第33話 物差しを持ち合わせている僕は凡人
「あーっ! 奏多、見ーっけ!」
振り返るより早く、僕の右腕に柔らかな重みがガシッと抱きついてきた。
「んぉっ⁉」
柑橘系の爽やかな香りがふわりと漂う幼馴染だった。
「奏多ぁ! お土産何買ったのー? あたし、あれもこれも美味しそうで迷っちゃって! あたしの家族へのお土産、奏多のセンスで一緒に選んでよ!」
「ちょっ、花穂! だからくっつくなって! 周りが見てるだろ!」
僕が慌てて腕を引き抜こうとするが、花穂は絶対に離さないとばかりにさらに力を込めてしがみついてくる。
「いいじゃん、減るもんじゃないし! ほら、あっちのご当地スイーツのコーナー行こ!」
「お金は減るんだよ」
強引に引っ張られ、僕は花穂と一緒にお菓子の並ぶ棚へと移動させられた。
彼女は僕の腕にしっかりと腕を絡ませたまま、楽しそうに商品を指差す。
冬峰さんたちがすでにバスに戻っていて本当に助かったと、僕は密かに冷や汗を拭った。
「ねえねえ、この抹茶のクッキーと、あっちのりんごのお饅頭、どっちがいいと思う?」
「花穂の家なら、クッキーの方が好きなんじゃないか? おばさん、よく紅茶飲んでるし」
「そっか! さすが奏多、よくわかってる! じゃあこれにしよっと!」
花穂は満面の笑みを浮かべ、クッキーの箱を脇に抱えた。
そして、ふと近くの試食コーナーに目を留めると、ぱぁっと表情を明るくした。
「あ、奏多、これ試食やってるよ! ご当地チーズケーキだって!」
花穂は試食用の小さなケーキを爪楊枝に刺すと、そのまま僕の口元へと運んできた。
「はい、あーん!」
「は⁉ いや、自分で食えるって……」
「いいからいいから! 美味しいものは分け合わないと! ほら、あーん!」
周囲の視線を気にして躊躇する僕の口元に、花穂は強引にケーキを押し付けてきた。
仕方なく口を開けて受け取ると、濃厚なチーズの風味が広がる。
「……ん、美味いな」
「でしょでしょ! えへへ、あたしたち、新婚さんみたいじゃない?」
「……ノーコメントで」
花穂が冗談めかして笑い、さらに僕の腕にすり寄ってきた。
その無自覚なスキンシップの連続に、僕は完全に翻弄され、苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、ふと花穂が僕の手に持っていたレジ袋の中身に視線を落とした。
「あれ、奏多。それ、妹ちゃんへのお土産? それと……あれ?」
花穂の視線が、僕がまだ鞄にしまいそびれていた、星型のブロンズのストラップに止まった。
「その星のストラップ、可愛いね。誰の分?」
「あ、いや、これは……」
僕は一瞬言葉に詰まった。
冬峰さんたちとお揃いで買ったユニットの記念品だなんて、言えるはずがない。
「これは、その……ネットで一緒に音楽をやってる仲間たちに、お礼の品として買ったんだ。今度会う機会があるから渡そうと思って」
「ふーん……ネットの知り合いさんたちに? 奏多ってば、そういうところ義理堅いね」
「別に良いだろ」
「まあ、良いけどね〜」
花穂は少しだけ不思議そうな顔をしたものの、それ以上深くは追求してこなかった。
ただ、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ寂しそうな色が混じっていたような気がした。
僕が音楽を再開したことを喜んでくれている彼女に、本当のことを言えない罪悪感が、僕の胸をチクリと刺した。
「ほら、そろそろ集合時間だぞ。バスに戻ろう」
「うんっ! 帰りのバスでも、あたしたくさん写真撮るからね!」
花穂はすぐにいつもの明るい笑顔に戻り、僕の前を跳ねるようにして歩き出した。
◇◇◇
夕暮れ時。
数台の観光バスが学校のグラウンドに滑り込み、僕たちの二泊三日の林間学校は終わりを迎えた。
バスから降りた生徒たちは、それぞれに疲労の色を滲ませながらも、どこか満足げな顔をしている。
グラウンドの端で行われた短い解散式。
担任の教師から「今日はまっすぐ家に帰って休むように」という言葉がかけられ、生徒たちは三々五々、家路へと散っていった。
「奏多ー! 一緒に帰ろ!」
解散するなり、花穂が僕のもとへ駆け寄ってきた。
「ああ。……それにしても……荷物、重くないか?」
「平気平気! あーあ、林間学校終わっちゃったね。すっごく楽しかったけど、なんだかあっという間だったなぁ」
夕日に照らされた通学路を、二人で歩く。
非日常だった林間学校が終わり、いつもの日常が戻ってきた。
「奏多も、お疲れ様。実行委員の仕事、大変だったでしょ」
「まあな。でも、無事に終わってよかったよ」
「うん。……それに、奏多がまた音楽をやってくれて、あたし本当に嬉しかった」
家の前まで来た時、花穂が立ち止まり、真っ直ぐに僕の目を見て言った。
その言葉には、一切の嘘偽りがない、純粋な喜びが込められていた。
「そりゃどうも」
「うん、じゃあね、奏多。また学校で!」
「ああ、またな」
花穂が自分の家の玄関へと消えていくのを見届け、僕も自宅の扉を開けた。




