96話 娘の排除
「ディアーナは、あなたに抗う。ディアーナがいる限り、あなたの望みが叶うことはないわ」
女は、そう言い放った。
そこに、疑念はない。
それが真実だと言わんばかりに、堂々としていた。
「我が何をしようとしているか、わかるまい」
「ディオメシアを崩壊させようとしてる、違うかしら?」
「何のために」
「……不死の呪いを、解きたいんでしょ」
小さな言葉は、大きな衝撃を持っていた。
目の前の女は、その一言に2つの意味がこもっていることを知っている。
秘密の不死の呪いを解くという願望。
そしてもう一つは、アンナと我でしか交わしていない野望。
我はアンナ以外の人間を前にして、呪いを解くなど語らない。
なぜそれを知っているのだ。
アンナとの、唯一のつながりを。
「貴様、なぜそれを」
「……教えてちょうだい。あなたは、アンナを、愛してた?」
「質問に答えろ」
「わたくしのほうが先!!だってそうじゃない、あなたは、あなたはエラを愛したはずなのに。なんで、そんなの、わたくしの知る、あなたじゃない」
女を、斬って捨てるのは容易い。
瞬きのうちに、それは叶うだろう。
それはできないとわかっていた。
どうしても、目の前の女が知っている人物に被る。
顔は見えず、身体の大きさも違う。
だというのに、どうしてもディアーナの影がちらつく。
答えてやらなければいけない、そう思った。
優しさがわからずとも、優しくしなければ。
「答える義理はない」
「……ああ、そう。あなたは、そういう男だったわ」
「アンナが、減る」
「なに、いっているの」
「分けられる妻のものは、何一つない」
話せば、消える。
アンナとの日々、得た感情、痛み苦しみ、歓喜、悲哀、憤怒。
他者に話せば、渡すことになる気がした。
もう増えるものはないのに、なぜ分ける必要がある。
「は……は。嘘でしょう……あなたは、じゃあ、ディアーナを、大切にしているの。子供好きなんて、そんなことあるはずない。エラだって、あなたは後妻に」
「アンナの子だ。エラも、ツキの子だ。我には、守る義務がある」
「そう……そうなのね……なんて、なんてこと」
打ちひしがれたような女は、そのまま黙る。
その時、時計が音を立てた。
部屋に、日付が変わることを示す低い鐘の音。
ディアーナの誕生日が終わっていく。
だが、それ以上の変化が目の前で起こっていた。
女の姿が、薄くなっていく。
足元から、消えていく。
そこに、何もなかったかのように。
「おい、貴様」
「時間、になったわね」
「待て、まだ話は聞いていない」
「ディアーナを止めて。あいつは、全部ぶち壊すわ」
立ち上がり、女に向かって手を伸ばす。
だが、何も掴めなかった。
突然現れた女は、消える際も煙のようだ。
こちらの聞きたいことに答えず、勝手に話をして、消える。
夢ではない、それはよくわかっている。
アンナ同様、ディオメシアのためと奔走するディアーナを止めることが、どれだけ残酷か。
「ディアーナを、止める」
あの女の言うことをすべて信じたわけではない。
だが、ディアーナのしていることはすべて、崩壊のため敷いてきた布石を台無しにするものだ。
以前から感じていた脅威が、先ほどの女の言うとおりになるとすれば。
それは、阻止すべきだ。
これは、ディアーナのための、崩壊なのだから。
部屋についている呼び鈴を押し、もはや一人となった側近を呼びつける。
奴は不機嫌だが、知ったことか。
「なんですか、もう日付も変わったのですが」
「貴様に急ぎの仕事を任せる。明日のディアーナの予定は」
「たしか、農村の視察だったかと。それが何だというんです?」
「急ぎ人員を集めろ。武力となる男たちを民衆から駆り立て、訪問予定の村の方面の空き地に捕獲場を作らせる」
「話が見えませんな。民から徴兵するようなものですし、捕獲場?寝ぼけるのも大概にしてください。また支持を下げたいんですか?」
「ディアーナを、幽閉する。策をめぐらせて捕らえろ」
「なんのためにです?王命があれば、そんな面倒をせずとも」
貴様に言って何がわかる。
有能であるだけの、感情を捨てたような貴様に。
必要なのだ、ディアーナに見せつけることが。
我のほうが上であると示さねば。
あの娘は、アンナ譲りに強情で、強引。
どんな状況でも、手を伸ばすことをあきらめないだろう。
ならば、その意思を挫くまで。
策を弄せるのは、我も同じ。
「すべてを明日完遂したならば、貴様の望む女をいくらでも用意するがいい。貴様の望むとおりにしよう」
「な、なんと……!?本当でしょうか陛下」
「だがこれは内密に行え。一日で貴様にできるとは思えんが、この条件であれば」
「ああ、何ということだ!!言いましたね?確実に最後の側近である名誉にかけて、王女様を捕らえてみせます!!」
側近は、その言葉を最後に我の部屋を出て行った。
駆ける足音がおぞましい。
自らの権威や金などより、他人の行為を望むか。
やはり、側近一族は絶やして正解だったと見える。
一人になった部屋で、息つく間もなく扉が叩かれた。
転げるように入ってきたのは、衛兵の一人。
纏う防具からして、王宮内の警護を担う者だ。
「夜分遅くに失礼いたします。至急、ご判断を頂きたい事例が発生しました」
「なんだ」
「王宮内より、管理下にない伝書鳩が放たれました。誘導し、中を改めたところ、レオン王子の密書でございました」
「奴は自分の鳩を持っている。黙認するよう伝達していたが」
「毎回、中を確認しておりました。ですが今回、無視できぬものが……こちら、写しになります」
衛兵が手渡してきたその手紙。
ソルディア王であり、レオンの父に宛てたもの。
衛兵がわざわざ報告してくるものだ、親子の柔い手紙のはずがない。
『先日のエラ狙撃、俺の将来を心配した軍関係者のものだとのこと、実に失望いたしました』
『俺は、皆が思うほど弱くはないと見せつける』
『ディオメシア近くに駐在しているソルディア兵を、俺に指揮させろ』
『最愛の女を撃ったことに責任を感じるのであれば、当然のことだ』
『俺が、ディオメシアの王族を根絶やしにしてやる』
実に青く無謀な手紙だ。
ただの属国の王子が、戦いに出たこともなく、我に敵わず、簡単に死ぬ人間が。
根絶やしにしてくれるのか。
心地よい恨みだ、お前を選んだディアーナはよい目をしている。
この上なく、我の計画に最適な若者だ。
「この手紙はそのまま鳩につけて出してやれ」
「しかし、危険では」
「問題ない。むしろ好都合だ、屈服させるいい機会と言える」
部屋の中が少しずつ色を変えていく。
窓の外では、夜が明けていた。
今日は、盤上を乱す日となるだろう。




