91話 側近の崩壊
王宮に長く滞在するのは、久しぶりのことだった。
多くの使用人の足音、大臣たちとの討論、少なくなってきた側近たちの報告。
それに加え、ディアーナ、エラ、レオン、ルシアンの気配。
年若いものが多いからだろうか。
王宮内の空気は、どこか落ち着きがない。
「ディルクレウス王、先日の月光国の件ですが、新しく交易のための承認をお願いいたします」
「裏カジノのことか。交易は、聞いていない」
「先日、ディアーナ様が裏カジノと交渉したのですよ。彼らは荒くれ者ばかりと思っていましたが、独自の交易ルートを持っておりまして。ディアーナ様が間を取り持つことで、ディオメシアにも恩恵をと」
「まさか、裏カジノを懐柔したか。以前、裏カジノを国として認めるよう申請があったのはそれか」
「はい。ディアーナ王女は素晴らしいですね、長らく険悪だったというのに、話し合い一つで解決されてしまう。アンナ王妃譲りですかな、これは」
我が王宮を空け、兄弟国へ赴いている間にディアーナはかなり暴れたらしい。
話し合いで解決と大臣は言うが、本当かどうか。
王宮内で、細かい傷だらけのディアーナの専属使用人たちを見た。
想像することしかできないが、己の手足である専属使用人たちをうまく使ったのだろう。
アンナに似て、うまいことだ。
承認のサインをしてやれば、大臣は機嫌よく戻っていった。
新たな交易とあれば、ディオメシアが潤う。
経済も下向きだった現在、国を憂う大臣たちは喜ぶのだろう。
我としては、王族の評判をあげることは思わしくないのだが。
ディアーナの功績は、うまく立ち回ったことは、それは素晴らしいことだ。
「やはり、ディアーナはすぐにディオメシアを出て行ったほうが」
「失礼いたします陛下。本日おそばにつかせていただく側近の」
「ノックもなしに入室とは礼がなっていない側近だな」
「ノック、しました。ごめんなさい、お返事がなかったので」
「許可があるまで入るな。なぜそれができない」
「申し訳、ございません。あの、王族の返答はいらないと、申し送り書に」
考え事をしていたら、側近のノックの音に気が付かなかった。
我の耳が鈍ったか、側近のノックが弱いのか、どちらなのだろう。
今日来た側近は、まだ十代だろう少女だった。
最近、いや前にかなりの数の側近を粛正してから、ずっとこの状態だ。
二十代の若者か、十代の少年少女。
我が若者を殺さないと考えているのかと疑ったが、そうでもないらしい。
「貴様、おとといも来ていたな。別の者はどうした」
「もう、人数がそんなにいないんです。皆、陛下に」
「それほど殺していたか。まだいると踏んでいたが」
「わたしの、おじさんが大人一人だけで。引き継ぎもあんまりできていないんです。申し訳ございません、陛下」
「そうか。どうも、我は貴様らを崩壊寸前にまで至らせているのだな」
「……は、い。だから、どうか、殺さないでください……!!」
耳を疑った。
殺さないでくれと、この少女は我に向かって願ったのか。
殊勝な心掛けだ。
これまでの側近は皆、命の危機に瀕して初めて命乞いをしたものだが。
気まぐれに少女をよく見れば、手が震えている。
床に、水滴をいくつも垂らしている。
うつむいているとは思ったが、泣いているのか。
「貴様は、我を恨むか」
「そ、れは。でも、そんな」
「構わん、申せ。貴様は切り捨てないと誓おう。この執務室に二人のみの今は、何を言おうとも不問だ」
幼い少女だ。
ディアーナと大きく年も違わないだろう。
この年代の子供を、繁殖ではなく執務目的で送り込まれたことはない。
つまり、側近一族の生き残りは皆若いとみるべきだ。
不死を至上とする思想に飲まれず、人間らしい人間の可能性は捨てきれない。
少女は、崩れ落ちた。
そして、大声で泣き声をあげたのだ。
「う、わぁぁぁぁ……かえして、おとうさ、おかあさ、おじいちゃ、おばあちゃぁ」
「死人は生き返らない。貴様らは狂ってはいるがただの人間だ」
「でもっ、でもっ。なんで、なんであの日、殺したんですか!!わたしの、みんな!!」
「貴様らが、我の血族を殺してきた報いだ」
「ころしてないっ!!殺してないもん!!みんな、生き返らせたくて」
「死にたい者を生に縛り付け、何度病もうが構わず、産ませ増やさせて何を言う」
「何も悪くない!!みんないい人だった!!祝福、繋いでいくのが使命なんだよって、お父さんも言ってた!!」
「では、貴様らの使命は大本から間違いなのだと知れ」
椅子から立ち上がり、少女の前に膝を折る。
片手で頭を掴み、顔を上げさせれば、涙と鼻水にまみれたひどい顔。
しゃくりあげ、体を震わせる姿はただの子供だった。
我への憎悪、祝福への執着、王族への愚弄も何もない。
側近ではない、これは、ただの人間だった。
情けないほどに、純粋で、我が殺すべきではない者だった。
「聞け。お前たち側近が死んだのは、報いだ。我は、お前たちを根絶やしにする」
「ふっ、うう、や、やだ」
「嫌だと言ったな。では貴様に問う、王家の祝福の存続は、真に必要か?」
「なんで、だって、祝福は、すばらしいって」
「違う。その頭に刻め、祝福を尊ぶあまりに貴様らは死に絶える」
だから、潰えろ。
そう言いたかった言葉は、喉の奥で潰れた。
『そこまでにしろ』と。
『まだ子供だ』と、聞こえるはずのない声が頭に響く。
少女の頭を掴んだ手を緩める。
これ以上、痛めつけてはいけない。
これ以上、責めて泣かせるべきではない。
「へ、へい、か……?」
「貴様、今の声は」
「こ、え?わた、なにも」
「ああ、そうか、ならば、幻聴か」
聞き忘れるはずのない声、夢の中だけで聞こえるはずの声。
赤銅色の髪も、緑色の瞳も見えはしない。
それでも、忘れるはずがないのだ。
アンナの声を。
「……貴様、選べ。使命か命、命を選べば逃がしてやる」
「えっ……そんなの、えらべない」
「命を選び、ディオメシアから出ていけば放置してやる。生き残りに伝えるがいい」
心臓が燃える。
痛みとも、熱さともわからない。
これは、わかる。
感情がひどく動く感覚だ。
その感覚を鎮めようとするうち、気が付けば少女はいなくなっていた。
馬鹿げたものだ、奴ら一族皆殺してやると息巻いていたというのに。
だが、アンナがなだめるのであれば、仕方がない。
数日の後、側近一族の年若い者たちが消えたと報告を受けた。
どこに行ったのか、知る由もない。
側近一族がほぼ壊滅した知らせは、ディアーナたちの耳に入らぬまま時間は過ぎた。
大きな波も、立たなかった。
溜飲は、下がることがなかった。




