95話 赤銅色と煙の女
あまりにも、皮肉なことだ。
娘たちを守りたいと願った、その果てが謀略の殺人だというのか。
ディアーナは、貴族たちのほうを向く。
威圧も、権威も、まだ身に着けきれない小さな背中。
だが、その頭脳には恐ろしい怪物がいる。
兄様たちを殺した我と同じ、おぞましい人でなしが。
「……お前、エラを殺したか」
「滅相もありません。わたくしもこんなにボロボロになっていますのよ」
「アンナに似てきたな、末恐ろしい女よ」
ディアーナに近寄り、投げかけた言葉は攻撃的だ。
何をたくらんだか、本当にディアーナがこの騒動を起こしたのか。
それはわからない。
だが、ディアーナの専属使用人の中で、コマチとジークの姿が見えない。
多くの人間が集まる日に、そのような不用心をするとも思えない。
月光国出身の女と、変幻自在なヴァルカンティアスパイ。
策など、いくらでも練ることができる。
ディアーナが、我の言葉を聞いてなお、涼しい顔で貴族たちに向き直る。
その異常さに、気づく者は多くないだろう。
お前たちは、生を脅かされていないのだから。
「パーティーがなくなったのだから、ここで宣言いたしますわ。わたくし、婚約者にはソルディアのレオンを望みます」
「ディアーナ王女!?その、いきなりすぎますぞその発表!!我々も聞いておりません」
「大臣、それは必要なのかしら?わたくしはお父様に『お前が決めろ』と言われているの。レオンもルシアンも、実にいい方だから迷ったけれど……レオンのほうが、苛烈でおもしろいもの」
今ここにいないレオンを望むディアーナ。
エラに、並々ならぬ感情を持っているだろうレオンを、なぜ選ぶ。
アンナもそうだが、男を見る目がまるでない。
ルシアンを選べば、安らかに平穏なものだろう。
ディアーナをこのままソルディアに嫁がせるか。
もとより、ディオメシアから脱出させるための政略結婚案。
そうすべきだ、だが、それは。
レオンの性格を考えれば、ディアーナが幸せになることはないだろう。
エラを求め、ディアーナに目もくれず、欲しいものは強引にでも手に入れるだろう執念。
エラを手籠めにしようとしたと聞く。
それを、預けるだと。
それは、それは。
到底、看過できない。
「大臣、ここへ」
「え?はい、どういたしました陛下」
「聞くが、属国の統治は『ディオメシア王に委託される形で』それぞれの国の王が担っていたな」
「はい。実質すべてディルクレウス王の国ですが、あまりに多いので直接統治は難しいですから」
「それならば、属国の統治に口を出す権限はあるということだ」
これは私欲。
わかっている、あまりに身勝手極まりないものだ。
だが、あの兄弟国の王たちは言ったぞ。
『親心というものがないのか』
奴らが何を思うか、我にはわからん。
ただ、奴らが尊ぶ親心というものがあるのならば、子を思うのであれば、配慮をしろと言いたかったはずだ。
感情を得ることは、不利益ばかりだと思っていた。
だが、こうして逆手に取ることもできる。
理解した。
親というものは、子のために無理を通せるのであれば通すことができるのか。
「兄弟国を、一つにしろ。元より親密な国だ、王が一人になったところで反発は少ない」
「一つ、とはそれは一体……まさか、ソルディアとステラディアを、統一するというのですか?」
「そうすれば王は一人でいい。となれば、王子は二人はいらん……ルシアン、来い」
「は、はいっ!!」
貴族たちの視線が刺さるだろう。
大臣との会話は、聞こえた者もいるはずだ。
ディアーナも、何事かと怪訝な表情でこちらを見る。
ルシアンは、兄弟国で見た時よりも凛々しくなった。
レオンがエラに迫ってから、それを押さえつけるように存在感を増した。
威圧を身に着けたが、優しさがにじむ男。
この性格であれば、積極的に戦いを行わない兄弟国では受け入れられるだろう。
「ルシアン、レオンはどうした」
「恐れながら、体調がすぐれないと」
「庇うか、まぁいい。貴様、祖国を救いたいか?困窮にあえぐ民を、豊かにさせたいと望むか」
「……はい。私は、そのために、次期王になるために」
「であれば、貴様に命じる。兄弟国を統一国家とし、貴様がその初代国王となれ」
「っ……!!それは、ですがレオンは!?」
「後妻は死んだ、後継者をディオメシアから出すわけにもいかん。婿にもらおう、我の近くで学ばせる」
「あ、陛下、で、ですが!!」
「もとより、貴様らのどちらかは我が下で仕えてもらう算段だった。その条件を飲んだのは、貴様らの父親だ。レオンに、2国の統治ができるというのか」
「統一などせずとも、我々の国はずっとこの形で発展してきたのです。どうして、今」
「親心。貴様らの父親たちは、これをそう呼んだ」
ルシアンは、黙った。
貴様は我よりも見ているはずだ。
今のレオンに、激情に飲まれ、執着し、部屋から出てこない男に何ができるか。
そのような男が、ソルディア唯一の後継者がこの有様では今後がどうなるか。
ならば見捨てればいい。
心を病み放逐されるより、連合王国の王に乞われて仕えるため国を出た。
そうすれば、角も立たない。
「終いだ。今日はこれまでとする、用のない者は王宮を早々に出ろ」
「陛下お待ちください。まだお話を」
「大臣、側近、使用人。誰であろうと、今日は我の私室に入るな」
「ディルクレウス王!!」
あれ以上、あの空間にいるのが苦痛だ。
多くの視線に晒されることも、強引な命令を下すことも。
ディアーナを、疑うことも。
この様はなんだ。
あの憎き先王とどこが違う。
権力を振りかざし、多くの人々を苦しめたあいつと、同じではないか。
なぜ、我は愚かになった。
ディアーナを宣言通り嫁がせれば、祝福してやれば。
エラも、もっといい守り方があったはずだ。
だというのに我は、ぼくは、なぜ。
「アンナ、アンナ。応えてくれ」
『ルク、随分と強引なことをしたなぁ』
私室に入り、鍵をかけた。
頭に響くのは、アンナの声。
いつも我の中にいるという言葉は、嘘ではない。
呼びかければ、いつでも応えてくる。
ああ、心臓が落ち着いていく。
飾り立てた服も装身具もすべて床に投げ捨て、寝台へ倒れこむ。
無防備な中でも、剣だけは手放せない己が恨めしい。
「ディアーナが、エラを、殺した」
『それは本人から聞いたのか?』
「ただの勘だ。だが、あれは間違いなく何かを謀った」
『謀っただけかもしれないだろう?ルクはいつもそうだ、なぜ対話をしない』
「……我は、穏やかに話せない」
『ルクは不器用すぎる。それに、かなり天然だ。だからって、話し合いを放棄していいことは何一つない』
「君は、なんだ。亡霊か、幻聴か」
『何度も言っているだろう、私はルクの中に住む私だ。ただの都合いいことを言う幻聴と一緒にしないでもらいたい』
「……ああ、すまない」
『少し休むといい。鍵もかけたし、誰も来ないさ。来たとしても、気配でルクならわかるだろう?』
その通りだった。
姿が見えない、我にだけ聞こえるアンナの声は、正しいことを言っていた。
一切甘やかさない、だというのに安心感を与える。
アンナのおかげで、我は今日も息をしていられる。
君が与えた感情で、今日も少しずつ壊れていく。
目を閉じて、しばらくして開く。
窓の外に広がる青空は、とうに闇だった。
大きな時計を見れば、あと一時間ほどで日付が変わる。
ディアーナの誕生日が終わろうとしていた。
何も、我は祝福もできぬままに。
「……寝過ごしたな」
目が冴えてしまった。
すぐに寝ることもできずに、執務室へ向かう。
静かな廊下には、人間の気配がない。
ただ一人、椅子に腰かけて積まれた資料に目を通す。
変わったことはない、一日の終わりが訪れる。
はずだった。
「ごきげんよう、ディオメシアの王様」
我一人しかいない部屋に、人間が現れた。
突然に、鍵のかかった扉でも、窓でもなく。
悠然と姿を現したのだ。
「時間がないの。あなた、未来を知りたくはない?」
どこかで聞いたことのある、女の声。
顔を上げれば、側近一族とは違う黒い布を頭から被った女。
思い出した。
幼い頃、ぶつかった女。
以前にも、このように脈絡もなく煙のように現れた女。
それはすべて、この女ではなかったか。
「未来、だと。お前は何者だ」
「今すぐ決めて。わたくしは長くここにはいられないの」
どこか高飛車な話し声、何十年経ってもほぼ変わらない背格好。
顔はよく見えないが、害する気力が湧かない空気。
話を、聞かねばならない。
そうとしか考えられない。
以前も感じたこの衝動に、抗えない。
「……聞こう。その未来とやらを」
女が、小さく笑った。
その拍子に落ちた、一筋の毛髪に目が留まる。
それは、愛する赤銅色にそっくりだった。




