7話 簒奪の王
あれから、何度も前線にいった。
ステラディア・ソルディアとの戦いは長引き、一進一退。
何度も盾となり、何十回も突撃をし、何百回と命を奪った。
死んだ回数は10を超えたあたりで、数えなくなった。
兄様達が止めるのをねじ伏せて、彼らの分まで武功を奪いとった。
それでも、国境を完全突破には至らない。
一度大規模な戦いが起きた後は、軍備補充のためにディオメシアに戻り、一か月は休養があった。
だというのに、あの愚王は止まらない。
「今度、南方にある小国を侵略する。一週間以内に軍備を整えて向かえ」
「陛下、お考え直しください!まだ兄弟国から戻って一週間。とても兵たちが動けるはずがありません!!」
「もとはと言えば、お前ら無能がさっさと兄弟国を攻め落とせないせいだ!!ここで勝たなくては、ディオメシアの名に傷がつく!!」
「しかしご子息たちも限界です!もう見ていられません。すでに王太子殿下と第二王子はひどく錯乱され」
「なら動けるものだけ連れていけばよい……ああ、ディルクレウスだけでいいではないか。足を引っ張るのであれば、王宮に閉じ込めておけ」
攻めあぐねる我々に、父王がしたことは叱責だけ。
戦いが下手で、戦争を起こすことしか能がないのはすぐにわかった。
自分の威光を高める方法が、戦勝国の王になること以外ないと思い込む様子は、実に滑稽だ。
我も、今は似たようなものだが。
「ディルクレウス様の快進撃はまた凄まじかったらしい」
「首に矢が刺さったのに、二日後にはお元気だったとか」
「いつかディルクレウス様のように、強い子になりますように」
「ぼく、大きくなったらディルクレウス様と一緒に戦うの!」
「ディルクレウス様は体も大きくなられて、もう王太子殿下よりも立派だ」
「いや……彼こそが希望なんじゃ」
何度も戦いに出るうち、英雄になる方法を学んだ。
簡単だ。
手柄をあげればいい。
誰よりも殺し、誰よりも強く在り、誰よりも賢く戦場を駆け回れば。
そこに人々は自分が見たい「英雄」を作り上げる。
これまで兄様達4人で成し遂げていた「王族による戦果」を、我が一人で持ってくるようになってからはより顕著だった。
「第五王子なのに、どの王子達より戦果を挙げたって」
「次の国王はディルクレウス様か?」
「いや、母親が庶民という噂だ。実に惜しい」
「でも、今の王子達で最も王になってほしいのなんて彼しか……」
使用人、兵士、国民、貴族。
この国は外に戦いに出ることが多い。
戦争の英雄譚は、皆の願いとなって、必要以上にもてはやされていく。
そうなるように、操作されていた。
建国当時からそうなのだろう、誰がそうしたわけでもなく、それが自然だと。
噂、寝物語、子供たちの戦争ごっこ、大人たちの生活への希望。
それが今や、すべて我の形をとっていた。
好都合だ。
王族の中で、父王をしのぐ人気を、兄様達の誰よりも支持を得た。
自分の王子を餌にして戦争を起こしたようなものだとは、すでにディオメシアの国民にも知れたこと。
だからだろう、父王は民たちの信頼を失っていく。
今が、好機。
「お、お前、何を言っている?戦いで頭でも吹き飛ばしたか」
「『身に覚えはある』ような気がします。父王様は、そのような地獄は久しぶりでしょう。何年も息子たちに戦いを任せ、王宮で安全に過ごしただけなのだから」
「王が、なぜ戦場に行かねばならない」
「『実に不利益』なものをあなたは持っている。今日は、それを返上してもらうだけのこと」
ここは玉座の間。
初めて仕事を仰せつかり、我のすべてを変えた場所。
そこにはまた多くの貴族を集められ、王の勅命が下される……はずだった。
「ここにおられる諸氏は、ディオメシアの代弁者。貴君らに提案がある……この現国王を排斥し、新たな王をここに据えたいと思うのだが、いかがだろうか」
また戦いがしたいと勅命を下すつもりだったのだろう?
末の息子で、卑しい血の入った我が、逆らうはずがないと。
父王、臆病なお前が支持を得る方法は、戦勝以外ないのだから。
だが、もう遅い。
この貴族共も、中に数名忍ばせている国民への伝令人も、すべては我の手中。
ここに居る多くの人間に手を回し、愚王よりも我につく方が利益が大きいと交渉済み。
全ては、仕組まれたもの。
でなければ、反吐が出るような人間どもと同じ空間にいるわけがない。
今日ここに来てやったのは、このためなのだから。
「この我、ディルクレウスが王位に就くことに賛成の者は拍手を」
「卑しい庶民腹の子でありながら!!そんなことは承服できない!!第一、そんな雑な賛同で王位を譲渡できるわけがない!!」
「恨むなら、十数年前に庶民の女を抱いたことを恨むがいい。それに、自分の無能さにも」
拍手は、耳が痛いほどに鳴り響いた。
国王になるには、何が必要か?
それは、先代王からの継承である……ということが通例。
だが、そうではない方法もある。
このように多くの意志が、国民が、公の場で王を認めれば。
それは、正しく王位の変更が認められる。
崩れ落ちる元国王と、まだ鳴りやまない拍手をそのままに玉座の間を後にする。
あの場に、これ以上留まる理由はない。
計画通り、王位の簒奪はここに成ったのだから。
「就任おめでとうございます『陛下』。これより、我々側近一族はあなた様に忠誠を誓」
「わざとらしい。貴様らは王家の祝福以外に用はないだろう」
走り寄ってきたのは、黒衣の側近だった。
老齢具合を見るに、今の側近一族当主だろう。
いつかの蘇生で聞き覚えのある声にうんざりして、言葉を遮ってやったが気にした様子がない。
何と調子のいいものか。
我ら王族を人間と思っていないものどもが。
「とんでもございません。愚王を据えたままではこの国、ひいては王族の質低下につながります。他の王子方は心が弱くていけませんが、陛下はすでに50を超えて蘇生をしてもお元気!これは素晴らしいことです」
「我に王位の簒奪方法を教えたのは貴様らだったろう。『民の意志が王を作る』、なるほど本当らしい」
「祝福が生まれたその時より、我ら一族はあらゆる記録をとってまいりました故……逆に言えば、先王から王位を渡されても民が認めなければ王にはなれないのですよ」
「あの場にいたものだけの賛同で、なぜそう言い切れる。ディオメシアに何万の民がいると?」
「ええ。ですから、形になっていないだけで、数か月前からディオメシアの王は陛下であったのではないかと我々一族は考えております」
こいつらの言葉はよくわからない。
まるで見えない何かの力が働いていると言いたげだが、否定をすることはできない。
見えない不思議な力で、我は何度も蘇らされているのだから。
だがひとつ確かなことは、この黒衣の一族が王族を長年支え、裏で操っていることは現実だということ。
あの数の貴族、ほぼすべてが愚王と癒着していたのだが、それを抱き込んだのだから恐ろしい。
「確認する。王家の祝福が効く範囲は、前に我に話したもので相違ないか」
「誓って。祝福に関して、我らが嘘偽りを述べることはありません」
「わかった。では今夜、予定通り人払いをしろ」
「仰せのままに。お掃除はいかがいたしましょう」
「明日の夜。工作も忘れるな」
「かしこまりました」
側近の翁は、我が私室に入る少し前に立ち止まった。
どうやら、側近としての礼節はわきまえているらしい。
まだ太陽が差し込む中、黒曜石のあしらわれた剣を抜く。
優秀な研ぎ師の研磨で、実に美しくよく切れるように整えられた刀身を見ると、ツキを思い出す。
あれから、誰もツキの姿を見ていない。
我も、側近一族も、誰も彼女を探していない。
だが、確信していることがある。
彼女は被害者であること。
そして、もう二度と会えないという予感。
寂しい、とは思えない。
初めて死んだあの日から感情がどうも鈍くてならない。
七年ほどを共にした思い人だったはずだが……。
我はすでに、人間としての何かを捨ててしまったのだろう。
ただ、どこかで健やかに生きていればいい。
王家の祝福に、どうか巻き込まれていなければいい。
もう、恋慕はない。
あるのは、身を焼き尽くす冷たい復讐心のみ。
「では、行くか」
剣を差して、部屋を出た。
向かうのは愚王の私室。
一人歩く我を止めるものは誰もいない。
不要な火種を静かに消すことも、王の務め。
いつの間にか、日が落ちていた。
これから行うことには、夜がよく似合う。
その夜、我は父王を暗殺した。




