第54話 未完成な僕を認めて
長かった二学期の前半戦を締めくくる、文化祭の前日。
夕方の教室で、僕たち実行委員はクラスの出し物である『射的』の最終設営に追われていた。
ホームセンターで買い集めた木材で作った雛壇に、手作りの景品を並べ、提灯を飾り付ける。
案内係が着る浴衣の着付けスペースも確保し、明日の本番を待つばかりとなっていた。
◇◇◇
そして、夜の八時。
外はすっかり暗くなり、秋の虫の音が響き始めている頃。
僕の部屋には、見慣れた二人が、それぞれ少し大きめのボストンバッグを持ってやってきていた。
学年一の美少女である冬峰さんと、クラスで一番頼れる結城さんだ。
「……というわけで、今夜はよろしくお願いしますわ、灰原さん」
「よ、よろしく……」
「まさか、本当に泊まり込むことになるとは思わなかったよ……」
僕が頭を抱えながらため息を吐くと、結城さんは眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせた。
明日の文化祭本番。
僕たち『Polaris Echo』は、全校生徒の前でライブを敢行するという途方もない計画を立てている。
その最終リハーサルと、早朝からの実行委員の仕事に備えるため、結城さんの提案で二人が僕の家に泊まり込むことになったのだ。
「お兄ちゃん、やるぅー! ついに凛お義姉ちゃんと結城さんをお泊まりさせるなんて‼」
一階から麦茶と夜食のおにぎりをお盆に乗せて運んできた妹が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。
両親には「文化祭の実行委員の仕事と、出し物の準備で徹夜になるかもしれないから」と説明して、なんとか許可を得たのだが、このお祭り好きな妹の目は誤魔化せそうにない。
「ばっ、お前な……! 変な冷やかし方をするな! 純粋な文化祭の準備だ!」
「ふふふーん。凛お義姉ちゃん、お兄ちゃんが夜中に変なことしてきたら、遠慮なく蹴飛ばしていいからね!」
「……ええ、わかったわ。でも、私から変なことをするかもしれないけれど」
「ひゃーっ! お義姉ちゃん大胆!」
「冬峰さんも乗っからないでくれ!」
涼しい顔で爆弾発言を投下する冬峰さんに、僕は頭を抱えた。
「ごゆっくりー!」
妹は大満足の様子で叫びながら一階へと戻っていった。
「さて、茶番はその辺にしておいて。明日のライブの最終確認をしましょうか」
結城さんがノートパソコンを開き、画面にタイムスケジュールを映し出した。
「生徒会や放送部への根回しと、システムのハッキング紛いの裏工作は完璧に完了していますわ。……我々のライブは、明日の『後夜祭』のクライマックスに行います」
「後夜祭……ステージじゃなかったのか?」
僕が驚いて尋ねると、結城さんは不敵な笑みを浮かべた。
「ステージではインパクトが足りません。後夜祭は、屋内イベントで熱気が最高潮に達する時間帯です。そのフィナーレの直前、照明が落ちた瞬間に、放送室の機材をジャックして我々の音を流します。……想像しただけで、鳥肌が立つほどのエンターテインメントだと思いませんか?」
結城さんの恐ろしいほどに計算し尽くされた計画。
全校生徒が集まる後夜祭でのゲリラライブ。
失敗すれば大目玉どころの話ではないが、成功すれば、間違いなく学校の伝説になる。
結城さんにここまでされたんだ、僕も腹を括るしかない。
「……やるしかないな。機材のセッティングは、僕と冬峰さんで実行委員の仕事の合間を縫って体育館の袖に隠しておく」
「ええ。あとは、お二人のパフォーマンス次第ですわ」
結城さんの言葉に、隣に座っていた冬峰さんが小さく頷いた。
彼女の表情には、ただ純粋に音楽へと向かい合う真摯な熱が宿っていた。
「じゃあ、最終リハーサルを始めよう」
僕はパソコンを操作し、編集ソフトを立ち上げた。
演奏するのは、ネット上で爆発的な反響を巻き起こした『Replica』だ。
冬峰さんがマイクの前に立ち、ヘッドホンを耳に当てる。
僕もキーボードの前に座り、小さく深呼吸をした。
「……行くよ」
イントロが流れ始める。
不協和音スレスレの不安定なコード進行。
それに合わせて、冬峰さんが地声で張り上げる痛切なボーカルを重ねていく。
防音室の中に、彼女の圧倒的な声量が響き渡る。
何度も何度も合わせてきた音だが、明日の本番を控えた冬峰さんの歌声は、これまでで一番の熱量と焦燥感を孕んでいた。
僕の弾くキーボードと彼女の声が激しく衝突し、互いに傷つけ合いながらも、一つの巨大な感情のうねりとなって昇華されていく。
曲が終わると、部屋の中に重たい余韻と、荒い呼吸音だけが残った。
「……完璧ですわ。これ以上のテイクはありません」
結城さんが、小さく拍手をしながら言った。
僕も深く頷き、冬峰さんに向かって親指を立てた。
「ああ。本当に最高だ。……明日、絶対に……成功させよう」
「……ええ」
冬峰さんはヘッドホンを外し、少しだけ頬を上気させながら微笑んだ。




