第44話 戦おうとも動機は愛がいい
「あーっ! 奏多! それに結城さんに、冬峰さんまで!」
不意に、背後から鼓膜を震わせるほど明るい声が響いた。
振り返ると、淡いピンク色の金魚柄の浴衣を着た、幼馴染の花穂が駆け寄ってくるのが見えた。
「花穂⁉ なんだ、お前も来てたのか」
「うんっ! 友達と一緒に来てたんだけど、はぐれちゃって。……って、なんで三人が一緒にいるの?」
花穂が不思議そうに首を傾げる。
学校ではあんまり会話のない冬峰さんと僕が、休日の夏祭りで一緒にいる。
花穂からすれば、非常に不自然な光景だろう。
「あ、えっと、これは結城さんが……」
僕が言い訳を探していると、結城さんがスッと前に出て、完璧な笑顔を作った。
「日向さん、こんばんは。実はわたくしが、林間学校の実行委員の打ち上げも兼ねて、お二人を誘ったのです。せっかくの夏祭りですから、日向さんも一緒に回りませんか?」
「えっ! いいの⁉ やったぁ! 奏多と一緒に屋台回れる!」
花穂は無邪気に喜び、すぐに僕の右腕に自分の腕を絡ませてきた。
柑橘系のシャンプーの香りがふわりと漂う。
「ちょっ、花穂、くっつくなって‼」
「いいじゃんいいじゃん! ほら、あっちにりんご飴の屋台があるよ! 行こ!」
花穂に強引に引っ張られ、僕は歩き出すしかなかった。
「はいはい」
しかし、その瞬間、僕の左側から凄まじい冷気が漂ってきたのを感じた。
「……灰原くん」
冬峰さんの声だった。
彼女の笑顔は完全に消え去り、絶対零度の瞳が、僕の腕に絡みつく花穂を射抜いている。
「ん? どした?」
「私も、りんご飴が食べたいわ。……エスコートしてちょうだい」
冬峰さんはそう言うと、僕の左腕に自分の腕をしっかりと絡ませ、胸元にぎゅっと引き寄せた。
「むーっ」
右には太陽のように明るい幼馴染。
「んーっ」
左には冷たいオーラを放ちながらも、圧倒的な独占欲を見せる氷の令嬢。
二人の美少女に両腕をホールドされ、すれ違う男子たちの殺意に満ちた視線が僕に集中する。
「お、おい、二人とも……歩きにくいんだけど……」
「わたくしは後ろからついて行きますから、灰原さんはお二人をしっかりエスコートしてくださいね。ふふっ」
「酷くない⁉ 結城さん絶対楽しんでるでしょ‼」
「さぁ? どうでしょうか」
結城さんが悪魔のような笑みを浮かべ、完全に傍観者の立場を決め込んでいる。
僕の胃の奥がキリキリと痛み始めた。
どうしてこうなったんだ。
参道には数え切れないほどの屋台が並び、人混みは徐々に密度を増していった。
たこ焼き、かき氷、射的、金魚すくい。
お祭りの熱気と様々な匂いが混ざり合い、夏の夜を盛り上げている。
僕たちは四人で屋台を巡っていたが、花穂と冬峰さんの間の見えない火花は、常にバチバチと散り続けていた。
「奏多、あそこの射的やろうよ! あたし、あの大きなぬいぐるみ欲しいなー!」
「え? いや、あんなの取れるわけ……」
「灰原くん。私はあっちのヨーヨー釣りがいいわ。あなたが私のために取ってくれるんでしょ?」
「ふ、冬峰さんまで……」
二人に引っ張られ、僕の体は左右に引き裂かれそうになっていた。
そんな修羅場を見かねたのか、あるいは最初からこの展開を予想していたのか、結城さんがスッと僕たちの間に割って入った。
「日向さん。射的でしたら、わたくしが得意ですので、一緒に取りに行きましょうか。灰原さんは少し不器用ですから、あのような大きな景品は無理だと思いますわ」
「えっ? 本当⁉ 結城さん、射的得意なの⁉」
「ええ。こういうのは弾道計算と反射神経の賜物ですわ。さあ、行きましょう」
結城さんは花穂の腕を自然な動作で取り、射的の屋台の方へと誘導していった。
「ちょっと待って結城さーん!」
花穂の声を残し、二人の姿はあっという間に人混みの中へと消えてしまった。
残されたのは、僕と冬峰さんの二人だけだった。
「……結城さん、絶対わざとやったな」
「ええ。栞のそういうところ、本当に助かるわ」
「なんでだよ」
冬峰さんはふっと表情を緩め、僕の腕にさらに深く身を寄せてきた。
周囲の喧騒の中で、彼女の甘いシャンプーの香りと、浴衣越しに伝わってくる柔らかな体温が、僕の感覚を支配していく。
「……やっと、二人きりになれたわね」
「そうだな。……でも、はぐれないように気をつけないと」
時間が経つにつれて、参道の人混みは身動きが取れないほどになっていた。
すれ違う人々と肩がぶつかりそうになり、僕たちは自然と体を密着させる形になる。
不意に、後ろから歩いてきた集団に押され、僕の体が冬峰さんの方へと傾いた。
「あっ、ごめん!」
「……ううん、大丈夫」
冬峰さんは僕の腕をしっかりと支えてくれた。
そして、彼女は僕の腕からそっと自分の腕を離すと、ちょんと僕の左手へと自分の右手を当ててきた。
「ん?」
「はぐれたら迷子になっちゃうから。……手、繋いでてもいいかしら?」
上目遣いで覗き込んでくる冬峰さんの瞳は、潤んでいて、隠しきれない期待と熱情が浮かんでいた。
断る理由なんて、どこにもなかった。
「……はぐれないようにね」
僕が彼女の小さな手を握ると、冬峰さんは嬉しそうに微笑み、僕の指の間に自分の指を滑り込ませてきた。
「あの……冬峰さん」
「良いから、黙ってなさい」
冷たい指先と裏腹に、手のひらから伝わってくる熱は火傷しそうなほどに熱い。
僕たちは手を繋いだままりんご飴の屋台に並び、一つだけ買ったりんご飴を二人で分け合いながら、夜の境内をゆっくりと歩いた。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




