98話 ひとつの消滅
「これは、どういうことだ」
「ディアーナの予定から逆算した、捕獲経路だ」
「そうじゃない、わざわざ捕えるためにしては、人員が多すぎる。そのうえ、うちの兵までなぜ」
「貴様らの進行方向は、ディアーナを追うもの。だとすれば、我が兵との合流点はここになる」
地図を前にしたレオンは、狼狽えていた。
それほど、我がディオメシア側の兵と、レオンが動かすだろうソルディア兵たちの動向を予測していたことがおかしいか。
戦場では、予測の上に対策を怠ったものから死んでいく。
いたずらに兵を殺さないために、王としては必須の頭脳だ。
地図の中、印をした場所に繋がる道を指差す。
『山賊』と書かれた場所は、作戦の開始地点だった。
「視察の際、ここを通る。そこで、用意した山賊にディアーナの乗った馬車を襲わせ、この場所へ追い込むようにする」
「ここ、何もない場所じゃ」
「若いのを用意して、疑似村を作らせた。ディアーナのことだ、把握していない民がいたとなれば、留まらずにはいられない」
「あの悪魔みたいな子供に、そんな優しいことができるわけがない」
「もう一度攻撃を受ければ、貴様を種なしにできるが」
「……何でもないです。温情に、感謝いたします」
何が温情だというのか。
貴様の口答えに付き合う時間が今日はないだけだ。
予測では、すでにディアーナたちはこの疑似村に入っているだろう。
そうなれば、我が手の者たちが無傷で捕らえ、王宮に連行するのは早い。
だが、そういかない理由がある。
「レオン、貴様言ったな。『ディアーナを殺してでもいいから連れてこい』と、配下の兵に命令したと」
「でも、もうあんたの命令に従うように鷲を出しただろう!?」
「だとしても、作戦の場では遅い。すでに兵たちが、手柄を立てようと独断専行している可能性が高い」
「わかったように、言うな」
「わかるだろう。今は冬だ、手柄を上げれば報奨額は跳ね上がる」
「だから、なんだ」
「今年の冬は厳しい。食料も満足に揃えられないものが多いはずだ」
窓の外を見るが、伝令の鷲が戻った様子はない。
鳩より早い王宮飼育の鷲の速さをもってしても、間に合わないだろう。
すると、この疑似村には『ディアーナを捕らえたい勢力』と『ディアーナを殺したい勢力』の2つがぶつかることとなる。
森に囲まれた小さな村、森から出れば周囲は見晴らしのいい草原。
兵を率いるものにとっては、好条件。
少人数で切り抜けるには、最悪。
「ディアーナは、どうする」
「捕らえろって言っておいて、心配するのか」
「心配ではない」
「人でなしでも娘はかわいいんだな」
ディアーナは、呪いのために死なない。
だが、殺したいなど思っていない。
我にとって、想定外を運んでくるのはソルディア軍ではない。
アンナの暗殺阻止を企て、祖父であるヴァルカンティアの宰相と渡り合う。
エラを育成し、裏カジノを開かせ、事故にしか見えない形でエラを葬ったであろう手腕。
そのような、10歳の少女。
逆境を、逃げおおせる可能性を作るだろう娘。
大人しく捕まるなど、はなから考えてはいない。
それから、時が過ぎるのを待っていた。
レオンの反抗心を拳で黙らせ、暖炉に当たりながら報告を待った。
太陽は、動きを速めて傾く。
その時、ついに来た。
窓枠をつつく、軽い音。
見れば、一羽の鷲が、手紙を運んでいた。
「あれって、俺が借りた鷲……まさか、やったか!?」
喜色のレオンの声は耳障りだ。
鷲は、先ほどとは違う色味の紙を括りつけている。
現在の状況が、報告されているはずだ。
陽はすでに落ちた。
太陽がすぐに落ちる今、これが捕獲の報でなければなんだというのか。
ディアーナ捕獲であれば王宮連行、死亡であれば側近によって地下教会行き。
果たして。
書かれていたのは、そのどちらでもなかった。
『王女逃走。足取り掴めず。捜索不可能』
そうか、ついにやったのか。
多くの追手がいる中で、逃げおおせたか。
誰にも捕まらず、どこか遠くへ行ってしまえと願った通りだ。
賢いディアーナのことだ、あれだけ我に追われて王宮へ戻るなどしない。
戻ればどうなるか、想像できないほど愚かではないのだから。
「陛下、このようなことはあり得ません。まさか、あれは死んだはずなのに!」
ああ、騒々しい。
我の快の感情が、貴様を見るだけで消えていく。
黒衣の側近が手にしていたのは、民たちが使う簡素な封筒。
くたびれたような紙質のほかは、何も変りがない。
触れれば何か硬い、小さなものが入っているのがわかった。
中に入っていた手紙の文字は、覚えがあるものだ。
我が何度も手本にした、形の良い文字。
『ディオメシア連合王国国王陛下へ
王女の骸は預かった。
十年の後に返還されたくなかったら、王宮へ住み政を行え。
別邸へ住まうことは許さない。
これ以上他国を侵略することも勧めない。
これは警告である。
私は王家の秘密を知っている』
知っている人物だ。
これが、誰のものか。
「陛下!奴は祝福を知っているのです!あの日、陛下が抹殺したはずなのに!!」
「おい、何が書いてあったんだ?」
「部外者は口を出すな!!田舎の属国の分際で、わきまえろ!」
「はぁっ!?おい、俺はソルディアの王子だぞ!」
「だからなんだ、ディオメシアの属国の小国田舎の分際で。お前なんぞにこの焦りがわかってたまるか」
「そんなに言わなくてもいいだろ」
「ディオメシアの王族と、我ら側近一族だけの特別を穢すな三下!!」
外野が騒がしい。
なぜだったか、そうか、側近がうるさいのか。
アンナ、君は良いものを我に教えた。
おかげでよくわかる。
この側近は、ディアーナの無事よりも、我が約束を守るのかを気にしているな。
床に落ちていた剣を拾い上げた。
多少刃毀れしている、仕事を済ませたら研ぎに出してやろう。
すぐに済む。
我は、剣を振るった。
何度となく、側近たちを斬り殺したその刃。
大きな音もなく、側近の喉元に刺さった剣は、赤を撒き散らして倒れる。
側にいたレオンは、わずかにその水を受けていた。
見開く様が、実に間抜けなものだ。
「すまない。血はそちらに飛ばないようにしたが部屋が汚れた」
「そ……そんな問題ですか?今、え?この方は陛下の側近ですよね」
「仕える年月だけ長いだけの男だ。近頃は鼻につく振る舞いが多かった」
「大切な忠臣だったんだろう!?」
「コイツが死のうが、明後日にはこいつらの一族から似たような人間が補充される。『祝福』に取りつかれた一族だ、実に哀れで忌々しい」
言ってから、間違いを悟った。
この男で、側近は最後なのだった。
なんともあっけない。
忌々しい者たちは、こんなにも簡単に絶えるものだったのか。




