第42話 今この手でカラフルな言葉を
投稿からわずか数分。
ブラウザの更新ボタンを押すたびに、再生数とコメントが滝のような勢いで流れ始めた。
すでに『Polaris Echo』のチャンネル登録者数は数万人規模に膨れ上がっており、新作の通知を受け取ったリスナーたちが一斉に押し寄せているのだ。
『ダチAの新作キタァァァ‼』
『うおおおフユさんの新曲‼ 待ってた‼』
『……え? 待って、曲の雰囲気全然違う!』
『イントロからしてヤバい。ゾクゾクする‼』
初動は、前作とのギャップに対する驚きの声が画面を埋め尽くした。
しかし、曲がサビに突入し、冬峰さんの地声の張り上げと結城さんのペンキ演出が炸裂すると、コメントの熱量はさらに一段階上の次元へと跳ね上がった。
『サビのフユさんの声⁉ 裏声じゃない、地声の張り上げ⁉ 鳥肌立った……!』
『タラって作曲家、どんだけ引き出しあるんだよ! 前回の綺麗な曲から一転してるの、最高すぎるだろ!』
『映像のペンキぶちまける演出、サビの爆発感と合いすぎてて神』
『なんか、泣き叫んでるみたいで心が痛い。でもリピートが止まらない』
『フユさんってこんな感情剥き出しの歌い方できるの⁉ カバー曲の時とは別人みたいだ』
『タラとフユ、マジでバケモノコンビ誕生の瞬間を見た気がする』
流れるコメントを追いながら、僕はごくりと息を呑んだ。
楽曲のメッセージ性に対する深い共感。
不協和音スレスレの不安定なメロディラインが、リスナーに強烈な衝撃を与えているのが手に取るようにわかる。
やがて反響は動画プラットフォームの枠を越え、SNS上でも瞬く間に拡散され始めた。
トレンドワードには「Polaris Echo」「フユ新曲」「ダチA」といった単語が次々とランクインしていく。
『新人とは思えない完成度。前作のRewriteとは完全に別ジャンルなのに、メロディの根底にある切実さは同じだ』
『タラって作曲家、天才すぎる。不協和音をここまで美しく聴かせる才能は本物だ』
さらに、考察班と呼ばれる音楽好きのリスナーたちが、僕の作曲センスやコード進行について熱く語り合う長文の投稿が目立ち始めた。
『このタラって作曲家、天才すぎる。サビ前のブレイクからの音を、ここまで美しく聴かせる才能は本物だ』
『ボーカルとギターをあえてぶつからせるミックス、素人には真似できない音圧のバランス感覚がある』
かつて叩かれ、自尊心を粉々に打ち砕かれた僕の音が、今はこれほどまでに熱狂を生み出し、誰かの心に深く刺さっている。
その事実が、僕の胸の奥を熱く締め付けた。
「……大成功ですね。前回のファンを裏切りつつ、さらに深い沼へと引きずり込む完璧な一撃ですわ」
結城さんが満足げに微笑みながら、ノートパソコンを閉じた。
彼女の計算し尽くされた映像演出もまた、この熱狂の大きな要因の一つだ。
「さて、初動の反響も確認できましたし、わたくしは今日はこれで失礼しますわ」
「え? もう帰るの?」
「ええ。この後はきっと、お二人で次なる音楽を高め合う時間が必要でしょうから。野暮な長居は無用ですわ」
「そういう言い方……」
結城さんは悪戯っぽくウィンクをすると、鞄を持って立ち上がった。
この人は本当に、どこまで状況を読み切っているのだろうか。
「じゃあね、凛。灰原さんも、月曜日に学校で」
「あ、結城さんも気をつけて」
「またね。栞」
「お邪魔しましたわ」
パタンと扉が閉まり、防音室の中には僕と冬峰さんの二人だけが残された。
パソコンのモニターには、今も勢いよく増え続けるコメントの羅列が映し出されている。
冬峰さんはキャスター付きの椅子を少しだけ僕の方へと寄せ、真っ直ぐに僕の瞳を見つめてきた。
「……私たちの曲、みんなが褒めてくれてる。あなたの才能が、世界中に見つかっちゃったわね」
冬峰さんは嬉しそうに、けれどほんの少しだけ独占欲を滲ませた声で呟いた。
「でも、忘れないでね。あのゴミ箱の中からあなたの才能を見つけたのも、あなたを天才にしたのも、私なんだから」
「わかってるよ。君の歌声がないと、僕の曲は未完成のままだ。君が歌ってくれたからこそ、僕の音は世界に届いたんだ」
僕が真剣な声で答えると、冬峰さんは満足そうに小さく頷き、僕の右腕にそっと自分の腕を絡ませてきた。
「何もしないわよ」
「分かってるよ。今日はそういう雰囲気じゃない」
過度な甘えやスキンシップはない。
ただ、互いの才能を深く信頼し合い、これからも共に歩んでいくという、クリエイターとしての強固な絆がそこにはあった。
「……ねえ、灰原くん。次の曲は、どうする?」
「そうだな……」
「私は、あなたが作った曲ならなんだって歌うわ。だから、あなたの好きなように音を紡いで」
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




