表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/62

第26話 仮面をつけて笑ったまま

「……分かったよ」


「ほんとぉ? なら、証拠写真撮らせて‼ 奏多かなたがあたしから離れていかないように、しっかり記録に残しておくんだから!」


「どういう理屈だよ、それ」


 苦笑する僕をよそに、花穂かほはスマートフォンのカメラを起動し、僕の隣にさらにぴったりと身を寄せてきた。


 肩が触れ合うどころか、彼女の頭が僕の肩にこてんと乗せられている。


 画面の中には、少し強張った顔の僕と、満面の笑みを浮かべる花穂かほの顔が並んで映っていた。


「ちょっと、もっと笑ってよ奏多かなたぁ! せっかくの林間学校なんだから!」


「いや、一応仕事中だからな、僕は」


「固い固い! ほら、こっち向いて!」


 花穂かほは強引に僕の頬を指でつつき、無理やり口角を上げさせようとする。


 そのまま、彼女は自分の頬を僕の頬にぴたりとすり寄せてきた。


 信じられないほどの密着度に、僕の顔は一瞬で沸騰したように熱くなる。


「ちょっ、花穂かほ……!」


「はい、チーズ!」


 僕の抗議の声を遮るように、カシャッという大きなシャッター音と共に、フラッシュが焚かれた。


 僕と花穂かほのツーショットが、スマートフォンの画面に収められる。


「あー、ちょっと逆光になっちゃったかな? もう一枚撮るよ!」


「まだ撮るのかよ……」


「あたしが納得いくまで撮るの! はい、チーズ!」


 何度もシャッター音が響き、その度に花穂かほはいろいろなポーズをとって僕にすり寄ってきた。


 周囲の視線が痛いどころではなくなってきた頃、ようやく彼女は満足したようにスマートフォンを下ろした。


「うん、これならバッチリ! 奏多かなた、すっごくいい顔してるね!」


 花穂かほは楽しそうに写真のデータを確認し、僕にも画面を見せてくる。


 そこには、呆れたように苦笑する僕の肩に顎を乗せ、最高に可愛い笑顔でピースサインをする花穂かほの姿が写っていた。


 確かに、青春の一ページとして切り取れば、これ以上ないほど綺麗に撮れている。


「……あれ?」


 しかし、花穂かほが不意に画面の端に視線を移し、首を傾げた。


「どした?」


「なんか、後ろに誰か写ってる……」


「心霊写真とかだったら勘弁な」


「そういうのじゃないよ……」


 花穂かほがスマートフォンの画面をピンチアウトして、写真の背景部分を拡大した。


 僕も何気なくその画面を覗き込む。


 写真の奥。


 僕たちのいる場所から少し離れた、広場の隅。


 うっすらとオレンジ色に染まった霧の中に、ポツンと立つ一つの影が写り込んでいた。


 黒いジャージ姿で、こちらをじっと見つめている。


 僕は息を呑み、全身の毛穴が粟立つのを感じた。


 間違いない、冬峰ふゆみねさんだ。


 拡大された画面の中の彼女の視線は、写真越しでもわかるほどに冷たく、そして鋭かった。


 いや、冷たいというより、それは絶対零度の『怒り』に近かった。


 僕の隣で無邪気に笑い、頬をすり寄せて腕を絡ませている花穂かほ


 そして、それにまんざらでもない様子で苦笑して応えている僕の姿を。


 冬峰ふゆみねさんは霧の向こうから、獲物を狙うような、あるいは裏切り者を断罪するような恐ろしい目で、じっと見据えていたのだ。


 怖っ……冗談抜きで怖いわ。


「……冬峰ふゆみねさん、こっち見てるね。なんか、すっごく怖い顔してるけど……」


 花穂かほの声が、微かに震えていた。


 持ち前の明るさで誰とでも仲良くなれる彼女でさえ、本能的な恐怖を感じるほどの凄まじいオーラが、その小さな写真の背景からヒシヒシと伝わってくる。


「き、気のせい、気のせいだよ! うん、きっと写真写りが悪かっただけだって!」


 僕は背筋に滝のような冷たい汗が流れるのを感じながら、必死に裏返った声で平静を装った。


「ほんとかなぁ……。あたし、何か冬峰ふゆみねさんに悪いことした……? もしかして、仕事の邪魔しちゃったから怒ってるのかな」


 花穂かほが少し怯えたように僕の袖をぎゅっと掴んだ。


 ()()()()()()()


 冬峰ふゆみねさんが怒っている理由は、実行委員の仕事なんていう次元の話じゃない。


 バスの中で僕の腕を抱きしめて寝言で甘えてきた彼女が、今、他の女子と僕が密着している光景を見せつけられたことに対する、ドロドロとした嫉妬だ。


「た、多分、キャンプファイヤーの仕事の確認で僕を探してたんだと思う‼ ごめん花穂かほ、ちょっと戻るよ! うん、気にしないで!」


「えっ、あ、うん……じゃあ、また後でね。仕事、頑張って!」


「ホント、気にしなくていいから! ごめん」


 花穂かほに見送られながら、僕は逃げるようにその場を離れた。


 しかし、写真に写っていた広場の隅の霧の中には、すでに冬峰ふゆみねさんの姿はなかった。


 彼女はどこへ行ってしまったのか。


 探しに行くべきか、それともこのまま何も見なかったことにして仕事に戻るべきか。


 冬峰ふゆみねさん……何を考えているんだ。


 激しく葛藤したが、今の冬峰ふゆみねさんに声をかければ、取り返しのつかない修羅場になるような予感がして、僕の足は完全にすくんでしまっていた。


 結局、僕は彼女を探すことを諦め、キャンプファイヤーの薪の前に戻った。


 山の冷たい空気が、火照っていた僕の体を急速に冷やしていく。


 周囲の霧はさらに濃さを増し、数メートル先の景色さえ白く霞ませ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ