94話 我が血の因果か
ディアーナの誕生日は、太陽が一年で最も上らない日。
太陽のごとく希望に溢れた存在だというのに、誕生日とはそぐわないものだ。
豪奢な服、マント、剣を携えて扉をくぐる。
そこには、多くの貴族、他国からの来賓客、エラにディアーナも待っていた。
これは、ディアーナの誕生パーティーの前座。
多くの人間の前で、新たな王族を迎え入れる式典。
エラの、正式な後妻内定を内外に広める場。
「今日は我が娘、ディアーナの生誕日である。それに伴い、夜会にてディアーナの結婚相手を発表する。そして、我は新たな世継ぎを残すため、そこのエラを妻に迎える」
「では、エラ様前へどうぞ。これより、宝石授与を行います」
エラが前に進み出る。
ディアーナの専属使用人にでも誂えてもらったのか、優美でよく目を引く。
装身具や髪、ドレス。
エラと同等のものを纏う娘は貴族の娘にも多い。
だが、そんなものとは比べ物にならない。
ディアーナ、エラ双方ともに、ディオメシアの宝となるべき女性になるだろう。
王族が呪われていなければ、そのようにはからったものを。
側近の男が恭しく、エラのために作らせた宝石のネックレスを差し出した。
今後、この石がエラを表すものとなる。
黒髪に、灰色の瞳、ツキに似た面差しに、我の要素を持ち合わせている。
このような形でしか守れない男を、どうか許すな。
「これは、お前を王族にするもの。お前を表し、お前が背負い、死ぬまで消えない石の証だ」
「は、はい」
「よって、ゆめゆめ忘れるな。お前はこの国で、我の妻として立ち、この国のために生きる運命だ。それは我も、ディアーナも変わらん」
「ディアーナ様も…」
「よって、お前にも要求しよう。……この国のために、苦しんで生きろ。いいな」
赤と緑、2つの色彩を宿す石。
エラを表すような石ではなく、彼女を守るための石。
ガーネットのディアーナと、亡きアンナのエメラルド。
身勝手な願いだと、執着を表すものだとは、わかっている。
だが、縋るしかない。
アンナによく似たディアーナが、エラも守ることを。
この怪物の我は、人を守ることに向いていない。
あさましい思いのこもったネックレスを、首にかけたエラは、笑っていた。
その笑顔が、昔々に我に笑いかけたツキによく似ていた。
「わかりました。今日のこの姿を、皆様に焼き付けていただくように、生きます」
「……ではお前にこの石を。解釈は自分で何とでもするがいい」
ツキ、すまない。アンナ、すまない。
守ろうとした結果が、苦難しかない道だとしても、同じ轍は踏まない。
エラには、ディアーナが、ディアーナの専属使用人たちがいる。
どうか耐えてくれ、我が王というものを消し去るまで。
「お疲れ様です陛下。この後すぐにパレードに向かいますぞ」
「パレード、初めての試みだな」
「はい、王女様がご提案されたことで。確かに新たな王妃を国民に披露するいい機会ですし、好感も持てる。新王妃は庶民の出ですからね、これからは庶民に向けた政策をとるというアピールにも」
「誰がべらべら喋っていいと言った」
「陛下は最近怒りっぽいですな。戦争の上で苛烈なことはよいですが、私は殺さないでくださいよ。もう私以外、側近はいないのですから」
「貴様がいなくともディオメシアは回る、消えればどうだ」
「滅相もございません。側近の数を増やし、祝福を守り抜かねば一族が存続してきた意味がない」
死んでも何度も蘇らされる呪いなど、さっさと忘れてほしいものだ。
そうすれば、じきに不死の呪いも消えていくというのに。
厄介なことだ。
認識されればされるほど、強固になっていく呪いは。
「では陛下、こちらの馬へ。馬車はお好きではないでしょう」
「貴様らが勝手に知らん女を何度も乗せたからな」
「陛下が先代王妃以外に手を出さないからですよ。でも、これからは安心ですね」
この言葉、エラとの血縁関係を知っていて出るのだから恐ろしい。
パレードは進んでいく。
兵士たちや馬、そして王族の馬車が後に続く。
ディアーナの赤い馬車、エラの黄色の馬車に続き、我の馬が行く。
後ろから、すべてが見られたのだ。
それゆえ、それも全貌を見ていた。
「きゃあぁぁぁぁ」
「な、なんだ今の!?」
「馬車が、エラ王妃の馬車が、爆発したぞー!!」
エラの馬車から大きな爆発音、吹き上がる火。
燃え盛る馬車に近寄ろうとして、止められるディアーナ。
肉の焼ける異臭、国民たちの騒ぎ声、ディアーナの叫び声。
戦場とは違う、異常と悲痛の混ざったパレード。
それらはすべて、エラが今の爆破で死んだことを物語っていた。
「何ということだ……!陛下、今すぐ死体をかき集めてきます!!ただ燃えているだけならば、蘇生は可能!!細切れならばほぼ無理なのですが」
「行け、今すぐに」
「はっ!!」
兵たちに王宮の戻るよう促され、側近はエラの遺体を回収に走る。
今日ほど、祝福を望んだ日はない。
エラは、まだ死ぬべきではない。
蘇れ、死ぬな。
まだ、我は何もできていない。
「爆死だろう、あれ」
「でもよかったじゃない、これで王妃の座がまた空くし」
「うちのほうが家格も見合うのに、庶民の女なんか見た目だけでしょう」
「無駄なことをしたな、宝石の装身具持ったまま死ぬなんて」
「ところで今日はこの後どうなるんだ?パーティーの後だってあったのに。ディアーナ王女の婚約者発表は?」
式典を行った会場へ戻れば、先ほどと同じ光景が広がっていた。
違うのは、エラとディアーナがいないこと。
貴族たちを見やれば、その中にルシアンの姿を見つけた。
側にいるはずのレオンはいない。
エラの死で部屋にこもる、ということを奴ならやりかねん。
そのとき、扉が開く。
真紅のドレスに身を包んだディアーナ。
ドレスに、顔に、黒い煤が塗れていた。
「ディアーナ、お前……」
「はぁっ、はぁっ……お父様、ディアーナ、ただ今戻りましたわ。そして、お願いがありますの。今回の事態、原因がわかりませんわ。このまま貴人の皆様が集まるパーティーをすることなどできません。わたくしは、ここに今夜の誕生パーティーの中止を提案いたします!」
ディアーナの提案はもっともだ。
王族として認められた人間が不審死した以上、祝いを継続するわけにもいかない。
もとより、社交の場は好かん。
その案には全面的に肯定する。
だが、どうしても違和感を持ってしまう。
ディアーナが、あまりにしっかりしすぎている。
エラはディアーナがよく目をかけていた、仲が良いのだと使用人たちも噂していた。
王妃となることも、異母姉妹だとわかることも、賢いディアーナであればすべてを理解できただろう。
その人間を目の前で失って、ここまで切り替えができるものだろうか。
まだ10歳の子供に。
異常。
その目には、どこにも死を憂うものがない。
直感した。
ディアーナは、エラを貶めたのではないか。
何か細工をし、死に至らしめたのではないか。
何のために。
エラが男児を生めば、後継者争いを生むからか。
それとも、醜聞を予期してのことか。
ディアーナに近寄れば、その表情は通常のような強気な眼差し。
だが、なぜだ。
アンナに似たその姿の中に、アンナを見出せない。
それよりも強く感じるのは、我と似た空気。
『でぃ、くえう、なん、で』
『申し訳ございません。苦しまずに死なせてやりたかったのですが』
『う、あ、ぁぁぁぁぁ!!!!』
蘇る、兄様たちを手にかけた記憶。
苦しませないためだった、王となった我ができる、呪いからの脱却のためだった。
だが、それをディアーナが、私欲のために行ったのであればどうか。
的確な言葉が、見つからない。
そうか、これが。
絶句というものなのだろう。




