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93話 娘たちの知

それは、突然の出来事だった。


ディアーナ、エラ、レオン、ルシアンが共にいた時のこと。

何者かが遠距離狙撃を行い、エラが撃たれたらしい。


容体は明らかに死亡寸前、その場にいた3人と、ディアーナの専属使用人達も目撃していたと。



「まだ確定ではないですが、怪しいのはソルディアの手の者でしょうね。恨みには事欠かんし、ソルディアは貿易ができる海もある」



それを知らせてきたのは、唯一残った側近の男。

年は50ほど。うるさくて、常に怒っていて、すぐにでもエラを抱けとせっついてくる。

実に、側近らしい男だった。


エラのことで王宮を空けていた時分での報告に、奴は不機嫌と上機嫌の混ざった表情で勢いよく述べていく。



「全く、困ったものです。若いのは皆、命が惜しいからと逃げてしまった!!おかげで一人で地下教会に運んだんですよ。ああ大変だった!!」

「なぜそれが起こった時点で報告しなかった。首謀者は」

「わかりません。陛下がちょうど王宮を出ていた時のことですし、どうでもいいでしょう。それより今回の蘇生なのですが」

「煩わしい、黙れ。衛兵を呼ぶ、周囲の警戒をあげろ。兵に命じて犯人の特定と」

「それよりも重要なことがあるのですよ陛下」



狙撃犯を見つけること以上に重要なものとはなんだ。

どこまでも不死の呪いに染まった男。

斬ってやろうかと腰に手を伸ばしたが、ちょうど剣は研ぎに出していた。


運のいい奴。

我の機嫌を損ねるという不運に見舞われているというのに。

興奮気味なその口を、切り裂いてやりたい。



「黙れと言ったのが聞こえないようだな」

「王女様に!!聖なる祝福についてお話しできたのです!!やはり賢いお子様でした、取り乱すこともなく次期王妃様の蘇生を見守っていらした」

「ディアーナに、言ったのか」

「はい。もう10でしょう。そろそろ初潮も来ますし、王族としての責務を意識させなければ。ただでさえ、生きている王族は3人しかいないのですから、さっさと結婚して産んでもらいましょう」



あの絶望を、ディアーナが知ってしまった。

死ねない絶望を、これまで触れさせないようにと守ってきたというのに。


あまつさえ、ディアーナが良く面倒を見ていたエラでそれを理解してしまった。

ディアーナなら、気が付くだろう。

エラが、自分と血の繋がった異母姉妹であると。


心臓が、苦しい。

服の上から爪を立てようが、治まらない。

突き刺された痛みだ、冷や汗が噴き出る。


何を、何をしたのかわかっていないのだ。

興奮の様子を隠しもしないこの側近は!!



「出ていけ」

「ご安心ください、王女様以外には一切漏らさないように配慮を」

「出ていけ!!!!」



部屋が震える音がする。

ただ全身が蝕まれていく感覚だけがある。


自分が、どんな顔をしているのかわからない。

だが、側近がすぐに部屋から出て行ったことだけはわかった。


呼吸がうまくできない。

これまでにない、ただ苦痛に潰される。

どうすればいい、この痛みは。


どこでなら息ができるのか。

それだけを考えて、耐え難い痛みに目を閉じる。

気が付けば我は一人、ある扉の前に立っていた。



「あん、な」



扉に触れる。

カギは、力づくで壊した。

久方ぶりに入る彼女の部屋は、驚くほどに満たされていたのだ。


寝台、机、椅子、ドレッサー、箱に納められた装身具。

丁寧にかけられたドレス、好んで読んでいた本、使用していた剣は2振り。


ただ、ここに彼女だけがいなかった。

アンナが死んで、避けていた部屋。

それはこんなにも、痛みがほどけていく空間だったのか。


『ルク、どうした』


そう呼ぶ声は、ないはずだ。

だが、不思議なことに我が耳は確かにそれを覚えている。

今も、その声は聞こえている。


それに縋るまで、時間はかからなかった。



「呪い、が、ディアーナに知られた。エラとのことも、察しただろう」

『それは大変だ。なぜ、泣いているんだ?私が死んだときも、そこまで泣かなかったろう』

「君が、居ない」

『私はいつでも、ルクの中にいただろう?』

「なぜ死んだ、なぜ置いて逝った」

『前を向けルク。泣いていたってしょうがない、進むのが君だろう』



アンナは死んだ。

だというのに、これはなんだ。

本当の君なら、そう言うだろうことを投げかけてくる。


アンナ、君は幻聴であっても我を甘やかさないな。



「アンナであれば、どうした」

『私なら、ちゃんと説明する。わかっているんだろう?ルクはもう、ディアーナもエラも、平等に守りたいはずだ』

「君を裏切ることになる。エラは」

『仕方がない。むしろ、私はディアーナを尊敬する。私のしたいことを、エラにしてくれているんだ』



今すべきことは、ディアーナとエラを守ること。

側近は、ディアーナに説明したと言った。


だが、エラにも同じ説明をしたとは一言も言っていない。

ましてや、我が何のために後妻に据えようとしているのかすら、話せていない。


話さなくとも、守れると思っていた。

だが、すでにエラも当事者だ。

二度王宮で死に、二度蘇生され、何が起きているのかわからない現状で生きている。


すべきことを、しなければならない。



「エラを、呼ぶ。すべて話そう」

『そうか、健闘を祈る』

「また、話せるか」

『話すも何も、君の中に私はいる。そばにいるさ』

「ならば、いい」



呼吸は、戻っていた。

痛みも、どこにもない。


妙なものだ、幻聴一つですべての不調がなくなる。

もとより蘇生する化け物の体だが、さらに化け物染みてきたようだ。


部屋を出た時、ちょうどメイド長と鉢合わせた。

アンナの部屋の扉の修繕と共に、エラに誰にも見られぬよう部屋に来いと伝える。


メイド長は止めたが、押し切った。

なにもないのだ、心配するものは。


ただ、話さなければならない。

ツキのこと、王族の負った呪い、これからどう守るのか。

そうすれば、ディアーナも交えて3人で話せるだろうか。

今後、王政を排斥するため、大人しく守られるだろうか。



「これも、告げなければ」



懐に入れていた、宝石の付いたネックレス。

エラを王族に迎えるにあたり、宝石を冠するために職人に作らせたもの。


張りぼての後妻だ、簡素でいいと考えていた。

だが、出来上がったものは意匠が細かく繊細なもの。

アンナやディアーナのために作るものと同等に、豪奢になってしまった。


なぜなのか、わからないことばかりだ。

教えるものも、すでにないが。


だが、説明することは叶わなかった。


我の部屋に向かう道中、エラがレオンに迫られたこと。

ディアーナが通りかからなければ、危うかったこと。

エラは男性が恐ろしいと思っていること。

二人きりで呼び出すのは、やめたほうがいいということ。


そのすべてを、ジークから聞かされた。

ことごとくが、うまく運ばない。

ただ安全に守ることすら、我にはできないようだ。


そのまま、時間は過ぎて行ってしまった。


そして、ディアーナの誕生日当日を迎えることとなる。

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