第12話 スリルドキドキ抱きしめて
僕たちのユニット『Polaris Echo』の初投稿動画『Rewrite』がネットの海に放たれてから、数日が経過した。
状況は、控えめに言っても異常だった。
『ダチA』という超有名クリエイターの看板と、歌ってみた界隈で知る人ぞ知る存在だった『フユ』の圧倒的な歌唱力。
そして、手前味噌ながら、僕が過去の絶望の中で紡ぎ出した音が、信じられないほどの化学反応を起こしていたのだ。
動画の再生数は一晩で数万回に達した後も勢いを落とすことなく、今や数十万回という大台に乗ろうとしている。
新人ランキングの上位に鎮座し、SNSでは連日『タラって作曲家は何者なんだ⁉』という考察や称賛の言葉が飛び交っている。
かつて『心がない』『凡作』と切り捨てられ、僕の自尊心を粉々に打ち砕いたあの曲が、今は無数の人々の心を揺さぶり、熱狂の渦を生み出している。
その事実を噛み締めるたび、僕の胸の奥にはじんわりとした温かい熱が広がっていく。
才能の壁に絶望し、音楽を完全に捨てたつもりだった。
でも、彼女が。
――『氷の令嬢』が、僕の曲をゴミ箱から拾い上げ、鮮やかな命を吹き込んでくれたのだ。
五月下旬のどんよりとした空模様の下、放課後のホームルームが終わろうとしていた。
「えー、来月は林間学校があるが、近いうちにクラスの男女一名ずつ、実行委員を決めるからな。やりたい奴はあらかじめ考えておくように」
担任の教師が教壇からそう告げると、教室中から「えー、面倒くさい」というあからさまな不満の声が漏れた。
「いなかったらくじ引きだからな」
林間学校という一大イベント自体は楽しみだが、その裏方となる実行委員となれば話は別だ。
休み時間を削られ、クラスをまとめなければならない面倒な役職など、誰もやりたがらないのが常だった。
そう思っているのは男子のみだ。
女子はまず間違いなく、やる人が一人決まっているのだから。
担任がホームルームの終了を告げると、生徒たちは一斉に立ち上がり、それぞれの放課後へと散っていく。
僕はいつものように、誰とも関わらずに足早に教室を後にした。
タイミングを合わせたかのように、僕の制服のポケットにあるスマートフォンには、冬峰さんから『今日もあなたの家に行きたい』という熱を帯びたメッセージが届いていた。
共に帰宅部、学校が終わればお互いに暇なのだ。
帰宅し、自分の部屋。
――通称『第一スタジオ』でパソコンを立ち上げる。
両親はまだ仕事から帰っておらず、妹も友達と遊びに行っているため、家の中には静寂が広がっていた。
いつものように動画の再生数やコメントの伸びを確認していると、机の上に置いたスマートフォンが短く震えた。
画面には、結城さんからのメッセージが表示されている。
『ダチA:灰原さん、申し訳ありません。本日、わたくしは委員会関係の急用が入ってしまい、お二人の合流に少し遅れそうです。一時間ほど後には向かえると思いますので、凛と二人で次回作のデモの選定を進めておいてください』
「マジか……」
僕は思わず天を仰いだ。
クラスで一番頼れる人は他人の評判をそのままに受けて、クラス委員になった。
その結城さんがいないということは、この密室で、あの学年一の美少女と一時間近く二人きりになるということだ。
もちろん、これまでも録音作業などで何度か二人きりになったことはある。
しかし、初投稿を終えて結果を出し、二人の間の見えない絆がかつてないほど強固になっている今、彼女と二人きりになるのは、正直言ってひどく心臓に悪い。
ピンポーン。
一階から玄関のチャイムの音が響いた。
僕は大きく深呼吸をして、少しだけ乱れた自分の前髪を整えてから、一階へと階段を降りた。
「いらっしゃい……」
玄関の扉を開けると、そこには制服姿の冬峰さんが立っていた。
休日に私服で訪れてきた時の柔らかい雰囲気も良かったが、着慣れた学校の制服姿で僕の家の玄関に立っているというシチュエーションには、なんとも言えない背徳感と非日常感がある。
学校で見せるような人を寄せ付けない冷たいオーラは完全に消え去り、少しだけ頬を上気させた年相応の女の子の顔がそこにあった。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




