第65話 心沸かすのだ!
体育館の中は、いまだにメイン照明が落ちたままで、生徒たちのスマートフォンのライトが星空のように揺れている。
「「「アンコール‼ アンコール‼」」」
そして、地鳴りのような声が、止むことなく響き続けていた。
「……すごい熱気ですわね」
結城さんが感嘆の声を漏らす。
僕たちは入り口からそっと中へ入り、一般生徒たちが密集している最後列の暗がりへと見事に紛れ込んだ。
周囲からは、興奮冷めやらぬ生徒たちの声が飛び交っている。
「おい、今のバンド何だったんだよ⁉ すげぇかっこよかったぞ‼」
「あんなすげえ声のやつ、うちの学校にいたのかよ‼」
「あの音、すごくいい! 鳥肌が止まらなかった‼」
「マジで伝説だろこれ!」
自分たちの正体がバレていない安心感と、自分たちの作った音楽がこれほどまでに熱狂を生み出しているという事実。
その両方が、僕の胸を痛いほどに締め付けた。
「……灰原くん」
「ん?」
不意に、暗闇の中で僕の右手に、ひんやりとした柔らかな手がちょんと触れた。
「はぐれないように……」
「あ、ああ。どうぞ?」
そのまま僕が手を握ると、冬峰さんは指を絡ませてきた。
「ちょっ……と?」
「良いじゃない」
「ああ……」
「……私たちの、勝利ね」
冬峰さんは暗闇の中で、僕にだけ見える極上の笑みを浮かべた。
僕も彼女の手を強く握り返し、その熱をしっかりと受け止めた。
その時だった。
「奏多ーっ‼」
「んおっ!」
人混みをかき分けるようにして、背後から鼓膜を震わせるほど明るい声が響いた。
振り返ると、花穂が、興奮で頬を真っ赤に染めながら駆け寄ってくるのが見えた。
僕は冬峰さんの手をパッと離して花穂のほうへと向かった。
手を離したときに冬峰さんのしょんぼりとした顔が一瞬見えたが、気にしないことにした。
「今の見た⁉ すっごかったよね‼ 今のライブ! あんなの聞いてないよ!」
花穂は目をキラキラと輝かせ、僕の左腕にぎゅっとしがみついてきた。
「あ、ああ……すごかったな。びっくりしたよ」
僕は引きつった笑いを浮かべながら、必死にすっとぼけた。
「ねえねえ、あの曲さぁ……」
「花穂、それ以上はストップだ」
「う、うん。気のせいだったことにしておくよ……でも、本当に感動しちゃった!」
花穂が僕の腕を掴んで熱弁する。
彼女の鋭すぎる勘に、僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「僕も、そのうち上手くなるよ」
「……日向さん」
僕の右側から、絶対零度の冷気が漂ってきた。
冬峰さんが、花穂に向けて冷たい視線を放っていた。
「私たちは実行委員の仕事で裏方にいたから、ちゃんと見られなかったわ。……だから、あまり彼を質問攻めにしないでちょうだい」
冬峰さんは涼しい顔で嘘をつきながら、『この人は私のものよ』という、無言の強烈な牽制。
「えっ……あ、うん。ごめんね、あたし一人で興奮しちゃって……」
花穂は冬峰さんの冷たいオーラに気圧され、少しだけ僕の腕から力を緩めた。
「いや、良いんだ。実際に曲は聞いていたし、それに花穂の気持ちも良く分かるからさ」
「そぉ? それならいいけどぉ……」
二人の間にバチバチと見えない火花が散り始めたのを察し、結城さんが絶妙なタイミングで割って入った。
「日向さん。二人は実行委員として、とても忙しかったそうですから。ほどほどにしてあげましょう」
「うん、そうだね……ごめんね奏多」
「いや、気にしないで。ほら、向こうで友達が待ってるぞ」
「うん、じゃあね」
花穂が僕らから離れて友達のほうへ向かっている途中。
バチンッ‼
体育館のメイン照明が一斉に点灯し、眩しい光が空間を満たした。
「うおっ、まぶしっ!」
突然の光に、生徒たちが目を細めて声を上げる。
ステージの上には、当然ながら誰もいない。
騒然とする空気の中、司会の生徒がマイクを握りしめ、興奮冷めやらぬ声で叫んだ。
『え、えーと……なんだかものすごいライブがありましたが……皆さん、楽しんでいただけましたか⁉』
「「うおおおおおおおおっ‼」」
『改めまして‼ 以上をもちまして、今年度の文化祭、および後夜祭の全プログラムを終了します‼ 皆さん、気をつけて下校してください‼』
司会のアナウンスが響き渡っても、生徒たちの興奮は冷める気配がなかった。
誰もが今目撃した正体不明のユニットのライブについて、熱く語り合いながら出口へと向かっている。
「終わったな……」
僕が小さく呟くと、冬峰さんが再び、手をつなぎ、僕を見上げてふっと優しく微笑んだ。
「ええ。最高の文化祭だったわ」
大歓声と拍手が鳴り止まない体育館の最後列で。
僕たちは誰にも気づかれないように手を繋いだまま、これ以上ないほどの達成感と、静かで甘い余韻の中に深く沈み込んでいった。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




