8話 兄弟の遠出
葬儀は、雨だった。
棺桶に入れられた父だった男は、多くの貴族や兵、そして我々息子たちに見送られながら土の中に入る。
愚王とは言え王族は王族。
肉体をバラバラにして海にでも捨ててやろうかと考えたのだが、魚たちに余計な世話をかけてしまう。
なにより、外聞が悪い。
「そんなに嫌だったのね、王位をとられることが」
「まさかその日のうちに『自ら』首を掻き切ってしまうとは」
「深い考えがあったのかもしれん。いつまでも先王がいると、国が内戦を起こす」
「なんと。でも、そんな愁傷なお人だったか……?」
「『国葬ではなくひっそり葬式を』って遺書があったって」
誰が何を話しているか、考えるのは無駄だ。
全て、こちらに都合がよく進んでいる。
それだけでいい。
側近たちが王族を利用するのであれば、我は利用し殺すまで。
適当に顔を出したので、そろそろ王宮に戻ろうと踵を返した時、肩を掴まれた。
すでに国王である我にこんなことができるのは、この場に4人しかいない。
ゆっくり振り向けば、兄様達が厳しい目を向けていた。
周囲を確認する。
すでに葬儀は終わって、無駄話に興じる人間だけしかいない。
雨音でこちらの話声は聞こえないかもしれないが、念には念を入れるまで。
支持を得ているとはいえ、まだ王になって三日しか経っていないのだから。
「どうされましたか。そのような怖い顔をして」
「何をしたんだディルクレウス」
「何、とは?」
「父王のこと、王位についたこと。私が突き止めたことを、兄様達にはお話ししました」
ディセル兄様は、肩を掴んだまま小声で告げた。
4人の中で比較的病んでおらず、賢い兄様なら突き止めるとは思っていた。
思ったよりも、早いが。
彼の後ろにいる一番上の兄様、二番目の兄様は、落ちくぼんだ眼を向けている。
三番目の兄様はどこか怯えているようだが、末の弟がそんなに恐ろしいか。
久しぶりに姿が見られたが、皆酷い有様だな。
やはり、早く解放してやらないと。
「祝福があるのに、父王が死んだことも。あの人が自殺などするはずがないことも。ディルクレウス、あなたは」
「ここで話すのもなんでしょう。王宮へ戻って、茶などいかがですか」
「話を逸らすな」
「ここは雨です。兄様達も、温かい室内のほうが体が辛くないはず」
ディセルの兄様は、歯噛みしていた。
事実しか述べていないのに、我に誘導されるなどらしくない。
それだけ追い詰められているのだろう。
我が兄姉は、皆優しすぎるのだから。
使用人に茶と茶請けを用意させたのは、少し大きな応接間。
この部屋は、かつて兄弟全員で団欒を過ごした場所でもある。
もちろん、あの父という男が混ざったことは一度としてなかったが。
「ここは、懐かしいですね。姉様達もいればよかったのですが、父王の遺書に『早く埋葬を』とあったので優先させました。お二人とも、ディオメシアまでは5日はかかる遠方ですし」
「白々しいことを言うなディルクレウス。お前がすべて仕組んだんじゃないのか?都合のいい遺書も、父王の死も、王位簒奪も」
「はい。そうですがなにか?」
「なっ……!?」
兄様たちの顔が引きつる。
なにもおかしいことはないだろうに。
すでにわかっていただろう物事の確証が、そんなに恐ろしいか。
茶には、誰も手を付けない。
警戒だろうか。
父王を死に至らしめた末弟の茶会など、それくらいでちょうどいいのかもしれない。
「側近によれば、祝福の及ぶ範囲は『王と王の子』のみ。あの愚王は祝福を持っていながら、腐らせるように王宮でのさばるだけ。復権しようとあがくのも、また新しく子種をまいて混沌を産むのも面倒ですから」
「それで、自殺させたのか。遺書までかかせて」
「いいえ、自ら手を下しました。あとのことはこちらが筋書きを言って、側近たちが勝手にやったので知りません」
「どうして!?」
机を強くたたいたのは、一番上の兄様だった。
久しぶりに声を聞いた気がする。
近頃はドア越しのうめき声や、逃避からくる妄言、もう感じない痛みにのたうつ叫びしか聞いてなかった。
記憶の中の声と同じか、もう我にはわからなくなってしまったが。
「あの男のせいで生まれたこのディルクレウスが、何よりの証拠でしょう」
「お前に、お前にはただ幸せに、何も知らず生きてくれればそれで」
「間違いなく、兄様姉様たちがいなければ成しえなかったことです。優しいあなた方に、報いるためにここまで来られた。喜んではいただけませんか」
本心でしかない。
間違いなく、最高の家族というものがあった。
あの父王からある程度の年齢になるまで守ってもらえなかったら。
情緒を育ててもらえなかったら。
愛情と言われるものを受け取れていなければ。
我は今日までの結果を成しえていない。
もしも兄姉がいなければ、我はもっと早くに死んでいた。
その方が地獄など見ないでよかったかもしれないが……。
結果として、恩返しができたと考えている。
あなた方がいなければ、この世に我という人間は生まれていないのだから。
だというのに、兄様達は泣いてしまった。
声をあげる、静かに目元を覆う、頭を掻きむしる、何か言いたげに唇を震わせる。
理解ができない。
何が問題だったのだろうか?
「もう、兄様達は自由です。祝福はすでに消え、王位などという面倒はこのディルクレウスが引き受けましょう。もしやりたいことがあればおっしゃってください、国庫に金はあまりないですが、宝物を売ればいくらかは工面できます」
「ちがう、違うんだよ。そんなこと、望んでない」
「何を間違ったんだ」
「本当の望みじゃない。どうか考え直してくれ」
懇切丁寧に説明しても、通じない。
久しぶりに末弟の情緒で会話をしているせいか、どこかにずれが生じたのか。
4人の兄たちの願いとは、何だったんだろうか?
……あ、失念していたな。
あったではないか、常々つぶやいていた願いが。
我としては、気が進まない。
だが、兄様達の望みであれば叶えなくては。
記憶を掘り起こし、約束を一つ思い出した。
一番上の兄様と交わした、小さな約束。
姉様達はいないが、彼女たちは他国で元気に幸せでやっていると聞いている。
男兄弟水入らずで、というのもいいかもしれない。
「でしたら、このディルクレウスの願いを叶えていただけませんか?昔に交わした、約束を」
「やく、そく」
「『遠乗りに出かけよう』と言ってくださったでしょう。ここのところ忙しかったでしょう。遠乗りへ出かけませんか?兄弟水入らずで、水が美しく流れる渓谷などへ」
「でもお前は王だ。そんなに軽々しく行動していいわけがない」
「問題ありません。どうか、弟の頼みを聞き入れていただけませんか?簡単な食事も用意しますから」
わざと幼い末弟を演じるのも苦労する。
だが、彼らの中では自分が子供の頃で止まっているだろうことは、予想していた。
「いけませんか?どうか、この末弟の願い、叶えてはくださいませんか」
その証拠に、兄様達は皆涙を拭いて「しょうがないな」とぎこちなくも笑顔を浮かべたのだから。
・
二日後、我ら5人はそれぞれ馬にまたがって城門をくぐった。
我の馬には、軽い昼食と兄様達に伝えた重い袋。
兄様たちの顔も晴れやかではないか。
やはり、この選択は間違っていないのだろう。
親孝行、とはこのような心持ちになるのだな。
「では、参りましょう」
良く晴れた日のことだった。
黒曜石をあしらった剣が、鈍く反射するほどに。




