第63話 踊っちゃうような衝動を
曲はサビへと突入する。
ドラムのクラッシュシンバルが、激しく打ち鳴らされた。
それと完全にシンクロするように、スクリーンに映し出されていたモノクロの線画の上に、ペンキを直接ぶちまけたような、ビビッドで暴力的な色彩が画面全体を侵食し始めた。
視覚と聴覚の衝撃が、同時に全校生徒を襲う。
綺麗なストリングスを排除し、前面に押し出された歪んだギターサウンドの同期音源。
それに負けじと、冬峰さんがキーを下げずに地声で張り上げる、強烈なボーカル。
声がひっくり返りそうになり、かすれそうになりながらも、すべての感情をぶつけてくるような叫び。
ボーカルと伴奏が激しく衝突し、互いに傷つけ合いながらも、一つの巨大な熱量となって押し寄せてくる。
体育館の床が、ビリビリと震えているのがわかった。
「す、すげえ……‼」
「鳥肌が止まらない……! なんだこれ‼」
暗闇の中で、生徒たちの熱狂が渦を巻き始める。
誰かがスマートフォンのライトを点灯させ、それを振り始めた。
一つ、また一つと光が増えていき、やがて体育館全体が、無数の星のような光の粒で埋め尽くされた。
まるで、北極星の光に導かれて、世界中に響き渡る残響のように。
僕はキーボードを叩きながら、チラリと隣を見た。
マイクを両手で握りしめ、目を閉じて全身で歌い上げる冬峰さんの横顔。
汗が頬を伝い、激しい呼吸に合わせて肩が上下している。
こんなにも感情を剥き出しにした彼女の姿を、僕は今まで見たことがなかった。
しんどい……正直、空気に吞まれそうだ。
不意に、冬峰さんが目を開け、僕の方へと視線を向けた。
暗闇の中でもはっきりとわかる、潤んだ瞳。
その瞳の奥には、僕に対する愛情と、強い信頼が宿っていた。
そうだよな……やるしか! ないよなぁ‼
僕も冬峰さんを見つめ返し、深く頷いた。
僕たちの歪でじれったい共鳴が、今、この空間を完全に支配している。
これが、僕の本気の音だ‼
言葉ではなく、音楽で直接見せつけるという約束。
それを今、最高の上書きで果たしているのだ。
曲が終盤に差し掛かり、最後のサビのリフレイン。
冬峰さんの声が限界を超え、かすれながらも、さらに高く、強く響き渡る。
歪んだギターのノイズがそれに絡みつき、一つの巨大な塊となって昇華されていく。
そして、最後のギターのノイズが、ゆっくりとフェードアウトしていった。
スクリーンに映し出されていたビビッドな色彩がスッと消え、代わりに『Polaris Echo』のシンプルなロゴが白く浮かび上がる。
終わった……やり切った。
それも数秒で消え、体育館は完全な暗闇と、深い静寂に包まれた。
誰もが息を呑み、圧倒的な余韻に浸っていた。
そして。
「「うおおおおおおおおっ‼‼」」
「最高だぁぁぁっ‼」
「アンコール‼ アンコール‼」
地鳴りのような、鼓膜を破らんばかりの大歓声と拍手が、体育館全体を激しく揺るがせた。
数百人の生徒たちが一斉に叫び、足を踏み鳴らし、熱狂の渦を生み出している。
誰もが、今目の前で起きたライブの衝撃から抜け出せずにいた。
それは僕らも同じだった。
僕と冬峰さんは、荒い息を吐きながら向かい合っていた。
「……やった、やったわ、灰原くん‼」
冬峰さんが、汗ばんだ額を拭うことも忘れ、マイクを手放して僕の胸に勢いよく飛び込んできた。
「っと!」
僕は冬峰さんの細い体を両腕でしっかりと受け止める。
興奮で熱を帯びた体温と、狂おしいほどに激しい心拍数が、ジャージ越しに僕の全身へと伝わってくる。
「ああ、大成功だ‼」
「あなたの音があったからよ‼ 私の声を、ここまで引き上げてくれたのは、あなたなんだから!」
冬峰さんは僕の首に腕を回し、上ずった声で叫ぶように言った。
彼女はただ、僕の音と共に喜びを全身で表現し、僕という存在に縋り付くように密着していた。
「灰原さぁぁんっ‼ 凛ーーっ‼」
不意に、暗闇の奥からドタドタと走ってくる足音が聞こえた。
振り返ると、放送室でのハッキング作業を終えた結城さんが、いつもの優雅な足取りとは似ても似つかない、全力疾走でこちらへ向かってきていた。
「結城さん!」
「ハァ、ハァ……っ! やりましたわ! 最高でしたわ、お二人とも!」
結城さんは僕たちの前で立ち止まると、息を弾ませながら興奮した声で叫んだ。
普段は冷静沈着な彼女が、今は顔を紅潮させ、感情を爆発させている。
「映像のタイミング、完璧だったよ! ありがとう!」
「ええ! わたくしも放送室のモニターで見ていましたが、視覚と聴覚のシンクロが想定以上の爆発力を生み出していました! まさに最高のエンターテインメントですわ!」
結城さんはそう言うと、僕と冬峰さんの方へと両手を差し出してきた。
僕たちは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼすと、結城さんの手の上に自分たちの手を重ね合わせた。
パンッ‼
小気味良い音が暗闇に響く。
「これで、みんな私たちの音楽の虜ね」
冬峰さんが、涙ぐんだ顔に最高に美しく、そして誇らしげな笑顔を浮かべて言った。
三人の手が重なり合い、その手から伝わる熱いものが、僕たちの絆をさらに強固なものにしていく。
「さあ、先生たちがここに駆けつけてくる前に、早く撤収しましょう!」
結城さんが本来の頼れる顔に戻って指示を出した。
「そうだな。急ごう!」
僕はキーボードに被せてあった黒い布を再びかけ、機材をまとめた。
冬峰さんもマイクを片付け、僕たちは足早にステージ袖から離脱した。
「「「アンコール‼ アンコール‼」」」
背後からは、まだ体育館を揺るがすような大合唱が聞こえ続けている。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




