第32話 余裕に見えて今は一杯一杯
帰りのバスに揺られること数時間。
途中、大きなサービスエリアで一時間ほどの休憩と、お土産選びのための自由時間が設けられた。
生徒たちは一斉にバスから降り、フードコートや売店へと散らばっていく。
僕も財布を持ち、家族に。
――特に、僕が音楽を辞めた時に悲しませてしまった妹への埋め合わせも兼ねて、何かお土産を買おうと売店をウロウロしていた。
ご当地のキーホルダーがいいか、それとも無難にお菓子がいいか。
妹の好みを思い出しながら棚を眺めていると、ふわりと甘いシャンプーの香りが漂ってきた。
「妹さんのお土産選びかしら?」
隣を見ると、冬峰さんがスッと並んで立っていた。
「うん。僕が音楽をやってた時、一番のファンでいてくれたから。……色々と心配かけたし、何か買って帰ろうと思って」
僕がそう答えると、冬峰さんは真剣な表情で棚の商品を見つめ始めた。
「それなら、適当なものじゃダメね。妹さんには、絶対に喜んでもらわないと」
「え? いや、そんなに真剣に選ばなくても……」
「ダメよ。だって、あなたの妹さんなんだから。……私にとっても、将来的にすごく重要な存在になるはずだもの」
「将来的って……どういう意味だよ」
「ふふっ、秘密」
冬峰さんはほんのりと頬を桜色に染めながら、悪戯っぽく微笑んだ。
その『家族ぐるみの付き合い』を見据えたかのような堂々たるアピールに、僕は顔から火が出そうになる。
彼女の独占欲は、ついに僕の家族にまで及ぼうとしているらしい。
「これなんてどうかしら? 可愛らしいウサギのマスコットがついたクッキーの詰め合わせ。女の子ならこういうのが好きだと思うけど」
「ああ、それなら妹も喜びそうだ。これにするよ」
僕がそのクッキーの箱を手に取った直後、背後から優雅な足音が近づいてきた。
「お二人とも、お疲れ様です。ご家族へのお土産選びですか?」
結城さんだった。
彼女は僕たちの手元をチラリと見てから瞳をキラリと光らせた。
「ご家族へのお土産も良いですが……私たち『Polaris Echo』の結成と成功、そしてこの林間学校を無事に乗り切った慰労を兼ねて、ユニットの記念品も買いませんか?」
「記念品……か」
「ええ。せっかくですから、三人でお揃いの何かを持っておくのも悪くないかと」
結城さんの提案に、冬峰さんは目を輝かせて頷いた。
「賛成よ。私たちだけの、秘密の証。……ねえ、灰原くん。あそこのアクセサリーコーナーを見てみましょう」
「僕はまだ何も言ってないんだけどな……」
「良いじゃないですか。減るものではないですよ」
「お金は減るんだよ」
冬峰さんと結城さんに腕を引かれるようにして、僕たちはキーホルダーやストラップが並ぶコーナーへと移動した。
三人で色々な商品を物色していると、冬峰さんが一つの棚の前で立ち止まった。
「……これ、どうかしら」
冬峰さんが指差したのは、星をモチーフにした金属製の小さなストラップだった。
精巧な星型のチャームが付いており、それぞれシルバー、ゴールド、アンティーク調のブロンズと、色違いで販売されている。
「星……北極星のイメージですね。私たちのユニット名にぴったりですわ」
結城さんが満足そうに微笑む。
「うん、すごく良いと思う。派手すぎないから、鞄とかスマホにつけてても学校で怪しまれないし」
「決まりね。私はシルバーにするわ。栞はゴールドで、灰原くんはブロンズね」
「また勝手に……」
しかも僕がブロンズかい。
まあ、良いけどさ。
冬峰さんは有無を言わさずに三つのストラップを手に取り、嬉しそうに僕にブロンズの星を手渡した。
「これを見るたびに、私たちが繋がっていることを思い出せるわね」
「ふふっ、本当に。絶対に失くさないようにしないといけませんね」
結城さんと冬峰さんが顔を見合わせて笑い合う。
僕も手のひらの上の小さな星を見つめながら、心が温かくなるのを感じた。
才能のない僕を救い出してくれた二人との、かけがえのない絆の証。
「よし、じゃあこれは僕が奢るよ。いつも動画作ってくれたり、歌ってくれたりしてるお礼も兼ねて」
「あら、よろしいんですか? では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
「ありがとう、灰原くん。……私、これ、一生大切にするわ」
「大げさだな」
大げさなほど真剣な顔で言う冬峰さんに苦笑しつつ、僕は三つのストラップと妹へのお土産を持ってレジへと向かった。
「じゃあ、私たちは先に飲み物を買ってバスの方へ戻っていますね。出発の時間も近いですから」
会計を終えた後、結城さんが気を利かせて冬峰さんを連れて先に歩き出した。
二人を見送り、僕がブロンズの星のストラップを財布の横にしまっていると、不意に背後から鼓膜を震わせるほど明るい声が響いた。




