第47話 アオハルで何が悪い
数分後。
水着に着替えた僕がパラソルの下で待っていると、更衣室の方から歩いてくる冬峰さんの姿が見えた。
その姿に僕は、文字通り呼吸を忘れた。
「……お待たせ、灰原くん。どうかしら」
冬峰さんが身に纏っていたのは、純白のフリルがあしらわれたビキニだった。
透き通るような白い肌が夏の太陽の下で眩しく輝き、華奢でありながらも女性らしい柔らかな曲線美が惜しげもなく披露されている。
普段の学校での無骨な制服姿や、休日のゆったりとした私服からは想像もつかないほど、色気と可憐さが同居した姿だった。
黒縁眼鏡は外されており、艶やかな黒髪は高い位置でポニーテールにまとめられ、美しいうなじがあらわになっている。
「……すごい。似合ってるよ、すごく」
正直、惚れる。
僕が語彙力を失ってただ事実だけを口にすると、冬峰さんは耳の先まで真っ赤に染め、両腕で胸元を少しだけ隠すように身をよじった。
「そ、そう……? 栞に選んでもらったんだけど、少し派手だったかしら……」
「そんなことない。本当に、見とれてしまうくらい綺麗だ」
「……ばかっ。そんなに真っ直ぐな感想言われると、恥ずかしいじゃない……」
冬峰さんは恥ずかしそうに視線を逸らしたが、その口元は嬉しそうに綻んでいた。
「さあ、早く行きましょう。せっかく来たんだから」
冬峰さんは僕の腕に自分の腕を絡ませ、強引に波打ち際へと引っ張っていった。
「わ、分かったって……」
冷たい海水が足首に触れ、心地よい感覚が全身を包み込む。
波の音と周囲の歓声が混ざり合う中、僕たちはレンタルの大きな浮き輪を一つ持って、少しだけ沖の方へと進んだ。
「冷たっ……」
「ふふっ、冷たくて気持ちいいわね」
冬峰さんが浮き輪に掴まりながら、無邪気な笑顔を見せる。
彼女は浮き輪越しに僕の方へと近づき、波に揺られるたびに肩や腕が触れ合うほどの距離まで距離を詰めてきた。
「きゃっ……‼」
「冬峰さん!」
不意に少し大きめの波が押し寄せ、足元をすくわれた冬峰さんがバランスを崩した。
彼女は倒れまいと、とっさに僕の首に両腕を回してしがみついてきた。
「大丈夫か⁉」
「う、うん。……ごめんなさい、ちょっと波が強くて」
僕が冬峰さんの細い腰を支える形になり、二人の体は海の中で完全に密着してしまった。
水着という布地の少ない状態でこんなにも密着されると、冬峰さんの柔らかな感触や、水に濡れてひんやりとした肌の滑らかさが直接僕の肌に伝わってきて、理性がショートしそうになる。
「ちょっ、冬峰さん……近いって」
「海の中なんだから、はぐれないようにくっついていないと危ないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
彼女は僕の首に腕を回したまま、全く離れようとしない。
それどころか、上目遣いで僕を覗き込みながら、さらに体を密着させてくる。
「それに……周りの男の人たちが、さっきからずっと私のことを見てるみたいだし」
冬峰さんが小声で呟いた言葉に、僕はハッとして周囲を見回した。
確かに、少し離れた場所にいる男子グループや、すれ違うカップルの男性が、チラチラと冬峰さんの方を見てヒソヒソと話している。
僕は見慣れていたが、冬峰さんが純白のビキニ姿でいれば、目を引くだろうとは思わなかった。
「気づかなかった……」
「だから、灰原くんがしっかり私を守ってくれないとダメよ」
冬峰さんはそう言うと、海面の下で僕の左手に自分の右手を絡ませ、はぐれないように握りしめてきた。
海水は冷たいはずなのに、彼女の手から伝わってくる熱は火傷しそうなほどに熱かった。
「……絶対に離さないから」
「……分かったよ」
僕が手を握り返すと、冬峰さんは安心したようにふっと微笑み、僕の胸元にそっと顔を寄せた。
浮き輪につかまりながら、彼女は完全に僕の腕の中にすっぽりと収まる形になる。
周囲からの視線に対する、強烈な「この人は私のもの」アピールだった。
「ねえ、灰原くん。水着姿の私とこんなにくっついて、ドキドキしてるんでしょ?」
冬峰さんの挑発的な言葉と、密着して伝わる柔らかな重みに、僕は顔を熱くした。
「……冬峰さんはズルいね」
「灰原くんは、私だけを見ててよ。……他の女の子の水着姿なんて、絶対に見ちゃダメだからね」
「正直、見る余裕なんかないよ」
僕が正直に降参すると、冬峰さんは満足そうにくすくすと笑い、さらに僕の腕に強くしがみついてきた。
◇◇◇
しばらく海で遊び、ドロドロに甘い時間を過ごした後、僕たちは少し疲れて海の家へと戻ってきた。
結城さんは相変わらずノートパソコンに向かっており、僕たちが戻ってくると余裕の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「お帰りなさい。青春の一ページは刻めましたか?」
「まあな。結城さんも何か食べるか? かき氷でも買ってこようか」
「では、わたくしは宇治金時をお願いしますわ」
「私はイチゴがいいわ」
「はいよ」
僕は二人から注文を受け、海の家のカウンターへと向かった。
冷たいかき氷を三つお盆に乗せて戻ってくると、冬峰さんがサマーベッドに座って僕を待っていた。
「ありがとう、灰原くん」
冬峰さんはイチゴのかき氷を受け取ると、スプーンですくって一口食べた。
「……冷たくて美味しい」
「っ……‼」
冬峰さんの桜色の唇がイチゴのシロップでほんのりと赤く染まっているのを見て、僕は不覚にもドキリとしてしまった。
そんな僕の視線を敏感に察知したのか、冬峰さんは悪戯っぽく微笑み、自分のスプーンにたっぷりと氷をすくって、僕の口元へとスッと差し出してきた。
「ほら、灰原くんも一口食べる?」
「えっ、いや、僕は自分のがあるし……」
「いいから。ほら」
周囲には大勢の海の家の客がいるというのに、冬峰さんは全く気にすることなく、強引に僕に食べさせようとしてくる。
僕がたじろいでいると、冬峰さんはさらにスプーンを僕の唇の端へと押し当ててきた。
「ほら、溶けちゃうわよ」
氷の冷たさが直接肌に伝わり、逃げ場がないことを悟る。
「おい、あいつあんな美少女に……」
「代われよ……」
周囲の男子グループからの嫉妬と殺意が入り混じった視線が、背中にチクチクと突き刺さってくるのがわかった。
「ほら、早く。今度はシロップが垂れちゃうわよ」
冬峰さんの瞳には『私だけ』という強いプレッシャーと、僕をからかうような甘いSっ気が同居していた。
「わ、分かったよ」
僕は恥ずかしさに耐えきれず、観念して小さく口を開け、彼女の差し出したスプーンからかき氷を口に含んだ。
シャリッとした氷の冷たさと共に、強烈なイチゴの甘さが口いっぱいに広がる。
「……どう? 美味しい?」
「ああ。……すごく、甘いな」
「ふふっ。よかったわ」
冬峰さんは嬉しそうに笑うと、僕がたった今、口をつけたばかりのスプーンを、拭き取ることもなくそのまま自分の口へと運んだのだ。
そして、パクリと小さな音を立てて、かき氷を頬張った。
「っ……⁉ ふ、冬峰さん、それ間接……!」
予想外の行動に僕が慌てて声を上げると、冬峰さんはわざとらしく小首を傾げてみせた。
シロップで濡れた彼女の唇には、先ほどよりもさらに色っぽくて、甘く溶けきった笑みが浮かんでいる。
「ん? どうかした?」
「どうかしたじゃないだろ! それ、僕が口をつけたスプーン……!」
「ええ、知ってるわ。……美味しい。灰原くんの味がする」
……やられた。
冬峰さんは平気な顔してそういうことしてくるから本当にズルい。
顔を真っ赤にして固まる僕を見て、冬峰さんは満足そうにくすくすと笑い、ペロッと自分の唇についた赤いシロップを舐めとった。
そのあからさまなイチャイチャっぷりに、隣でノートパソコンを打っていた結城さんが、ついにわざとらしく大きなため息を吐いた。
「お二人とも。わたくしという観客がいることをお忘れなく。あまり見せつけられると、動画の編集に支障が出ますわ」
「栞、私は別に見せつけてるわけじゃないわよ」
冬峰さんは涼しい顔で言い放ち、再び自分のかき氷を食べ始めた。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




