第36話 生きがいってやつが光り輝く
テスト勉強編です。
七月。
梅雨のじめじめとした湿気が肌にまとわりつくようになり、本格的な夏の訪れを感じさせる季節になっていた。
教室の窓から見える空は重たい雲に覆われているが、不快な蒸し暑さが容赦なく体力を削っていく。
そして、学生にとってこの時期の蒸し暑さ以上に憂鬱なものが、もうすぐそこまで迫っていた。
七月の中間テストだ。
◇◇◇
昼休み。
僕は中庭のベンチで、幼馴染と一緒にお弁当を食べていた。
花穂はこうして頻繁に僕のところへやってきて、昼食の時間を共にしている。
「あーあ……もうすぐ中間テストだね。あたし、今回の数学は本気で絶望的かも……」
花穂は得意料理の卵焼きを箸で突きながら、大きなため息を吐いた。
持ち前の明るさで学年でも人気者の彼女だが、勉強に関しては良くも悪くも学年で中間くらいの成績をうろうろしている。
「まあ、赤点さえ取らなければなんとかなるだろ」
僕が努めて冷静に慰めると、花穂は恨めしそうな目で僕を睨んできた。
「奏多はいいよねぇ! いつも涼しい顔して、テストの成績がいい秀才なんだから! ちょっとはあたしの苦しみも分かってよ!」
「秀才ってほどじゃないさ。上には上がいるし」
僕が苦笑しながらお茶を飲んでいると、不意に背後から優雅な声がかけられた。
「おっしゃる通りですわね。上には上がいます」
「うわっ⁉ びっくりした」
振り返ると、そこには昼食を終えたらしい結城さんが立っていた。
彼女は『ダチA』としての裏の顔を持つ天才クリエイターであると同時に、学業においても学年一桁に君臨する本物の秀才だ。
「結城さん。どうしたの?」
「灰原さん。少しご相談がありまして」
結城さんは瞳をキラリと光らせ、僕と、そして僕の隣に座る花穂を交互に見つめた。
「もうすぐ中間テストですが、うちの……凛の成績が少しばかり心配でして。彼女、文系科目は完璧なのですが、理系科目、特に数学になると途端に出来なくなってしまうのです。全体で見れば中間くらいですが、このままでは補習に引っかかる可能性もゼロではありませんわ」
「冬峰さんが補習……それはマズイよな。本人的にも、周りの目にも」
僕たちの秘密のユニット『Polaris Echo』の活動は、放課後の僕の部屋を拠点にしている。
もし冬峰さんが補習になれば、その分だけ貴重な制作時間が削られてしまう。
それだけは避けたい。
「ええ。そこで、今日の放課後、灰原さんのお宅をお借りして勉強会を開きたいのです。わたくし一人で教えるよりも、ある程度の成績を持つ灰原さんにもサポートしていただいた方が、凛にとっても効率が良いと思いまして」
ある程度……ね。
僕も上から数えたほうが早いほうだが、結城さんから見たら僕らは同列扱いか。
まあ、それはそれ。
「なるほど、そういうことなら僕の家を使ってくれて構わないよ」
これはこれだ。
僕が二つ返事で了承すると、今まで黙って聞いていた花穂が、ガタッと勢いよく立ち上がった。
「あの! あたしも参加していいかな⁉」
「え?」
「あたしも数学が絶望的で……一人で勉強するより、二人に教えてもらった方が絶対に捗るし! それに、奏多の家ならあたしも行き慣れてるから‼」
花穂が必死な顔で食い下がってくる。
冬峰さんが僕の家に出入りすることを、幼馴染として阻止したいという焦燥感が透けて見えた。
「そりゃいいけど……結城さんは?」
結城さんは少しだけ思案するように顎に手を当てた後、ふっと微笑んだ。
「ええ、構いませんわ。教える相手が一人増えるくらい、どうということもありません。皆で切磋琢磨しましょう」
「やったぁ! よろしくね、結城さん‼」
花穂がぱぁっと太陽のような笑顔を咲かせる。
こうして、今日の放課後は異色の四人メンバーによる勉強会が開かれることになったのだった。
◇◇◇
その日の放課後。
僕の家の一階、広々としたリビングの大きなダイニングテーブルには、約束通り四人のメンバーが揃っていた。
僕と、冬峰さん、結城さん、そして花穂。
今日は四人で勉強するには手狭だという理由と、音楽機材などを見られてユニット活動が花穂にバレるのを防ぐため、二階ではなく、一階のリビングを勉強会の会場とした。
「うわぁ! 凛お義姉ちゃんと結城さん、それに花穂ちゃんまで! 今日のお兄ちゃん、ハーレム状態じゃん!」
学校から帰宅していた妹が、冷たい麦茶が入ったグラスを四つお盆に乗せて運びながら、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてきた。
「やかましい! 変なこと言うな! ただの勉強会だ‼」
「ふふふーん、どうだか。みんな、お茶足りなくなったら言ってねー!」
「はーい」
「ありがとうございますわ」
妹はそう言い残し、嵐のように自分の部屋へと去っていった。
リビングには、テキストと問題集を開いた四人だけが残された。
テーブルの長辺に教える側の僕と結城さんが並んで座り、向かい側に教えられる側の冬峰さんと花穂が座っている。
「さて、始めましょうか」
結城さんが持っていたシャーペンをトントンと机で叩き、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「あれ? 結城さんって普段は眼鏡だっけ?」
「今日は勉強モードですよ。日向さん」
コホンと一つ、咳ばらいをすると結城さんは冬峰さんに向き合う。
「いいですか、凛。テストで赤点を取って補習にでもなれば、その分放課後の貴重な時間が削られてしまいます。わたくしとの大切な時間を守るためにも、ここは意地でも乗り切っていただきませんと」
「……わかっているわよ」
文系科目は得意だが理系科目が苦手な冬峰さんは、結城さんの容赦ないプレッシャーに小さく呻き声を上げて机に突っ伏した。
学校では『氷の令嬢』として誰も寄せ付けない冬峰さんが、こうして身内の中ではポンコツな一面を晒しているのが少しだけ可笑しい。
「では、日向さんも。まずは基礎公式の代入から徹底的に反復しましょう。灰原さん、日向さんの数学の進捗チェックをお願いします」
「了解。花穂、ここの問題から解いてみて」
「うう……厳しい……」
花穂が涙目になりながらノートにシャーペンを走らせる。
僕も順位に恥じないよう、しっかりと花穂のつまづきをサポートしていく。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




