第2話 閉鎖通知は朝礼で
閉鎖通知は、朝礼で読むには長すぎた。
教頭は体育館の壇上で、耐震診断、補強費、早朝勤務、緊急連絡系統という言葉を順番に並べた。私の後ろでは誰かが小さくあくびをし、前では一年生が校章のカモメを指でなぞっていた。
「旧図書館黎明館は、二〇二七年三月三十一日をもって一般利用を終了します。早朝利用についても同日で終了します」
最後の一文だけが、はっきり聞こえた。
隣の列にいた瑚大が、口を開けたまま壇上を見ている。
集会が終わると、生徒たちは教室へ向かって一斉に動いた。私は流れから外れ、体育館の壁際に立っていた智を捕まえた。
「聞いてた?」
「私は放送原稿を事前に読んでいました」
「知ってたの」
「閉鎖方針は。早朝利用終了への生徒会回答も」
智は薄いファイルを抱えていた。表紙には『旧図書館黎明館の利用終了について』と印刷されている。
「生徒会は賛成した?」
「正確には、執行部名義で『異議なし』と回答しています」
「あなたも執行部でしょ」
「書記です。しかし、その回答を出した会議に私は呼ばれていません」
「それは書記ではないのでは」
「私もそう思います」
彼は怒っているようには見えなかった。ただ、眼鏡の位置を何度も直していた。
生徒会室へ向かう途中、智は歩きながら説明を始めた。
「閉鎖の主な理由は耐震性だけではありません。黎明館の早朝利用は、校長の口頭了解と、斎木さんと御影さんの善意で続いています。正式な勤務命令がなく、どちらかが休んだときの代替要員も決まっていない。事故時の連絡系統も文書化されていない」
「つまり危ない」
「危ないです」
「じゃあ閉めるしかない」
「建物を閉めることと、朝の席をなくすことは同じではありません」
智は立ち止まった。
「私が残したいのは、黎明館という建物だけではない。五時台に来た生徒が、始業まで外で待たなくていい仕組みです」
私は返事をしなかった。
昨日の朝、花柄毛布を膝へかけたときの温度を思い出したからだ。
生徒会室の扉を開けると、鳥羽明日香が書類を整理していた。
三年生の生徒会長。肩までの髪をきっちり結び、机の上には資料が三列にそろっている。
「相良くん。朝礼直後に木崎さんを連行しないで」
「自主同行です」
「私は連行されたつもりはないけど、説明は長かった」
明日香は私を見て、口元だけ少し笑った。
「転校二日目で生徒会室に来る人は珍しいですね」
「閉鎖の話を聞きに来ました」
「結論は朝礼のとおりです」
「早朝利用者へ聞き取りはしましたか」
明日香の指が、書類の角で止まった。
「していません。施設管理の判断であって、人気投票ではないからです」
「代替場所は」
「決まっていません」
「決める気は」
「安全に運用できる案があれば検討します」
明日香の声は冷たくなかった。むしろ、冷たく聞こえないように丁寧にしている感じがした。
智がファイルを開く。
「会長。執行部回答に正式な議事録がありません」
「緊急の照会だったから、私と副会長で回答しました」
「利用者聴取も総会議決もない。会則第二十一条の再審議請求が使えます」
「建物の閉鎖は、生徒会が覆せることではありません」
「分かっています。覆すのは『早朝利用終了へ異議なし』という生徒会の回答です。代替案の提出方針を、総会で決め直します」
智の説明が長くなりそうだったので、私は途中で言った。
「生徒会が、勝手に諦めたことだけはやり直せる。そういうこと?」
「はい」
「最初からそう言って」
「会則上の位置づけが」
「今は要らない」
明日香が小さく息を吐いた。
「相良くん。礼儀正しいつもりの反乱は、反乱する側にしか礼儀正しく見えませんよ」
「礼儀正しい反乱なら、学校教育上も意義があるかと」
「反乱と呼ぶから信用されない」
私が言うと、智は本気で考え込んだ。
「では、合法的な再審議運動」
「もっと地味になった」
「地味な方が信用されます」
明日香は書類を一枚抜き、私たちへ見せた。
黎明館の天井材に亀裂が入った写真。早朝勤務に関する時間外労働表。緊急時の責任者欄は空白だった。
「私は、朝の場所が不要だと思っているわけではありません。事故が起きたとき、誰が責任を負うか決まっていない状態を続けられないと言っています」
「それなら、責任を決めればいい」
口から出てから、自分で驚いた。
私は昨日転校してきただけだ。黎明館のことも、ここに来る生徒の事情も知らない。
明日香は私を見た。
「木崎さんは、続けたいんですか」
「私は」
言葉が止まる。
続けたい、と言えば、この場所を必要としていると認めることになる。朝の職員住宅を出たい理由まで、誰かに知られる気がした。
「まだ、分かりません」
「分からないなら、調べてください」
明日香は代替案の欄が空白になった資料を机へ置いた。
「必要な機能、利用人数、費用、勤務体制。十一月十三日までに一次資料を出せるなら、十一月二十七日の臨時生徒総会で再審議します」
「受けてくれるんですか」
「止められる根拠があるなら、正式に止めてください。ないなら、安全のために閉じます」
教室へ戻る途中、瑚大が廊下の窓辺に立っていた。
「話、どうでした」
「三月末で終わるのは変わらない。代わりを出せば、話は聞くって」
「代わり」
瑚大は窓の外を見た。朝の光が校庭を白くしていた。
「冬、僕はどこで待てばいいんでしょう」
「新校舎は?」
「西玄関が開くのは七時半です。配送車で来ると五時二十五分。外で二時間です」
「家から普通に来れば」
「店の車はその時間しか出ません。列車だと、魚箱より運賃が高いって父が言います」
「魚箱と比べるな」
「うちでは、だいたい魚箱と比べます」
瑚大は笑ったが、目は笑っていなかった。
その日の放課後、母からメッセージが届いた。
『明日、あすなろ高校の旧図書館を現地確認します。帰宅は遅くなります』
私は画面を二度読んだ。
『旧図書館って、黎明館?』
返事はすぐに来た。
『そう。解体に向けた技術資料を担当しています』
私の母が、あの建物を壊す側にいる。
翌朝、黎明館の東窓から校庭を見ていると、作業着姿の母が測量機を抱えて歩いてきた。
花柄毛布を膝へかけた私と、窓の向こうの母の目が合った。




