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第16話 甘いものって……好き?

 その日の放課後。


 ホームルームが終わると、僕は鞄を持って立ち上がった。


 教室を出る直前、窓際の最後列に座る冬峰ふゆみねさんとふと視線が合った。


 彼女は文庫本から顔を上げ、誰にも気づかれないようにほんの僅かに口角を上げて見せた。


 すれ違った後にスマートフォンが振動する。


『フユ:また後で連絡するわ』


 画面に浮かんだ短いメッセージに、僕は小さく息を吐いた。


『タラ:了解』


 才能のない僕を全肯定してくれる『氷の令嬢』と、僕の過去を知り尽くし、再起を心から喜んでくれる『太陽の幼馴染』。


 二つの大切な関係性の狭間で揺れ動きながら、僕は花穂かほが待つ校門へと向かった。


 校門前で合流した僕たちは、並んで駅前へと向かって歩き出した。


 夕方の通学路は、部活帰りの生徒や買い物客で賑わっている。


 隣を歩く花穂かほは、これから甘いものを食べに行けるのが嬉しいのと、僕が音楽を再開した喜びが抑えきれないのか、鼻歌を歌いながら少し弾んだ足取りだった。


「そのクレープ屋さん、ずっと行きたかったんだよね! 休日はすっごく並んでるらしいから、平日の夕方が狙い目なんだって!」


花穂かほは本当に甘いものが好きだな。太るぞ」


「失礼な! 女の子は甘いものは別腹に収納されるシステムになってるの! それに、奏多かなたと一緒に帰るのも久しぶりだし、今日は特別なお祝いなんだから!」


 駅前のアーケード街を少し外れたところに、そのクレープ屋はあった。


 パステルカラーの可愛らしい外観の店舗からは、甘いバニラとバターの香りがふわりと漂っている。


 平日の夕方でも何人かの女子高生やカップルが並んでおり、花穂かほは目を輝かせてその列の最後尾に並んだ。


「あたしはねー、絶対に『たっぷり苺のミルフィーユクレープ』にする! 奏多かなたは何にする? チョコバナナ? それともキャラメル?」


「僕は甘すぎるのはちょっと……ツナサラダとかのおかず系にしておこうかな」


「えーっ、せっかくお祝いのクレープ屋さんに来たのに! まあ、奏多かなたらしいっちゃ奏多かなたらしいけど」


 花穂かほはぷくっと頬を膨らませて文句を言いつつも、僕の分のツナサラダクレープもしっかりと注文してくれた。


 受け取ったクレープを手にして、僕たちは近くの公園へと向かった。


 オレンジ色の夕日が、公園の木々を長く影にして地面に落としている。


 僕たちは並んでベンチに腰を下ろした。


「ん〜っ、美味しい! 生クリーム最高!」


 花穂かほは大きな口を開けて苺のクレープにかじりつき、幸せそうに頬を緩ませた。


 その無邪気な姿を見ながら、僕は自分のツナサラダクレープを一口囓った。


 レタスのシャキシャキとした食感とツナの塩気が口の中に広がる。


「ん、美味しいな。意外とシャキシャキしてて……」


 美味しいはずなのに、喉の奥がどこか詰まったような感じがした。


「……ありがとな、花穂かほ。奢ってもらっちゃって」


「いいのいいの! 奏多かなたがまた曲を作ったりしてくれるようになった記念すべき日なんだから!」


 花穂かほはクレープを食べる手を止め、夕日に染まる空を見上げながら優しく微笑んだ。


「あたしね、奏多かなたが音楽辞めたって言った時、本当に悲しかったんだ。奏多かなたの作る曲、すごく優しくて、でもどこか寂しそうで、あたし大好きだったから。……だから、また奏多かなたの音が聴ける世界になって、本当に嬉しい」


 花穂かほの飾らない真っ直ぐな言葉が、夕暮れの公園の空気に溶けていく。


 その優しさが、僕の胸を締め付けた。


 僕が音楽を取り戻したきっかけが、彼女の知らない別の誰か。


 冬峰ふゆみねさんの存在だったと知れば、少なからず傷つけてしまうのではないか。


 僕の抱えている秘密は、いつか必ず花穂かほを悲しませてしまう日が来る。


 そんな不安が頭をよぎるが、今は立ち止まっている暇はなかった。


 僕には、あの曲たちを最高の形に仕上げるという、クリエイターとしての使命があるのだから。


「……いつか、ちゃんと聴かせるよ。僕の、新しい曲」


 僕が小さな声で約束すると、花穂かほはぱぁっと顔を輝かせて僕の方を向いた。


「絶対だよ⁉ その『ネットの知り合い』さんたちと一緒に作った曲でもいいから、一番最初に聴かせてよね!」


「一番最初になるかはわからないけど……必ず聴かせる」


「ふふっ、約束だからね!」


 花穂かほはそう言って、クレープを持ったままの右手で、僕の顔の前に小指を突き出してきた。


 僕が苦笑しながらその小指に自分の指を絡めると、彼女は満足そうに笑い、再び苺のクレープにかじりついた。


◇◇◇


 帰り道、夕暮れの通学路を二人で歩きながら、僕は心の中で深く息を吐いた。


 とりあえず、音楽を再開したことだけは伝えられた。


 花穂かほのあの涙と笑顔を見れば、伝えてよかったと心から思える。


 しかし、冬峰ふゆみねさんと一緒にユニットを組んでいるという最大の秘密は、伏せたまま。


 この()()()()()がいつまで持ち堪えられるのか、僕にはわからない。

カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。

先が気になった方はそちらもご覧ください。

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