97話 レオンの強襲
「申し上げますディルクレウス陛下。衛兵がディアーナ王女の使用人から……陛下?」
「聞いている。なんだ、メイド長」
「王女様が何者からか狙撃されかけたとアテナから報告があったのですが、あの、聞いていらっしゃいますか。顔色が悪いようですが」
「大事ない」
眠る時間もなかった。
急ごしらえの策、最大の恐怖、ディアーナへの圧。
すべてを託した側近からの返事は、簡素なもの。
『指示どおり疑似村作成完了。山賊仕込み完了。王女罠完成』
側近が急ぎ我に向けて出した報告には、それだけが書かれていた。
鳩ではなく、さらに早い鷲を使っての報告。
餌を待つ馬のようだが、かわいげというものは一切ない。
「ディアーナは今どこに」
「とっくに視察に向かわれました。少しお休みになってください、時期に昼ですので軽食をお持ちします」
「狙ったのはおそらくソルディアだろう、軽食はいらない、下がっていい」
「陛下!?それは一体」
「下がれ。今は目障りだ」
メイド長を追い出し、時計を見ればかなり時間が経っていた。
何時間寝ていないかわからないが、戦場では眠れないことがほとんどだ。
これくらいで何か言われては、キリがない。
ただ一人になった執務室、机の上に広げた地図は、ディオメシア国内のもの。
そこへ書き込みをしていると、扉のノックと共に大臣が一人入ってきた。
大臣たちを取りまとめる、長年ディオメシアのために頭脳を使っている人間。
また厄介な邪魔が入りそうだ。
「ディルクレウス陛下。兄弟国についてお話が」
「手短に話せ。今日は忙しい」
「は……コホン。兄弟国の合併に、レオン王子の婿入り、ルシアン王子に兄弟国の統治を任せるなど、大臣である我々には寝耳に水のこと。どのように、お考えで」
「そのほうが管理もしやすいだろう。元より王子を悪いようにはしないと許可は得ていた」
「ですが……あの、陛下?何をされているのです、地図に何を」
「話は終わりか?なら下がれ」
「まだ話は」
大臣の声に、わずかに顔を上げる。
その瞬間、扉が強い力で勢いよく開かれた。
体当たりをしたのだろう、勢いそのまま男が一人向かってくる。
木製の扉が、蝶番からひしゃげて床に倒れるのが見えた。
大柄、太陽に愛された肌、精悍な顔立ち、手にした剣。
その目には、狂気が宿っていた。
「れ、レオン王子!?」
「ディルクレウス覚悟!!!!」
「た、たすけ」
まっすぐに我を殺しに来たその意気はいい。
躊躇いのないその太刀筋、並の敵であれば切る前に威圧で勝ちうる。
だが、そこに奴の甘さがあった。
我の机の前に立っていたのは、大臣。
戦いに行ったことのない大臣は、レオンの圧に腰を抜かしたのだろうへたり込もうとする。
進行の、攻撃の妨げになる大臣を、レオンは。
「くっそ、くらえ!!」
数歩横に動き、大臣を迂回して、我に切りかかってきた。
大臣ごと我を殺せば、機動の速さで勝機はあった。
わざわざ、余計な動きをしたのだ。
これは、驚きだろうか。
ああ、そうだ、我は驚いた。
レオン貴様、随分と、まだ人間であるらしい。
「甘いな」
席を立ち、突きを加えんと突進するレオンを躱す。
そうして、机の横に立てかけてある愛剣に手を伸ばした。
だが想定内だったのだろう、勢いに乗っているはずだが強引に体の向きを変え、机を大きく蹴り倒す。
大きな音と共に、机が紙を撒き散らし倒れた。
立てかけてあった愛剣も、床に転がりすぐには手にできない。
「エラの仇ィ!!」
レオンは、我に斬りかかってきた。
体重の乗った剣だ、まともに当たれば骨まで砕けよう。
そしてレオンの持ち味は体格を生かした、力による剣戟。
剣を持たぬ我に、対抗できる手段はない。
唾を飛ばし、目を血走らせる様。
何を勘違いしているか知らないが、我がエラを謀殺したとでもいうのか。
だとするとこれは、愛の復讐か。
そうか、実に
「弱い」
レオンの剣の切っ先を、左腕で受け止める。
斬れると思ったのだろう、硬質な音を立てて止まった剣に、レオンは瞠目していた。
そして、レオンの剣を握る手首の関節を狙い、手刀を落とす。
剣を落としたその音がする前に、急所めがけて高く蹴り上げた。
剣が床に落ちる音と共に、レオンは天井に打ち付けられた後、床に叩きつけられる。
奴の喉からは、苦しげな呻き声が発されていた。
「陛下……なんとご無体な……」
「大臣、退室しろ。我はレオンと話がある」
「い、医者を」
「後で我が呼ぶ、貴様は何も見なかった。いいな」
「ですが、これは国際問題かと」
「その時はソルディアを落とせばいい。行け」
すでに、レオンの手紙からソルディアが何かしようとしていることは突き止めている。
事が公に出れば、困るのはソルディアだがな。
大臣が、部屋から出ていく。
怯えていたようだが、無駄なことだ。
我は、無益な殺生はしない。
レオンについても、ここで殺すことはない。
とんでもないことだ。
これから、我の側で破滅の覇道を行く人間。
この上ない逸材。
我の回避方法を予測し、剣をとらせなかったのは評価しよう。
服の下に鎧を仕込んでいると予測できていれば、まだ優勢だった。
「痛いか?若気の至りというのは恐ろしいな。我の強さを見極められずに戦いを挑むとは」
「っ…クソがっ。なんでここに!」
「ここは我の国の、我の王宮。我がいつ来ても不思議はあるまい」
「こんな時に…お前が、お前のせいで」
「ほう、我に『お前』と。剣を抜かずにいたのは我なりの手加減だったが、まだ欲しいか」
軍の統率、カリスマ性、将来性。
何よりも満足しない強欲さ。
そしてエラへの執着、ディアーナと我への恨み。
我がまだ大人になりきらなかった頃は、こうだっただろうか。
だとすれば、バカな大人が多かったことに感謝すべきだ。
こんなにも、操りやすい優秀な手駒は、他にない。
「俺を、殺すか?別にいい、これでエラと同じ場所にいけるなら願ってもない」
「実に希望的だな。生憎安々と死なせるつもりはない」
「王族暗殺未遂が重罪なのは知ってる。エラがいない世界で生きるならそれで死んでいたい」
「では、貴様に生の絶望をくれてやるレオン」
虫唾が走る。
簡単に死ねる者ほど、命を投げ出したがる。
それが叶わない我々への、当てつけだろうか。
「我は、我が娘を拘束せねばならない。これが達成されたら、貴様にエラのある情報を与えよう」




