第5話 毛布係、四名
新しい利用票を置いて三日目、黎明館には係が四人になった。
正確には、尚久さんが学校司書で、智が生徒会書記で、瑚大が録音図書の利用者で、私は転校して一週間もたっていない。四人をまとめて係と呼ぶ根拠はどこにもない。
呼び始めたのは瑚大だった。
「毛布係一号、花柄が一枚足りません」
午前五時四十五分。瑚大は貸出台帳を抱え、売り場の在庫を数えるような声を出した。
「誰が一号」
「奏先輩です。相良先輩は二号。僕は三号。斎木さんは責任者なので零号です」
「零号が一番強そうなのはなぜですか」
尚久さんは麦茶の温度を測りながら尋ねた。
「物語では、零号機はだいたい特別です」
「私は毛布を洗濯業者へ出す日を覚えているだけです」
「十分に特別です」
花柄毛布は、窓際の席で一年生の女子が使っていた。貸出票へ名前を書き忘れている。
私は声をかけようとして、少し迷った。
名前を書いてもらうのは、安全のためだ。けれど、紙を出されるだけで身構える人がいることも、この三日で分かった。
私は隣の机へ予備の利用票と鉛筆を置いた。
「返すときでいいから、入った時刻だけ書いて。体調が悪くなったら、そこへ丸」
女子生徒は毛布の上から小さくうなずいた。
理由は聞かなかった。
代わりに、ストーブから遠い席だったので、衝立ごと少し近くへ動かした。
「木崎さん、持ち上げると床を傷めます」
智が言う。
「引きずる方が傷むでしょ」
「今、私も同じことを言おうとしていました」
「なら先に手を貸して」
智はすぐに反対側を持った。長い説明を始める前に動けるようになっただけ、転校初日より進歩している。
私たちは、十一月十三日の一次資料へ向けて、黎明館で何が行われているかを一つずつ整理していた。
私たちが書き出したのは、毛布と麦茶の用意、入退室の確認、静かな席や録音図書への案内、体調を崩した人を尚久さんへつなぐことだった。並べてみると、黎明館がただ暖まるだけの場所ではないと分かる。
同時に、誰か一人が休めば止まることも分かった。
「相良くん。麦茶、少ない」
「今、補充します」
「熱いまま入れないで。七十度を超えると紙コップが持てない」
「温度計は」
「零号が持っています」
尚久さんが差し出す。
「やはり特別装備です」
瑚大が感心していた。
六時を過ぎると、利用者が増えた。
貸出台帳には、毛布の番号を書く欄がある。ところが毛布の端につけた小さな札は洗濯で数字が薄れ、朝の暗さでは読みにくい。
「柄で呼んだ方が早いです」
瑚大が言った。
「魚、虎、パンダ、花柄」
「同じ柄が二枚ある」
「では性格をつけます」
「毛布に性格はない」
私の反対は、ほとんど聞かれなかった。
瑚大は虎柄の一枚を広げた。中央の虎が、胸を張っているように見える。
「これは『威厳ある虎』です」
もう一枚は、洗濯を重ねて虎の顔が少し横へ伸びていた。
「こちらは『会議後の虎』」
「疲れて見えるだけでしょ」
「会議後です」
パンダ柄は、片耳の部分に茶色い補修布が当てられていた。
「『反省中のパンダ』」
「何を反省したの」
「耳をなくしたことです」
「毛布の責任ではない」
花柄を持ち上げる。
「これは『祖母宅の花畑』」
「急に具体的」
「僕の祖母の家にある座布団と同じです」
智が台帳へ真面目に書き始めた。
「威厳ある虎、返却済み。反省中のパンダ、貸出中」
「書くの?」
「識別できるなら実用的です」
「正式資料に載せたら、私は知らないふりをする」
それでも、柄の名前は思ったより役に立った。
「反省中のパンダを返します」
「会議後の虎、空いてますか」
名前を呼ぶたび、少しだけ笑いが起きる。朝の黎明館で、笑うことを求められている人はいない。だから、笑っても笑わなくてもいい程度の名前がちょうどよかった。
私は返却された反省中のパンダを畳み、補修布へ指を滑らせた。
新しい縫い目の下に、色の違う古い糸が残っている。
「これ、何度直してるんですか」
「少なくとも四回です」
答えたのは、入口に立っていた明日香だった。
生徒会長の名札をつけ、腕には資料の束を抱えている。
「外部洗濯は二週間ごと。校内で汚れが確認されたものは、その日のうちに別袋へ。補修は冬季使用前の繊維点検と同時です」
私は毛布から顔を上げた。
「詳しいですね」
「備品管理表を確認したことがあります」
明日香は、私の目を避けるように台帳を見た。
「それより、これは何ですか」
「反省中のパンダです」
瑚大が答えた。
「毛布の正式名称ではなく、四人で貸出を分担していることを聞いています」
「毛布係です」
「海東くんは黙って」
明日香は額へ指を当てた。
「学校内で、新しい団体を許可なく作ることはできません。まして早朝の施設運用です」
「団体ではありません」
智が台帳を閉じた。
「相良くん、あなたが言うと、会則の隙間を探した結果にしか聞こえません」
「実際、図書委員会規程には、司書が必要と認めた場合、生徒へ資料整理その他の補助を依頼できるとあります」
「ほら」
明日香は私を見た。なぜか私が説明する流れになっている。
「尚久さんの仕事を勝手に奪っているわけではありません。入退室の原票と体調判断は尚久さん。私たちは毛布を運んで、麦茶を補充して、必要な席を案内するだけです」
「それを毎朝続ければ、事実上の組織です」
「毎朝続けるかどうかを決めるために、今の仕事量を調べています」
私は反省中のパンダを籠へ戻した。
「閉鎖に反対するなら、必要性だけでなく、人手と責任を示せと言ったのは鳥羽会長です」
「言いました」
「なら、何にどれだけ手がかかるかを知らないまま資料は作れません」
「それでも、事故が起きたとき生徒だけで対処してはいけない」
「対処しません。尚久さんか御影さんを呼びます。二人ともいなければ開けない。それも記録します」
言葉が自分の口から迷わず出た。
少し前まで、私は前に出ることを避けていた。転校生が学校の問題へ口を出せば、目立つ。目立てば、なぜそれほど必死なのかを聞かれる。
けれど、黙っていれば安全になるわけではない。
黎明館がなくなれば、瑚大は冬の朝に二時間外で待つ。利用票へ『家へ帰りたくない』と書いた誰かは、戻る場所を失う。
私自身も、朝の職員住宅へ戻りたいとは思わなかった。
「これは新しい団体ではなく、図書委員補助の試行です」
私は明日香をまっすぐ見た。
「禁止するなら、どの規程に反するのか教えてください。直します」
智が息をのんだ。
明日香はすぐに答えなかった。
尚久さんが、麦茶の保温ポットへ蓋をした。
「図書委員補助として、私の監督下で一週間だけ依頼しています。校長と図書委員長には昨日報告しました」
「斎木さんまで先回りしているんですか」
「相良くんの説明は長いので、先に必要な手続きをしました」
「私への評価が一貫しています」
明日香は資料を抱え直した。
「分かりました。一週間の試行は止めません。ただし、生徒だけで判断しないこと。原票を持ち出さないこと。体調不良者が出た場合は、必ず成人へ引き継ぐこと」
「了解しました」
「それから、木崎さん」
「はい」
「今日の放課後、生徒会室へ来てください」
言い方が、呼び出しというより出頭命令だった。
「私だけ?」
「相良くんを連れてくると、説明が二十一問になります」
「今は二十四問です」
「来なくていいです」
智が本気で残念そうな顔をした。
明日香は黎明館を出る前に、毛布籠を一度振り返った。
「反省中のパンダは、次の洗濯便へ入れてください。古い補修糸がほどけています」
「やっぱり詳しい」
私が言うと、明日香は聞こえなかったふりをした。
放課後、生徒会室の扉を開けると、明日香は机の上へ二種類の資料を並べていた。
一つは、天井から剥がれた白い板の写真。
もう一つは、早朝勤務を記録した時間外労働表。
「木崎さん」
明日香は椅子を勧めなかった。
「あなたが続けたいものが、誰かの無理の上に乗っていないか。今日はそれを見てください」




