第14話 キミの目を見て歌いたい
「……わかった。それで行こう。伴奏の方も、ストリングスを足して綺麗にするんじゃなくて、あえて歪んだギターを前面に出して、君のボーカルとぶつかり合うようなアレンジにしてみるよ」
「それ、すごく良いと思うわ! それなら、Aメロの入りは少しだけテンポを落として、言葉を一つ一つ置くように歌いたい。そこからサビに向けて一気に加速していくイメージで」
僕たちは我を忘れて、曲の構成やアレンジについて熱中して語り合った。
「お待たせいたしました! 委員会の仕事、なんとか早く終わらせてきましたよ!」
ガチャリと勢いよく部屋の扉が開き、結城さんが満面の笑みで飛び込んできた。
「あっ、結城さん。お疲れ様」
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。……あら? なんだかお二人とも、すごくいい顔をしてますね。何か進展がありましたか?」
結城さんは眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせ、僕と冬峰さんを交互に見比べた。
僕たちは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。
「ええ。次回作のデモが決まったところよ。すごく良い曲が見つかったの」
「ほう……それは楽しみですね。ところで……」
結城さんはチラッと僕の手を少し見る。
「いつから、お二人はそのような関係に?」
「え?」
結城さんの言葉に、僕と冬峰さんは同時に自分たちの手元を見た。
そこには、ぎゅっと指を絡ませ合い、しっかりと繋がれたままの僕と冬峰さんの手があった。
「っ‼」
「ひゃっ⁉」
僕たちはバネ仕掛けのおもちゃのように、勢いよく手を弾き離した。
僕はキャスター付きの椅子ごと後ろに転げ落ちそうになり、冬峰さんは顔を真っ赤にして両手で頬を覆い隠している。
「ち、違うんだ結城さん! これはその、曲の方向性について話しているうちに、つい熱が入ってしまって……!」
「そ、そうよ! 音楽的なパッションが高まった結果の、不可抗力というやつよ!」
僕が裏返った声で必死に取り繕うと、冬峰さんも真っ赤な顔のまま、コクコクと激しく頷いた。
二人そろって何を言っているんだろうか。
「ふふっ、なるほど。音楽的なパッション、ですか。それは素晴らしいですね。……では、面白い反応も見れましたし、早速わたくしにもそのパッションの結晶を聴かせていただきましょうか」
結城さんは余裕たっぷりの笑みを浮かべ、僕のベッドの端にゆったりと腰を下ろした。
危なかった。
なんか、色々と危なかったと思う。
冬峰さんの熱に触れるたび、僕は自分の身の程を忘れて彼女の熱に引き寄せられてしまいそうになる。
手から伝わってきた彼女の柔らかい感触と温もりが、まだ右手に残っていて、僕の心臓は不協和音のようにうるさく鳴り響いたままだった。
「じゃあ、流すよ」
僕は深呼吸をして動揺を落ち着かせると、マウスを操作し、再びあの荒削りなデモ音源を再生した。
スピーカーから、不器用な旋律が流れ始める。
チラリと隣を見ると、冬峰さんはまだ少しだけ耳まで赤く染めたままだったが、それでも真剣な眼差しでモニターを見つめ、曲のリズムに合わせて小さく指で机を叩いていた。
結城さんもまた、目を閉じてその音の波一つ一つを自分の中に落とし込んでいるようだった。
「なるほど……凛がそこまで興奮して『パッション』を高めた理由がわかりました。前回とは全く違う、ひどく泥臭くて痛切なメロディですね」
曲が終わると、結城さんが満足げに息をついて言った。
「具体的には、どのようなアレンジを考えているのですか? わたくしも、動画の構想を練るための材料が欲しいですわ」
「うん、実はさっき二人で話し合ってたんだけど……」
僕は先ほどの議論を結城さんに説明し始めた。
ボーカルのキーを下げずに地声で張り上げること。
綺麗なストリングスを減らし、歪んだギターを前面に出してボーカルと伴奏をぶつかり合わせること。
「ボーカルと伴奏の衝突……それは非常にスリリングで、面白い試みですわね!」
結城さんは両手をポンと打ち合わせ、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
彼女もまた、トップクリエイター『ダチA』としての顔を覗かせている。
「お二人の構想を聞いていたら、わたくしにもインスピレーションが湧いてきました。今回の曲のアプローチが『感情の衝突』や『泥臭さ』であるなら、映像もそれに合わせるべきですわ」
結城さんは持参したノートパソコンを開き、何かのスケッチソフトを素早く立ち上げた。
「たとえば……最初はスケッチブックに荒々しく鉛筆で描かれたようなラフな線画。それが、サビに向けてペンキを直接ぶちまけたような、ビビッドで暴力的な色彩に侵食されていく……そんな演出はいかがでしょうか?」
「ペンキをぶちまける……すごく良い! 曲の持つ怒りや焦燥感が、そのまま視覚に訴えかけてくる気がするわ! さすが栞ね」
冬峰さんが結城さんの提案にすぐさま賛同した。
あの一分ちょっとしかない音源からもうここまでの構想を練り上げるとは……恐ろしいな。
「うん、僕も大賛成だ。それなら、映像の切り替わりのタイミングで、ドラムのクラッシュシンバルを強調して入れよう。視覚と聴覚の衝撃が同時に来るように」
「素晴らしいアイデアですわ、灰原さん! ならば、動画のフレームレートもあえて少し落として、コマ送りのようなザラついた質感を出すのもアリかもしれません」
「それなら、ボーカルの方にも少しだけノイズエフェクトを混ぜてみない? 本当に古いマイクで叫んでいるような、インディーズ感を出したいの」
僕たちは我を忘れて、三人の間で次々と飛び交うアイデアをぶつけ合った。
そこにあるのは、互いの才能をリスペクトし、一つの作品を最高の形に創り上げようとするクリエイターとしての純粋な共鳴だけだった。




