスとスナック菓子を山盛りにして入ってきた。
「サンキュー。助かるよ」
「ふふふーん。凛お義姉ちゃん、今日の射的の浴衣姿、すっごく可愛かったってネットでも話題になってるよ!」
「えっ……?」
え、そうなの?
冬峰さんが目を丸くすると、妹は得意げに自分のスマートフォンを見せてきた。
「ほら、これ! 『一年生の射的の看板娘が天使すぎる』って、写真付きでバズってるの!」
画面には、純白に真紅の椿があしらわれた浴衣姿で、無表情に接客する冬峰さんの姿がバッチリ写っていた。
もちろん、隣のレーンで優雅に微笑む結城さんの姿もだ。
文化祭の来場者が勝手に撮影してアップしたものだろうが、そのリポスト数は凄まじいことになっている。
「まあ、それも計算通りですわ。……ありがとうございます。お構いなく」
ソファに座っていた結城さんが、優雅な笑みを浮かべる。
「ちょっと派手にやりすぎた感はあるわね……」
「わたくしは良いと思いましたよ? 凛。あなたが、綺麗な姿を人前に晒せば注目するのは間違いなかったのですから」
「し~お~り~」
「あはは! じゃあ、私は戻るから。楽しんでね~」
バタン、と部屋の扉が閉められ、密室となった部屋に、再び三人だけの空間が戻ってきた。
「では……」
結城さんがグラスを手に取り、高く掲げた。
僕と冬峰さんも、それに合わせてグラスを手に取る。
「我々『Polaris Echo』の、初のゲリラライブ大成功を祝して。……乾杯!」
「「乾杯‼」」
カチンッ、と三つのグラスが重なり合う心地よい音が部屋に響いた。
冷たい麦茶が、ライブの極限の緊張と興奮で渇ききっていた喉を潤していく。
「……本当に、やったのね」
冬峰さんがグラスを両手で包み込むように持ち、夢見るような表情で呟いた。
「全校生徒が、私たちの曲を聴いて、あんなに熱狂してくれた。……あなたの音が、みんなの心を震わせていたのよ」
「冬峰さんの歌声があったからだ」
僕が真っ直ぐに褒めると、冬峰さんは照れくさそうに視線を逸らし、耳の先まで真っ赤に染めた。
「もう……お二人とも、見せつけるのはその辺にしてくださいな。わたくしがいることをお忘れなく」
結城さんがわざとらしくため息を吐き、自分のノートパソコンを開いた。
「そういうわけじゃない。結城さんも色々段取りしてくれたことには感謝している」
「ええ、下手したらあなたたちより動いていましたわ」
結城さんは冗談交じりに苦笑しながら言ったが、それは、事実だろう。
クラスの出し物の際のパフォーマンス、今日あの場までの全段階の確認。
結城さんが敷いてくれたレールに僕らは乗っかっただけだ。
「さあ、現実の反響を見てみましょう。放送室のジャックと同時に、ネット上にも『Replica』のライブ音源と映像をアップロードしておきましたから」
「いつの間に……」
結城さんが画面をモニターに映し出す。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
動画の再生数は、投稿から数時間しか経っていないにもかかわらず、すでに前作の初動を大きく上回る勢いで跳ね上がっている。
『ライブ音源⁉ マジで最高すぎる!』
『フユさんの生歌の迫力ヤバい……! 鳥肌が止まらない‼』
『タラって本当に天才だな。このアレンジ、ライブ映えしすぎだろ』
『ダチAの映像と合わせて、完全に一つの芸術作品になってる』
SNSのトレンドには、「Polaris Echo」「ライブ映像」「フユ生歌」といったワードが上位を独占していた。
「……これが、我々の創り出した熱狂ですわ」
結城さんが満足げに放つ力強い言葉に、僕と冬峰さんは無言で深く頷いた。
恐れ入った……ここまでとは
僕がゴミ箱に捨てた過去の残骸が、再生数という形でこれほどまでに多くの人々の心を揺さぶっている。
その事実が、僕の胸の奥を熱く、痛いほどに締め付けた。
「さて、わたくしは今日はこれで失礼しますわ。動画のデータ整理と、今後のプロモーション戦略を練らなければなりませんから」
結城さんがノートパソコンを閉じ、鞄を手に取った。
「えっ、もう帰るの?」
「ええ。それに……大仕事を終えた後のお二人に、水入らずの時間が必要でしょう? わたくしは無粋な真似はしませんわ」
結城さんは悪戯っぽくウィンクをし、意味深な視線を冬峰さんに向けた。
「凛、わたくしが敷くレールはここまでです。あとは頑張りなさい」
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




