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第58話 そう冷静にはならないで

 午前九時。


 文化祭が開幕すると、校内は瞬く間に一般の来場者と他校の生徒たちで溢れ返った。


 僕たちのクラスの『射的』は地味になるかと心配していたが、それは完全に杞憂きゆうに終わった。


 結城ゆうきさんと冬峰ふゆみねさんが受付と案内係に立つや否や、教室の外、廊下の端まで続く長蛇の列ができあがってしまったのだ。


 学年で一番目に可愛い冬峰ふゆみねさんと二番目に可愛い結城ゆうきさん。


 この二人が美しい浴衣姿で接客しているのだから、男子生徒たちが放っておくわけがない。


 宣伝効果にはなると思っていたけど、まさかここまでの魅力が二人にあると思ってなかった。


「いらっしゃいませ。一回百円で、五発撃てますわ。ルールは黒板に記載の通りです」


 結城ゆうきさんが優雅な笑顔で、的確に客を誘導していく。


「……次の方、こちらへどうぞ」


 一方の冬峰ふゆみねさんは、相変わらずの無表情で淡々と客の対応をこなしている。


 他校から来たらしい男子生徒が、勇気を出して鼻の下を伸ばしながら声をかけた。


「あ、あの! 終わったら、LINE交換しませんか⁉」


「業務外の質問にはお答えしません」


「じゃ、じゃあ一緒に写真だけでも! そちらのお姉さんでもいいので!」


「お断りします」


「ごめんなさい、LINEは壊れているので……」


「他のお客様の迷惑になりますので、速やかに進んでください。……次の方、どうぞ」


 見事なまでの塩対応である。


 しかし、純白に真紅の椿があしらわれた浴衣姿の圧倒的な美しさと、その絶対零度のオーラのギャップが、逆に一部の男子たちの心に火をつけているらしく、列は一向に途切れる気配がなかった。


「お、おい‼ 冬峰ふゆみねさんが浴衣着てるぞ! マジで天使かよ……!」


結城ゆうきさんの浴衣姿もヤバい! 並ぶ! 絶対並ぶ‼」


 男子たちの野太い声と熱気が教室中に響き渡る。


 僕は的のセッティングや倒れた景品の補充、銃への弾込めといった裏方作業に追われ、文化祭の熱気も相まって滝のような汗を流していた。


「はい、三番レーン、弾補充します!」


 コルク弾の入ったカゴを持って走り回っていると、不意に、カウンターの奥にいた冬峰ふゆみねさんが僕を呼んだ。


灰原はいばらくん。こっち、お願い」


 僕が弾のカゴを持って近づくと、冬峰ふゆみねさんは周囲の客には見えない絶妙な角度で、ほんのりと表情を緩め、僕にだけ極甘な微笑みを向けてきた。


「……お疲れ様。すごく忙しいわね。汗、かいてる」


「これくらいは良いよ」


「じっとしてて」


 そう言うと、冬峰ふゆみねさんは自分の浴衣の袂から薄紅色のハンカチを取り出し、僕の額に浮かんだ汗をそっと優しく拭い始めたのだ。


「ちょっ、冬峰ふゆみねさん……! 仕事中だぞ……」


「いいじゃない。灰原はいばらくんは裏方で頑張ってくれてるんだから、これくらい」


 冬峰ふゆみねさんの冷たい指先が額越しに触れるたび、甘いフローラルな香りが漂ってくる。


「そうだけど……」


 さっきまで他校の男子に絶対零度の対応をしていた冬峰ふゆみねさんが、裏方である僕に対してだけ、こんなにも甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。


 当然、それに気付いた周囲の男子客からの視線が、一気に僕へと集中した。


「おい、なんだあの裏方の男……」


冬峰ふゆみねさんに汗拭いてもらってるぞ……!」


「ふざけんな! 灰原はいばら、爆発しろ!」


 殺意に満ちた声が僕の背中にチクチクと突き刺さる。


 生きた心地がしない。


「でも、他の男の人にジロジロ見られるのは、やっぱり好きじゃないわ。灰原はいばらくんにだけ、見てほしいのに」


 小声で囁かれた限界デレの台詞に、僕は思わず持っていたコルク弾を落としそうになった。


「バカっ……だから仕事中だってば」


「知ってるわ」


 冬峰ふゆみねさんは僕の手からカゴを受け取る際、わざと自分の冷たい指先を僕の手のひらに這わせるようにして触れてきた。


「おい、()()()()()()()‼ これ、絶対倒れないように細工してるだろ! 詐欺じゃないか!」


 僕と冬峰ふゆみねさんの甘い空気が一瞬でかき消されるような、耳障りな粗暴な声が響いた。


 声の主は、的の最上段に鎮座する特賞の大きなぬいぐるみを狙って五発全弾を外したらしい、他校の男子客だった。


 自分の腕のなさを棚に上げて、顔を真っ赤にして大声で文句を言い始めている。


 せっかくの文化祭の空気が、ピリッと張り詰めた。


 周囲の客たちも不穏な空気を察し、ヒソヒソと様子を窺い始める。


「あら、そのような不正は一切行っておりませんわ」


 隣のレーンで優雅に接客をしていた結城ゆうきさんが、笑みを崩さずにスッと声をかけた。


 しかし、その奥の瞳は、決して笑っていなかった。


「嘘だ‼ だったら証明してみせろよ‼ こんなデカいぬいぐるみが、コルクの弾なんかで落ちるわけねえだろ!」


「よろしいですわ。では、わたくしがお見せしましょう。……そこの彼、少し銃を貸してくださる?」


 結城ゆうきさんは並んでいた別の客からコルク銃を受け取ると、そのままバトントワリングのようにクルリと指先で美しく銃を回して見せた。


 ひらりと浴衣の袖が舞い、その華麗な所作に周囲の客から「おおっ」と感嘆の声が漏れる。


「さあ、皆様、よく見ていてくださいませ」


 結城ゆうきさんの透き通るような声が教室に響き渡ると、騒がしかった射的場が、まるで舞台の幕が上がる直前のように水を打ったように静まり返った。


 彼女が放つ、プロのエンターテイナーとしての圧倒的なオーラが、その場にいる全員の視線を釘付けにしていた。


「射的のコツは、弾道計算と反射神経ですわ。分かりやすく解説しながらやりますのでよく見ていてくださいませ」


 結城ゆうきさんは片目をパチリと閉じると、スッと姿勢を正して銃を構えた。


 左手を銃身に美しく添え、静かに狙いを定める。


 その横顔は、獲物を狙う鷹のように鋭く、そして美しかった。


 ギャラリーが息を呑む中、結城ゆうきさんの指が引き金にかかる。


「第一の弾は、的の重心を揺さぶります」


 パンッ!


 放たれた一発目のコルク弾が、特賞のぬいぐるみの土台部分に命中し、ぬいぐるみがグラリと大きく揺れた。


「第二、第三の弾は、傾きを加速させるための追撃、ここは連続で行きますわ」


 ガシャッ、パンッ!


 ガシャッ、パンッ!


 目にも留まらぬ速さでポンプアクションを行い、次弾を装填しては撃つ。


 その流れるような手付きと装填音は、まるで一種の音楽のビートのようにリズミカルだった。


 二発目、三発目がぬいぐるみの腹部に連続で命中し、特賞は今にも落ちそうに後方へと傾く。


「第四の弾は、重心を少しだけずらしますわ」


 ガシャッ、パンッ!


 四発目が命中し、ぬいぐるみはついに台座の縁から体が半分以上はみ出した状態になった。


「最後の第五の弾で、幕引きですわ」


 結城ゆうきさんは最後に、あえてゆっくりと、最も優雅な動作で五発目を装填した。


 そして、一際高い音を立てて引き金を引く。


 ターンッ!


 放たれた五発目のコルク弾が、大きく傾いた特賞の大きなぬいぐるみのど真ん中を完璧に打ち抜き、ついに雛壇からすがすがしく転げ落とした。


 ドンッ、と床に落ちたぬいぐるみの重たい音が、教室に鳴り響いた。


 数秒の、完全な静寂。


 結城ゆうきさんは銃口をフッと息で吹く仕草を見せ、ゆっくりと銃を下ろした。


 そして――。


「まあ、()()()()()()()()


「うおおおおおっ‼」


「すげぇ‼ なんだ今の、アクション映画かよ⁉」


「アンコール‼ お姉さん、カッコよすぎる‼」


 割れんばかりの拍手喝采と大歓声が、教室中を揺るがせた。


 先ほどまで文句を言っていた他校の男子客は、結城ゆうきさんのあまりにも次元の違う神業を見せつけられ、顔を真っ赤にして逃げるようにその場を去っていった。


「ふふっ。さあ、皆様も挑戦してみてくださいな」


 結城ゆうきさんは涼しい顔で銃を返し、優雅に微笑んだ。

カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。

先が気になった方はそちらもご覧ください。

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