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欲しいのは毛布と君――朝焼け図書館の生徒会クーデター  作者: 乾為天女


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第18話 二十三人分の朝食

 翌朝、黎明館の入口に発泡スチロールの箱が三つ並んだ。


 箱の側面には、黒い太字で『海東鮮魚店』と書かれている。


 「二十三人分です」


 瑚大は誇らしげだった。


 「二十三人分の何」


 「焼き魚です」


 「図書館に一番似合わない答えが来た」


 私は箱から少し離れた。


 蓋の隙間から、醤油と生姜の匂いがする。寒い朝には、ひどく魅力的だった。


 実証運用初日の十二月一日。


 正式な腕章、正式な利用票、正式な勤務命令。


 そこへ、正式ではない焼き魚が二十三尾届いた。


 「昨日の店頭分が少し余ったので、父が焼き直しました。朝ごはんを食べていない人もいるでしょう」


 「気持ちはありがたいです」


 尚久さんが箱の表示を確認した。


 「魚種、調味料、製造時刻、保存温度、アレルギー表示は」


 「魚です」


 「魚にも種類があります」


 「サバです」


 「サバだけではありません」


 「醤油味です」


 「醤油にも小麦が含まれる場合があります」


 瑚大の誇らしさが、質問のたびに少しずつ小さくなった。


 「では、温かくすれば安全になりますか」


 「そういう問題ではありません」


 瑚大は、廊下に置いていたもう一つの荷物を持ち上げた。


 小型の卓上コンロだった。


 「図書館で焼きます」


 尚久さんは、いつの間にか消火器を抱えていた。


 何も言わない。


 ただ、瑚大と卓上コンロの間へ立つ。


 「斎木さん、その消火器は脅しですか」


 「予防です」


 「まだ火はつけていません」


 「だから予防で済んでいます」


 智が利用者へ開室を知らせながら、横目で箱を見た。


 「食品提供については、学校給食衛生管理基準に準じた確認が必要です。家庭や店舗からの差し入れを、その場で不特定の生徒へ配るのは」


 「三百字以内」


 私は言った。


 「配れない」


 「十文字ですね」


 「分かりやすいです」


 瑚大は箱へ手を置いた。


 「でも、食べていない人はいます」


 声が、さっきまでより低かった。


 聞き取りで多かったのは、暖かい席や充電場所だった。静かな机、録音図書、眠る姿を隠せる衝立を求める声もあった。


 朝食は、自由記述に三件だけあった。


 私は読んでいた。


 『駅の売店が開く前に着くから、昼まで食べない。』


 『家に食べ物はあるけど、朝は台所を使いたくない。』


 『お金がない日は、麦茶で平気な顔をする。』


 理由は聞かない。


 けれど、必要が見えたとき、見なかったことにするのも違う。


 「全員へ配らないと、不公平ですか」


 私は尚久さんへ聞いた。


 「全員へ同じ物を渡すことと、必要な人が使える仕組みを作ることは別です」


 「必要な人だけ、と分かる渡し方は使いにくいです」


 自分で言った言葉が、胸の内側へ戻ってきた。


 母と二人の部屋を出たい日があると、全校生徒の前で言った。


 言えてよかったとは思う。


 それでも、毎朝受付で同じ説明を求められたら、私は来なくなる。


 「『朝食支援を受ける人』って分かる券なら、たぶん使いません」


 智がメモを取る。


 「では、用途が分からない券にする」


 「売店の商品券と同じ見た目にできませんか」


 明日香が入ってきた。


 実証運用初日の確認に来たらしい。発泡スチロール箱を見て、眉を上げる。


 「生徒会は魚屋を始めたの」


 「未遂です」


 尚久さんが答えた。


 「消火器があるので、事件現場に見えます」


 「予防です」


 「斎木さんが言うと、説得力があります」


 私たちは、箱を冷蔵庫のある家庭科室へ移し、海東家へ返すまで学校側で保管してもらうことにした。


 魚は配れなかった。


 代わりに、朝の利用者が買える物を調べた。


 校内売店は午前七時四十五分開店。早朝利用の終了後だった。


 市のフードバンクから個包装の食品を受け取る道はあった。ただ、賞味期限や原材料を確かめ、誰がいつ保管したかまで学校で記録しなければならない。売店にある表示付きのパンや常温のスープなら、その条件を満たせそうだった。


 「売店を七時に開けてもらうのは」


 智が言う。


 「店員さんの勤務が増えます」


 私は答えた。


 「自動販売機は」


 「飲料だけです」


 「自動魚販売機」


 瑚大が言った。


 「話を戻して」


 昼休み、売店の店長と事務長、市のフードバンク担当者を交えた打合せをした。


 話し合いの末、前日に個包装の食品を鍵付きケースへ入れ、朝は成人担当者が開けることになった。代金を払う人も、フードバンクの分を受け取る人も、見た目の同じ券を箱へ落とす。券には金額も理由も書かない。数えるのは減った食品と券の枚数だけで、誰がどちらを使ったかは残さない。


 「匿名回数券」


 智が案の名称を書いた。


 「匿名なのに回数は数えるんですね」


 瑚大が首を傾げる。


 「人数と物は数える。事情は数えない」


 私は昨日の手紙を思い出して言った。


 「魚は何に入りますか」


 「今回は物」


 「二十三尾です」


 「数えなくていい」


 放課後、海東鮮魚店へ箱を返しに行った。


 瑚大の父親は、事情を聞くと頭を下げた。


 「余り物でも、温かければ喜ぶと思ったんです。店では食べてもらえる物なのに、学校へ持っていくと難しいんですね」


 「難しいです。でも、朝食が必要だと分かったのは、魚が来たからです」


 私が言うと、瑚大の父親は少し笑った。


 「では次は、魚以外で協力します」


 「魚屋なのに」


 「魚を出さない協力もあります」


 匿名回数券の試行は、翌週から始まった。


 最初の日、券は一枚も使われなかった。


 二日目も、朝食ケースは減らなかった。


 三日目、私が一枚取った。


 お腹が空いていたわけではない。


 誰も最初に使わなければ、必要な人が使えないと思ったからだ。


 券を箱へ入れ、表示付きの小さなパンを一つ取る。


 智は利用票を書いていた。見ていないふりをしているのが分かった。


 瑚大は見ていた。


 「奏先輩、そのパンは何味ですか」


 「味を聞くのは事情に入る?」


 「物です」


 「黒糖」


 「明日は僕も取ります」


 「必要ならね」


 「味の調査に必要です」


 その朝、券は六枚使われた。


 無料だったか、有料だったかは分からない。


 分からないままでいい数字が、初めてできた。


 閉室後、智が新しい見学申込書を持ってきた。


 「市立図書館経由です。中学生一名。保護者同意あり。学校側の承認も取れています」


 「誰」


 智は申込者氏名を指で隠した。


 「個人情報です」


 「私たちは受入準備をする側だけど」


 「当日まで不要です」


 言いながら、彼の右手が腕時計の竜頭へ触れた。


 癖のように、三分進んだ針を確かめる。


 申込書の姓だけが、指の隙間から見えた。


 相良。


 「妹さん?」


 智の手が止まった。


 「当日まで不要な情報です」


 否定しなかった。



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