第50話 その真相はトップシークレット
広々としたリビングのダイニングテーブルに、四人が向かい合って座る。
クーラーが効いているとはいえ、四人も集まればそれなりに熱気がこもる。
僕と結城さんが教える側に回り、冬峰さんと花穂がプリントに向き合ってシャーペンを走らせる、中間テストの時と同じ構図だ。
「日向さん。そこの英単語の活用、間違っていますよ。過去分詞形をもう一度確認してください」
「うう……結城先生、厳しい……」
「凛。数学の微積分の基礎がすっかり抜け落ちています。音楽の波形ばかり見ていないで、数字の波形にも向き合いなさい」
「……わかっているわよ」
結城さんの容赦ないダメ出しに、二人は涙目でノートに向かっている。
僕も花穂の数学のつまづきをサポートしながら、自分の宿題を進めていた。
一時間ほど、息の詰まるようなみっちりとした勉強会が続いた。
「ん〜〜〜っ! わっかんない! きゅうーけーい!」
不意に、花穂がシャーペンを放り出し、テーブルに突っ伏した。
そして、顔だけをこちらに向け、上目遣いで僕を見つめてくる。
「ねえ、奏多ぁ?」
「なんだ?」
「気分転換にアイス食べたいなー! お盆の親戚の集まりでもらった、高級なアイスが冷凍庫にあるんでしょ? 妹ちゃんが言ってたよ!」
「お前、本当にうちの妹と結託して何でも知ってるな……仕方ない、ちょっと取ってくるから待ってろ」
僕が立ち上がろうとすると、向かい側に座る冬峰さんが、スッと僕のジャージの裾を引っ張った。
「……灰原くん。私は、冷たい麦茶がいいわ。……淹れてきてくれる?」
冬峰さんは黒縁眼鏡の奥から、ほんの少しだけ甘えたような、そして花穂への牽制を含んだ瞳で僕を見上げてきた。
「ああ、分かった。結城さんは何がいい?」
「わたくしはアイスコーヒーをお願いしますわ。ブラックで」
「はいよ」
僕は三人の注文を受け、キッチンへと向かった。
冷凍庫から人数分のアイスを取り出し、グラスに氷を入れて飲み物を準備する。
リビングからは、花穂と冬峰さんの話し声が微かに聞こえてきた。
「……そういえば、夏祭りの時、急に雨降ってきて大変だったよね! 結城さんも無事でよかったけど。……あの時、冬峰さんは奏多と一緒にいたんだよね?」
花穂が、何気ないふりを装って、核心を突くような質問を投げかけたのが聞こえた。
僕はキッチンで手を止め、息を呑んだ。
あのゲリラ豪雨の夜、僕が花穂からの電話に出た際、僕は正直に『冬峰さんと一緒に行動してて、同じ場所で雨宿りしてる』と伝えた。
だから、花穂は僕たちが一緒にいたことは知っている。
だが、あの時、冬峰さんがわざと甘い声を出して僕に抱きついてきたことは、激しい雨音にかき消されたのか、幸いにも花穂には聞こえていなかったようだ。
それでも、密室で二人きりだったという事実が、花穂の嫉妬心に火をつけているらしい。
頼むから……余計なことを言わないでくれよ。
「……ええ、そうよ。それが何か?」
冬峰さんの声は、平坦で冷たかった。
「別にー。ただ、二人きりで雨宿りなんて、何してたのかなーって思って」
「……何もないわ。ただ雨が止むのを待っていただけよ」
「ふーん? 奏多、優しすぎるから、濡れた冬峰さんのことハンカチで拭いてあげたりしてなかった?」
花穂の鋭すぎる勘に、僕はキッチンで冷や汗を流した。
実際に僕は彼女の髪を拭いてあげたし、その後はあわやキスの寸前までいったのだ。
「……さあ、どうかしら」
冬峰さんはふっと余裕のある笑みを浮かべたような声色で返した。
「ただ、少し寒かったから、お互いの体温で温め合っていたかもしれないわね」
「ええっ⁉」
花穂がガタッと椅子を鳴らす音が聞こえた。
いや、言い方!
もうちょっと、なんかこうあっただろ!
冬峰さんはわざと誤解を招くような、過激な匂わせ発言を投下したのだ。
「冗談よ」
リビングに流れる、ヒリヒリとした緊張感。
氷の令嬢と、太陽の幼馴染。
二人の間の見えない火花は、この夏休みを経て、さらに激しさを増しているようだった。
「……お待たせ。アイスと飲み物だ」
僕は努めて平静を装い、お盆に乗せたグラスとアイスをテーブルに運んだ。
その瞬間、先ほどまでの緊張感が嘘のように、花穂がぱぁっと顔を輝かせた。
「わぁい! 奏多、ありがと!」
「ありがとう。灰原くん」
休憩を終え、再び地獄のスパルタ指導が再開された。
夕方になり、外の蝉時雨が少しだけ穏やかになり始めた頃。
ようやく、花穂の宿題のノルマが達成された。
「終わったぁぁぁ……! 結城さん、奏多、本当にありがとぉ!」
花穂はノートを閉じ、感極まったように叫んだ。
「まだ全教科終わったわけではありませんからね。残りは家で計画的に進めるのですよ」
「はーい!」
結城さんが釘を刺すと、花穂は元気よく返事をした。
「じゃあ、あたしはこれで帰るね! 奏多、今日はありがとう‼」
「ああ、気をつけて」
花穂は僕に満面の笑みを向け、鞄を持って玄関へと向かっていった。
結城さんも、ノートパソコンを閉じて立ち上がる。
「わたくしも、今日はこれで失礼しますわ。……凛、理系科目の残りは、灰原さんにしっかりと『教えて』もらうのですよ」
結城さんは悪戯っぽく微笑み、冬峰さんに向かって意味深な視線を送った。
「……ええ、わかってるわ」
冬峰さんが小さく頷く。
「結城さんもありがとう。色々と」
「これくらい、構いませんわ」
二人が帰り、リビングには僕と冬峰さんの二人だけが残された。
先ほどまでの賑やかな空気が嘘のように、静寂が訪れる。
「……さて。じゃあ、もう少しだけ頑張るか」
僕が気を取り直してノートに向かおうとすると、冬峰さんがスッと立ち上がり、僕の隣の席へと移動してきた。
「ねえ、灰原くん」
冬峰さんは僕の肩にこてんと頭を乗せ、甘いシャンプーの香りを漂わせながら囁いた。
「なに?」
「日向さん……随分と、あなたのことを探ってたわね」
冬峰さんの声には、隠しきれない不満と独占欲が混じっていた。
「あ、ああ……夏祭りの時のこと、やっぱり気にしているみたいだな」
「気にさせればいいのよ。あなたが私と一緒にいたって、あの子に知らしめてやりたかったんだから。……声が聞こえなかったなら、もっと大きな声で甘えてあげればよかったわ」
冬峰さんはそう言うと、テーブルの下で僕の左手に自分の右手を重ね、しっかりと恋人繋ぎで握りしめてきた。
ひんやりとした指先から、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「……キス、する?」
上目遣いで覗き込んでくる彼女の瞳は、潤んでいて、甘い期待に満ちている。
「っ……! だ、だから、それは……」
「ナシ?」
「ナシ‼」
僕が顔を真っ赤にして抗議すると、冬峰さんはふふっと悪戯っぽく笑った。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




