第11話 つぇーつぇーはーはー
投稿から三十分が経過した。
僕たちはパソコンの画面の前に並んで座り、ブラウザの更新ボタンを何度もクリックしていた。
最初は、知名度の高い結城さんのアカウントパワーによる反応だった。
『ダチAの新作キタ!』
『相変わらず映像神すぎる!』
『……ってか、映像だけじゃなくて曲良すぎない⁉』
『ボーカルのフユって誰? 新人? 聞いたことない』
『新人発掘? でもこの歌唱力はヤバい』
「……やっぱり、最初はわたくしの名前でクリックした人が多いみたいですね。でも、ここからですよ」
結城さんが自信ありげに言う通り、コメントの質が少しずつ変化し始めた。
『え、待って。この歌声ってフユさんじゃない⁉』
『うそ! 今までカバーしか歌わないあの孤高の歌姫が、ついにオリジナル曲を⁉』
『フユって誰?』
『歌ってみた界隈じゃ知る人ぞ知る超実力派だよ! でもオリジナルは初めてのはず‼』
『ダチAとフユのタッグとか最高かよ。タラって作曲家も聞いたことないけど何者⁉ あのフユさんをここまで本気にさせるなんて』
画面を埋め尽くしていく熱狂的なコメントの数々に、僕は完全に思考が追いつかなくなっていた。
「ちょっと待って……結城さんが有名なのは知っていたけど、冬峰さんって、ネットの界隈じゃものすごく有名だったのか⁉」
僕が驚いて振り返ると、冬峰さんは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……有名ってほどじゃないわ。ただ、細々と歌ってみたを投稿していただけで。それに、私のことなんて歌ってみた界隈の狭い世界でしか知られていない、一般には無名みたいなものよ。さっきのコメントでも『誰?』って言われてたし……」
すると、結城さんが横からクスクスと笑いながら解説を入れてくれた。
「凛の圧倒的な歌唱力で、実は『フユ』には歌ってみた界隈に限定すれば、密かに熱狂的な固定ファンがついていたのですよ。ただ、それ以外の一般層には全く知られていない『無名の新人』という扱いでした」
結城さんは誇らしげに眼鏡を押し上げる。
「凛は他人のカバー曲を歌うばかりで、ずっと『自分の魂を乗せられる曲がない』と嘆いていました。だからこそ、彼女が初めて感情を爆発させたこの『オリジナル曲』に対する既存リスナーの驚きと、プロからも支持される『ダチA』のファンとして集まった新規リスナーの称賛が、見事に化学反応を起こしているんです。凛の隠れたポテンシャルと、灰原さんの楽曲の力が合わさった結果ですね」
「そうだったのか……。言ってくれれば良かったのに」
「隠していたわけじゃないわ」
冬峰さんが少しだけ頬を染めて、僕の服の袖をきゅっと掴んだ。
「ただ、他人の曲を借りているだけの空っぽな自分が嫌だったから、自分からは言いたくなかったの。狭い界隈で有名になったとしても、それは曲を作った人の力だと思っていたから。……でも、今は違う。灰原くんの曲があるから、私は胸を張って『フユ』を名乗れるわ」
冬峰さんの言葉に、僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。
僕の作った曲が、彼女を本当の意味で『フユ』という一人のアーティストに完成させたのだ。
画面の中では、既存のリスナーの驚きと、新規リスナーの称賛が入り混じり、再生数が信じられないほどの勢いで伸び続けていた。
「……ほら、私の言った通りでしょ」
隣を見ると、冬峰さんが涙ぐみながら、それでも誇らしげに胸を張って僕を見ていた。
「あなたの音は、世界で唯一の天才よ。みんながそれに気づき始めたの」
「……」
「おめでとうございます、お二人とも。これは間違いなく、最高のスタートダッシュになりますよ」
「何だろうね。実感が全然沸かない。嬉しいのか、何なのか。何も出てこないや」
才能の壁に絶望し、音楽を捨てた凡人の僕。
他者を拒絶し、孤独の中でカバー曲だけを歌い続けていた氷の令嬢。
そんな二人が出会い、重なり合った不協和音は、今、世界を塗り替えるための確かな一歩を踏み出したのだ。
僕は胸の奥から込み上げてくる熱いものを必死に堪えながら、ただ無言で何度も頷いた。
◇◇◇
翌日の月曜日。
いつものように朝のホームルーム前の喧騒に包まれた教室で、僕は静かに自分の席に座っていた。
昨日、僕たちが投稿した『Rewrite』は、一晩で数万回の再生数を叩き出し、新人ランキングの上位に食い込むという快挙を成し遂げていた。
ネット上は、彗星のごとく現れた正体不明のユニット『Polaris Echo』の話題で持ちきりになり始めている。
「ねえ、昨日『ダチA』が投稿してた新作見た⁉ めっちゃエモかった!」
「見た見た! ボーカルの『フユ』って歌い手、初めて知ったけどめっちゃ声良いよね!」
「歌ってみた界隈じゃ隠れた有名人らしいよ! 曲も最高だし、『タラ』って作曲家も絶対これから来るって!」
クラスの女子グループが、興奮気味にそんな会話をしているのが耳に入ってきた。
まさか、その話題のユニットの正体が、今この教室の中にいる三人だなんて、誰も想像すらしていないだろう。
僕はふと、窓際の最後列に視線を向けた。
冬峰さんは相変わらず無表情で、誰とも関わることなく文庫本に視線を落としている。
しかし、僕の視線に気づいたのか、彼女は本から少しだけ顔を上げ、僕の方をちらりと見た。
そして、誰にも気づかれないように、ほんの僅かに口角を上げて微笑んだ。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




