89話 狂王乱舞
エラを守るためだった。
後妻となれば、側近たちの玩具になることもないと。
ディアーナと違い、正式な王族とは認められない娘を、守るためだった。
『蘇生の儀を行わなければ、すべては認められません。娘であれば生き返り、死ねば憂いが断てて良い。悪いことなど何一つありません』
そして今日、我は、エラを手にかけた。
『えっ、王さ…ま”っ』
無警戒な、ツキに似たその面差し。
ディアーナと、我と同じ灰色の瞳。
我の来訪に驚く、表情。
その体に刺さる、我が愛剣。
苦しまぬように、一撃で死ねるように。
吹き出す血、消えていく血の気、色を失う唇。
訳も分からず消えていくエラの意識。
鮮烈に、それは脳裏に焼き付いていく。
ただ立ち尽くし、エラが側近たちに運ばれる様子を見ていることしかできない。
「ご要望通り王女様も、その専属使用人たちもみな出払った日にして差し上げたのです。陛下のお望みどおりですよ」
「黙れ」
「王族の方は、皆そうなってしまわれる。蘇生の奇跡がどれだけ素晴らしいか、御身で感じられるというのに」
「誰も、望みはしない」
「我々が望んでおります。ひいては国民もみな、王族の死に怯えなくてよい今の生活を手放したくはないでしょう」
言葉が脳を素通りしている。
考えることは、これほど難しかっただろうか。
考えるな、意識を別のものに逸らせ。
ディアーナは、最近何をしていたか。
確か、視察に今日は行くのだったか。
近頃の市井の様子は、なにがあった。
指先が、ずっと冷たい。
「久しぶりの儀ですからね、皆で集まりますよ。しっかり記録もいたしますからね」
我は、何と弱い。
我に、アンナのような知性があれば。
ツキのような耐え忍ぶ心があれば。
姉様たちのような優しさがあれば。
兄様たちのような、心の強さがあれば。
これは、正しい。
感情を学んだ我は、わかる。
これは、これから行うことは正しい。
アンナ、君は、教えてくれた。
温かさも、悔しさも、悲しさも、苦難に立ち向かうことも。
すべてを乗り越えて君が成したことは、多くの人々を救った。
ヴァルカンティアの身寄りのない者たち。
裏カジノの民の救済も。
ならば、君から学んだ感情を動かして起こすことは、正しい結果につながるだろう。
望む結果を、きっと引き寄せるだろう。
「側近」
「はい、なんでしょうか陛下」
「お前たちは、いらない」
エラの血が付いた剣で、側近の胸を突く。
苦しいだろう、一撃では死なないようにしたのだから。
エラの部屋の血飛沫を掃除していた側近も、続けて腹を刺して切り裂く。
悲鳴を出されるが知ったことか。
その部屋にいた側近数名を、ことごとく斬りつけていく。
血の海になった部屋を一瞥し、そのまま廊下に出る。
途中で私室に寄り、あるものを取りに戻ったが、誰ともすれ違わない。
今日は使用人の数も少ないのだろう、外を悠々と歩いて地下教会へ。
教会の隠し扉を開け、地下に向かう。
予想通り、祭壇に死んでいるエラを寝かせて祈りを捧げる多くの側近たち。
エラの周囲に、発光する謎の光が見える。
やはり、蘇生は成されているようだ。
死んでいれば、翻弄されることもなかっただろうに。
「陛下。いかがなさいましたか」
「ご覧ください、やはり祝福がある。エラ……いいや、次期王妃様は、陛下の娘であらせられます」
「次期王妃様はお体も健康そうですからね、すぐにでも」
「ここにいる側近で、貴様らの一族はすべてか」
「いいえ。久しぶりの蘇生ですので、皆で見届けたかったのですが……都合がつかない者たちもいまして」
「ええ、残念至極にございます。我々の存在意義たる祝福を見られないとは」
「ああ。残念だ」
左に差した長剣を抜き、手近な側近の首を刺す。
続けざまに隣にいた側近の胴を切り払う。
二人切れば何が起きたのか理解できたのだろう。
次々に唯一の出入り口である扉に向かおうとするが、それはできない。
我が扉を背にし、刃を向けているのだから。
「何を!!乱心はおやめください、我々が皆死ねば、ディオメシアは大変なことになる!」
「大事ない。お前たちの代わりは、用意できる」
「に……逃げるぞ!!皆で一斉に飛び込めば、全滅はない!!」
「左右両方から行け!!一人でも多く逃げろ!!」
武器を持たず、隠密と国民の操作を得意とする側近一族が、一斉に飛び込んできた。
この長剣一本で、すべての敵を狩りつくすことなどできない。
それは正しい。
だが、それは貴様らが知るディオメシアでの我。
懐に手を入れ、途中で回収したものを握る。
左右から飛び込み、我を抑え込まんとする黒衣の者ども。
それを、我は一度に切り裂いた。
「馬鹿な、なんで左右同時に」
「あれ、あれは、なんで両手に剣なんか」
「あんなことできるなんて、知らな」
言葉が聞こえた気がするが、それらは左手に持ったもう一本の剣に切り裂く。
愛剣よりも、短く造られたよく切れる剣。
十数年前、ヴァルカンティアで世話になったときに持ち帰った品。
アンナに教わった、ヴァルカンティア式双剣術の強さ。
当時は両手で剣を扱うのが苦手だった、現在も最盛期のアンナには勝てないのだろう。
だが十分。
ここにいる側近全員根絶やしにするには事足りる。
すぐに、地下教会は己の呼吸音以外聞こえなくなった。
周囲には血の海が広がり、一歩進めば水音が立つ。
エラの祭壇付近には、誰も行かなかったためだろう。
白い床と、石造りの壁には血は飛んでいなかった。
カラス共の死体を放っておこうとしたが、このままエラが目覚めれば後が面倒だ。
側近どもは根絶やしにしたいが、我が皆殺しをしたと大臣たちに知られれば、離れていきかねない。
悩んでいると、足音が扉の向こうから聞こえた。
隠し扉から地下教会へと進む、この場所の存在を知っている者の音。
「当主様、遅れて申し訳ございません。ただいま馳せ参じた……ヒイッ」
どうも、杞憂だったようだ。
扉が開き、目をやると年若い黒衣の青年が一人、腰を抜かしている。
側近一族のものか。
今日は運がいい。
我は剣を振り払って血を落とし、鞘に納める。
そのまま青年の前に立った。
「片づけておけ。残っている側近どもだけで」
「へいか、陛下。みな、みんな、死んで」
「なにか、文句があるのか」
「ひどいです、父も、母もいたのに」
「そうか。では責任をとって我はディアーナとエラを連れてどこかに亡命するとしよう」
「それはだめです!!!!しゅ、祝福が、そんなの許されない!!」
「だろうな、わかったらさっさとしろ。我は出る」
青年の横を通り過ぎ、階段を上がって教会を出る。
そのまま我は愛馬に乗って別邸へ向かった。
エラは、おそらく安全に部屋に戻される。
側近どもがエラ後妻案に乗ったということは、身柄は守られるはずだ。
だが、そうなると気になるものがある。
「ディアーナの身元安全と、有能な人間……」
走りながら、思考する。
答えは、すぐに出ていた。
「ディルクレウス王、王宮にいたのでは」
「兵士長、すぐに遠征だ。準備はできているな」
「突然ですね、一体どちらへ」
「兄弟国。ソルディアとステラディア、両方にけしかけに行く」
かつて、ディオメシアとヴァルカンティアが勝った国へ。
ディオメシアの属国となり、この我を憎んでいるだろう国へ。
素晴らしいほどに考えが澄み切っていた。
アンナと共に戦った時以上に。




