88話 人ならざるカラス
「ディルクレウス王、どうなさったのですか。まさか、あの少女を後妻になど思っておりませんな?」
「思い直すなら今でございます!!確かに美しい娘ですが、みなしごというではありませんか」
「まだアンナ王女の人気は健在でございます。庶民の後妻を据えたらヴァルカンティアから何を言われるか!!」
「先王の時も大変だったのです!!どうか、どうか」
社交界を中座し、私室に戻ると大臣たちが血相を変えて追いかけてきた。
まだ会は続いているはずだが、追いかけてきたのか。
エラにダンスを申し込んだときも、どこかの女がわめいていたな。
実に度し難い。
ただの体を操作する動きで、何がわかるというのか。
まさか、ダンスをすれば、我がエラをおぞましい対象として見るとでも思うのか?
あるはずがないだろう、実の娘に。
「大臣たちよ、ご退室されよ。これから側近の我々と、陛下で話す」
「詳細が決まればお話ししよう、今日のところは帰るとよろしい」
「陛下、それでよろしいですな?」
ぞろぞろとまた人数が増えていく我が私室。
もはやノックも入室許可も取らず、今度は側近たちが5人ほど入ってきた。
大臣も同じ数いるのだが、不快感が増したのはそれが側近一族だからだろう。
もはや黒衣を着た人物であれば、簡単に憎める。
本心を言えば、大臣側近共に部屋から出て行けと言いたい。
執務室ではない場所まで、入り込むとは図々しい。
だが、そうもいくまい。
エラを王族の力で守るため、今回の横暴を通すため。
ここで、双方を納得させなければならない。
「大臣たちは席をはずせ」
「し、しかしディルクレウス王」
「これは命令だ。我はお前たちを信じて内政を任せている、お前たちも我を信じろ」
「ディルクレウス様……」
「そういうわけです。ささ、陛下の言葉に従ってください大臣」
「ここからは選ばれし者たちの会議なのですよ!!」
大臣たちに投げかけた言葉に、嘘はない。
有能な彼らは、ディオメシアを動かし、生かし、繁栄させる根幹。
この国にあって、貴重なほどに働き者で賢い者たち。
この国の暗部を、お前たちが知る必要はない。
側近どもが大臣たちを押し出し、扉が閉まれば部屋の中はカラスばかりになっていた。
「陛下、お聞きしたく。本当に、エラ嬢を後妻に据えるおつもりで?」
「だとして、貴様らは何を言うつもりだ」
「我々はすべてを知っています」
「陛下とツキの間にあった事件を知っています」
「エラがあなた様の娘であろうということも知っています」
ここにいる側近どもは、15年前の出来事を知っている。
元凶が、すでに死んでいる側近だということも知っている。
少しは、礼節もわきまえている者どもだ。
それであれば、問うことはあるのだろう。
一つ、こちらから言うことがあるとすれば。
それは、お前たちの性質を揺さぶるもの。
攻撃は、先にしたものが勝つのだ。
「なら、なんだ。禁忌だと言いたいのだろう」
これは、わかるものからすれば吐き気を催す事態だ。
散々子を、子をと言ってきたお前たち側近ならば、後妻が何を求められるかなどわかる。
どう答える、倫理が許さない関係性を。
無論、我は指一本エラに触れる気はない。
我の妻はアンナ以外におらず、ツキのことは贖罪すべき過去の記憶でしかない。
二人の忘れられぬ女がいて、手など出すはずがない。
だが、しかし。
側近どもは、笑顔でこちらを見た。
安堵したような表情に、鳥肌が立つ。
「問題ありません陛下。これで子が成せるのであれば」
「血は近いですが、その分祝福が強化されるでしょう。実にめでたい」
「血脈を遡れば、似た例はあるかもしれません。なぁに、大した問題ではない」
「前王妃のような働きは期待できないでしょうが、その分産んでもらえばこの上ないこと」
「先王然り、腹は何でもいいのです。祝福が受け継がれればそれで」
笑顔で、エラの後妻を祝福する黒衣ども。
声の中に、喜色が混じる。
学んだ感情の中でも、これは『歓喜』に近いものだ。
アンナ、君のせいだ。
こんなにも、笑顔がおぞましいと感じたことはない。
歓喜の感情が部屋を満たす度、脱力感に苛まれていくなど知らなかった。
人間としての倫理を、いとも簡単に踏みつぶす。
我が思惑など一切顧みず、後継だけを見ている。
言葉が、出なかった。
反論をしたかった。
エラを守るためだけだと、張りぼての王妃だと。
「そうと決まれば、さっそく国民に周知させましょう」
「大臣たちにはどう説明する。奴らは実利がないと動かん、心の貧しい者どもだぞ」
「祝福を目の当たりにできんものはかわいそうだな。なにか、ちょうどいい言い訳はないか」
「『民に寄りそう王、庶民の王妃を迎えることで、善政に繋がる』などはどうでしょう?最近、人気が落ちていましたので」
「そのようにいたしましょう。では陛下、夜も更けましたので我々は失礼いたします」
行くな、行くな。
その首皆刎ねて、お前たちの一族郎党皆殺しにするまで行くな。
こいつらは、人間ではない。
存在してはいけないものだ。
期待をした我が間違っていた。
側近一族は、骨の髄まで人ではない。
不死の祝福の毒に浸かった、人でなし。
体が動かない。
この感覚はなんだったか。
『憤怒』『嘆き』『悲しみ』、他の何をもってしても正解がない。
剣すら抜けないほどに、椅子から立てないこの身の、なんと無様か。
部屋を出る前、側近の一人は近寄ってこういった。
この顔を見てなお変わらない、笑顔のままで。
「数日後、エラ嬢が本当に陛下の子か判別するため『儀式』をしましょう。今回も、掃除が簡単になるように、きれいに殺してください、陛下」
また、我に子を殺せというのか。
生まれたばかりのディアーナに、刃を突き立てた苦い記憶。
すぐに地下教会に運ばれ、翌日には蘇生していたとしても、ぬぐい切れない肉の感触。
戦場で断つ肉の感触と同じであっても、罪悪感に溺れるあの行程。
「先王は、7度行ったのか」
誰もいない部屋で、返事などない。
ようやく、初めてあの愚王だった父を尊敬できそうだ。
何も、考えられなかった。
ただただ、死にたくてたまらなかった。
帰れる温度が、支える手は、どこにもないというのに。




