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欲しいのは毛布と君――朝焼け図書館の生徒会クーデター  作者: 乾為天女


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第20話 寝静まる街の警報

 一月二十日、午前四時五十分。


 スマートフォンの警報音で目が覚めた。


 窓の外では、雪が横へ流れていた。


 白いというより、街灯の光を細かく切る灰色の線だった。窓ガラスが風に押され、低く鳴っている。


 『雪白県朝凪市に暴風雪警報。不要不急の外出を控えてください。』


 学校の安全連絡アプリにも通知が重なった。


 『黎明館は閉室。早朝到着者は新校舎西玄関へ直接誘導。旧館周辺へ立ち入らないこと。』


 私は布団をはね上げた。


 職員住宅の居間では、母がすでに防寒着へ腕を通していた。


 「奏、今日は学校へ行かないで」


 「始発は」


 「四時三十六分に支線の始発駅を出てる。警報より前。鉄道会社は朝凪駅まで徐行運転を続けるって」


 母の仕事用端末には、県と学校の連絡が表示されていた。


 「途中で降ろす方が危険だから、朝凪まで運ぶ。家業の車でも、もう出た生徒がいる」


 毎朝の二十三人は、寝静まった街の中ですでに動き始めていた。


 不要不急ではない。


 本人たちがそう決めたのでもない。


 列車の本数と家の仕事と学校の時刻が、いつもより早く家を出させていた。


 「学校へ行く」


 「黎明館には近づかないで」


 「新校舎へ行く」


 母は一秒だけ私を見た。


 止める言葉を探しているようだった。


 私は先に言った。


 「私が建物を見に行くんじゃない。連絡係として、西玄関へ行く。校長の許可が出なければ家を出ない」


 母は端末で確認し、学校へ電話をかけた。


 電話を切ると、自分の防水手袋を私へ渡した。


 「校長から。職員住宅の生徒は、県職員の私が送るなら西玄関まで移動可。帰りは校内待機」


 「お母さんも来るの」


 「施設課としてではなく、保護者として」


 その区別を、母ははっきり言った。


 午前五時二分。


 生徒会の緊急連絡グループに、智から文章案が届いた。


 画面を三回スクロールしても終わらない。


 『本日午前四時五十分、朝凪市に暴風雪警報が発表されました。校内安全運用規程第七条および実証運用細則第三項に基づき――』


 文字数を確認する。


 三百十二字。


 私は全文を消し、四文にした。


 『西玄関へ直行。赤い毛布が目印。黎明館には近づかない。到着できない場合は、その場で安全を確保して連絡。』


 送信前に智へ戻す。


 『短すぎませんか』


 『吹雪の中で第七条を読ませる方が長い』


 『根拠条文がありません』


 『根拠は校内記録へ残す。生徒には行き先を送る』


 三秒後、智が承認した。


 正式通知として配信される。


 瑚大から、すぐに音声メッセージが来た。


 『西玄関へ直行。赤い毛布が目印。黎明館には近づかない。読み上げ確認しました。魚の配送車は現在、港通りです』


 最後の一文だけ不要だったが、位置情報としては役に立った。


 母の車で学校へ向かう。


 道路の端と歩道の境が消えていた。除雪車の後ろをゆっくり進み、午前五時二十二分に西門へ着いた。


 校門は閉じていた。


 西側の通用門だけが開き、道貴さんと警備員が立っている。


 フェンスには、赤い毛布が一定間隔で結ばれていた。


 黎明館の貸出毛布ではない。


 新校舎の災害備蓄から出した、目立つ赤色の防寒毛布だった。


 風にあおられ、赤い布が大きく揺れる。


 「鳥に見えませんか」


 私は聞いた。


 西玄関の内側で、明日香が目を細めた。


 「今その確認をする?」


 「会長の安全も大事です」


 「毛布です。鳥ではありません。毛布です」


 三回言って、自分へ納得させていた。


 風除室の扉は、道貴さんと警備員が交互に開ける。


 開け放しにはしない。雪が吹き込み、床が滑るからだ。


 新校舎一階の多目的室には、尚久さんが毛布と麦茶、利用票を準備していた。


 「黎明館は」


 私は聞きかけた。


 「閉室です」


 尚久さんが答えた。


 「暖房も照明も入れていません。周囲へ近づく人もいません」


 建物を心配する言葉を、そこで止めた。


 今守るのは建物ではない。


 午前五時三十一分、私を含め、職員住宅や家業の配送車で先に着いた生徒が四人そろった。


 五時四十六分、始発列車が朝凪駅へ着いたとの通知。


 通常より三十四分遅れ。


 駅から学校までは、歩かせない。鉄道会社の要請を受けた市の小型バスと、保護者が事前登録した車で分乗する。


 誰がどの車へ乗ったかを、駅側の職員と学校側で照合する。


 智は三分進んだ時計を見ながら、到着予定を一人ずつ表へ入れた。


 「文章は短くしたのに、表は長いね」


 「表は読む人が一人です」


 「その一人が倒れないように」


 明日香が、智の手からペンを一本取った。


 「私が保護者連絡。瑚大は到着者の名前を声で確認。奏は連絡文と利用票。相良くんは照合だけ」


 「だけ、ではありません」


 「今は、だけでいい」


 役割が分かれた。


 午前六時二分、最初の送迎車が西門へ入る。


 赤い毛布の間を、人影が一列で進んだ。


 顔を覆った生徒が、風除室へ入るたびに、瑚大が名前を呼ぶ。


 「佐藤さん」


 「はい」


 「金田さん」


 「はい」


 いつもの競り口調ではない。


 一人の返事を、次の返事で消さない速さだった。


 到着者は十二人。


 次の車で七人。


 家業の車から三人。


 二十二人。


 残る一人は、港側から来る配送車に乗っていた。


 瑚大が何度も家族の位置情報を確認する。


 「海東くん、自分へ電話しなくていいの」


 「父が運転、母が連絡、僕は到着済みです。家族内の役割分担は完璧です」


 その直後、母親から『父が曲がる道を間違えた』と届いた。


 「修正可能です」


 瑚大は言い直した。


 午前六時十九分。


 西門の向こうに、配送車の黄色い回転灯が見えた。


 道貴さんが赤い毛布を一本高く持ち上げる。


 車は門の手前で止まり、最後の生徒が降りた。


 風に押されて、身体が一度よろける。


 私は風除室の内側から叫んだ。


 「赤い毛布を見て。黎明館の方へ行かないで」


 生徒は顔を上げ、道貴さんが示す導線へ向きを変えた。


 西玄関へ入る。


 扉が閉まる。


 「二十三人」


 智が言った。


 瑚大が、名前を最初から読み返す。


 全員の返事があった。


 その瞬間、校庭の向こうで、黎明館の外壁に残っていた保安灯が消えた。


 停電の通知が、監視端末へ届く。


 続いて、無人の旧館に設置された集音器が音を拾った。


 乾いたものが、床へ落ちる音。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 誰も外へ出なかった。


 私は赤い毛布の向こうにある暗い建物を見た。


 近づかない。


 確かめに行かない。


 規則を守るためではなく、ここにいる二十三人を守るために。


 監視端末の映像が、一瞬だけ乱れた。



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