第60話 僕が連れていくよ
やがて、校舎の方から一般公開の終了を告げる下校のチャイムが鳴り響いた。
「……そろそろ、戻らないと怪しまれるわね」
冬峰さんが名残惜しそうに僕の腕から離れ、浴衣のシワを軽く手で直した。
「そうだな。実行委員として、教室の片付けや後夜祭の誘導もしなきゃいけないし」
「ええ。……でも、今日の一番の大仕事は、その後よ」
冬峰さんの瞳には、すでにステージに立つボーカリストとしての、圧倒的な熱と覚悟が宿っていた。
「分かってる。頼んだよ」
「ええ、信頼してくれていいわ」
僕たちは頷き合い、渡り廊下の陰からそれぞれの足取りで、まだ熱気の残る教室へと戻っていった。
◇◇◇
午後四時半
スピーカーから流れる『蛍の光』のメロディと共に、校内にあふれていた一般客たちが少しずつ正門へと向かっていく。
教室に戻った僕たちは、クラスメイトたちと協力して、射的の景品の残りや銃を片付け始めていた。
浴衣姿の冬峰さんがテキパキと指示を出し、クラスの男子たちがそれに従って動く。
普段は冬峰さんに話しかけることすら躊躇う男子たちも、実行委員としての彼女の的確な指示には素直に従っていた。
「灰原さん、こちらの段ボールは裏にまとめておきますわ」
結城さんが、手慣れた様子で片付けを進めながら僕に声をかけてきた。
「ありがとう、結城さん。……放送室の方は?」
僕が声を潜めて尋ねると、結城さんは瞳をキラリと光らせた。
「完璧ですわ。すでに必要なアクセス権は確保していますし、機材のジャックもテスト済みです。後は、タイミングを見計らってスイッチを押すだけ」
「さすがだ……本当に、結城さんが味方でよかったよ」
「ふふっ。プロのクリエイターとして、最高のエンターテインメントをお膳立てするのは当然の務めですから」
結城さんが不敵な笑みを浮かべた時だった。
「奏多ーっ‼」
廊下から、元気な声と共に幼馴染の花穂が顔を出した。
花穂もクラスの片付けが一段落したのか、少し汗ばんだ顔でこちらに駆け寄ってくる。
「お疲れ様、花穂。そっちの巨大迷路も無事に終わったか?」
「うんっ! すっごく疲れたけど、大盛況だったよ! ……ねえねえ、この後の後夜祭、一緒に見ようよ!」
花穂が僕の腕を掴み、目を輝かせて提案してくる。
普段なら、僕は面倒くさがりながらも彼女の誘いに乗っていたかもしれない。
しかし、今日だけは絶対に不可能だった。
「ごめんな、花穂。実行委員の仕事があって……だから、一緒には見られない」
「えーっ……実行委員って、後夜祭の間も仕事あるの? 大変だね……」
花穂がぷくっと頬を膨らませて不満そうにする。
「ああ、色々と見回りとかあるからさ。……花穂は、友達と一緒に楽しんでくれ」
「むぅ……分かった」
「……ごめんな、今度埋め合わせをするから」
僕が約束すると、花穂は「絶対だからね!」と念を押して、自分のクラスへと戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、僕は少しだけ胸の奥が痛むのを感じた。
「……日向さんには、内緒なのね」
いつの間にか隣に来ていた冬峰さんが、冷たい声でポツリと呟いた。
「当然だろ。といってももうバレているかもしれないけど」
「私よりあなたのことを知っている唯一の人だもんね」
容赦なく冬峰さんは棘をさしてくる。
僕は苦笑いを浮かべながら、隠していた理由を話した。
「それに……」
「それに?」
「……僕の音が、どれだけ本気なのか。花穂にも、言葉じゃなくて音楽で直接見せつけたいんだ」
花穂は僕が音楽をやめたことを知っている。
その理由も、なにもかも。
だからこそ、音楽を再開した今だからこそ、花穂に聴いてほしい。
僕の言葉を聞いた冬峰さんは、少しだけ驚いたように目を見開き、やがて満足そうにフッと微笑んだ。
「そう。……なら、とびきりの音を響かせないとダメね」
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