9話 ただ一人の王族
森の中は木の葉が生い茂り、木漏れ日が眩しい。
馬一頭が通れるほどの道は、大きな石もぬかるんだ場所もない。
馬に揺られながら前を見る。
4、3、2、1。そして最後尾に自分。
見事に兄様達は、実に順序良く並んでいる。
「ディルクレウス!ついてきているかー?」
先頭でこちらに声を投げかけるディセル兄様に軽く返事をすれば、すぐに「辛くなったら休むからな」と言われる。
我よりも、我の前をゆく兄様達のほうが危ういのだが。
やはり、王宮内にすべきだったか。
もう一度周囲を見渡す。
ここはディオメシア領の中でも穴場。
この森を抜ければ、美しい渓谷がある。
そこにある川が目的地なのだが……。
場所としては、ここが最も露見しにくいだろう。
姿勢を正したその時、すぐ前にいる一番上の兄様がわずかに振り向いた。
頬がこけ、肉が随分と減った、骨が見える体格。
昔は、今の我と同様に筋骨隆々の方だったというのに。
「ありがとう、ディルクレウス」
「兄様。礼には及びません」
「お前には、苦労をかけてしまう。末のかわいい弟だというのに」
「すぐのことですから。さあ、前を向いてください」
律儀な方だ。
そうまでしなくていいというのに。
疲れの見える顔、だがその感謝は受け取らねば。
兄様の顔が見えなくなった。
腰に差した剣に触れる。
慣れた冷たさに指をかけ、音もなく抜き放つ。
そしてその勢いそのまま、一番上の兄様の首を切断した。
同時に自分の馬を蹴り、強引に一番上の兄様の馬を抜く。
馬のいななきが、大きく響く。
もう見えない兄様の体が落ちた音がした。
切断した勢いそのまま、二番目の兄様の心臓を貫く。
本当は首を落とすつもりだったのに、馬の声でこちらを振り向くから狙いが外れた。
赤い血が噴き出す。
兄様の喉から、断末魔が上がった。
何ということだ。
心臓を潰されただけでは、痛みや衝撃で余計に苦しめてしまう。
「でぃ、くえう、なん、で」
「申し訳ございません。苦しまずに死なせてやりたかったのですが」
「う、あ、ぁぁぁぁぁ!!!!」
最期の孝行。
兄様達はずっと望んでいた。
『死ぬこと』を。
二番目の兄様は、王宮内の私室で自害されたことすらあっただろう。
他の兄様も、終わりたがっていた。
それでも、祝福の範囲である限り、側近共が蘇生させてしまう。
我が王になったといっても、祝福が解けただけ。
終わりたいのであれば、終わらせてやらなければ。
苦しい思い出が残る王宮ではなく、風景が良いとされている場所で。
「おやすみなさいませ、兄様」
そしてとどめを加えようとした。
だが、それはうまくいかない。
二番目の兄様が乗った馬は、いきなり血が体にかかって驚いたのだろう。
剣に貫かれたままの兄様を振り落として、後方へ駆けていってしまった。
ずるっと剣から抜けるように兄様の体が落ちていく。
地面に血をまき散らして倒れるのでは辛いだろう。
すぐに楽にしなくては。
馬から降りようとしたとき、前方から叫び声と馬の駆ける音がした。
「……しまった。我としたことが」
目的遂行に夢中で、前方を走っていた兄様達がいないのに気が付かないとは。
バラバラに逃げられてしまえば、追うのは面倒だ。
兄様達を殺したことを悪い様に語られるのはいい。
それで兄様達が我を脅すのもいい。
だがそれで王位を奪おうとするのは許せない。
ようやく解放したというのに、また呪いを背負わせてしまう。
「待って、待ってくれ」
もう、二番目の兄様からも呼吸が聞こえない。
すまない兄様方、どうせすぐに側近たちがやってくるはずだ。
丁重に葬らせる。あの愚王よりも丁重に。
馬を走らせる、我の愛馬はすでに人間の血ごときでは動じなくなっていた。
姿はすぐに視認できる。
馬を使って渓谷まで入ったか。
川を渡ろうとしているのだろうが、それよりも我が追いつく方が早い。
岩場を馬で踏破する。
兄様達は、大きな岩陰に身を縮ませていた。
三番目の兄様を守るように立ちはだかるのは、4番目のディセル兄様。
「く、来るなディルクレウス!!」
武器も持たず、丸腰で止めようとする。
察していないはずがない。
この状態をひっくり返すほどのものは、ない。
ここで馬を降り、苦しまないように首を狙って切っていくのは造作もない。
だが、どうしたことか。
なぜ、我は今更ためらっているのだろう。
(これは親孝行だ。遂行できなかったら、親不孝になるだろうか)
兄様達の目は、我を貫くように見つめている。
ここに来るまでは見られなかった、生きた目をしている。
先ほど事切れた兄様達にはなかった、昔と同じ目を、している。
これは、やめた方がいいのではないか?
思い返せば、上二人の兄は消耗が激しかった。
だが、目の前の下二人の兄は、比較的穏やかであったような。
このまま王宮に戻すか?……それはできない。
後継者候補ですらなかった我に、側近たちがしたことを考える。
王族の血を残すだの、王のスペア扱いだの、望まない扱いを受けることは想像に難くない。
『ディセル兄上。あなただけは、無事に逃がしましょう。』
そうか、それが引っ掛かっていた。
我は約束したではないか、数年前に。
我を心配して、体と心に鞭を打って、地下教会まで来てくれた兄様に。
(準備をしておいて、損はなかったな)
馬に括りつけていた袋をほどく。
重みを感じるそれを、袋ごと兄様達の前に投げた。
金属の叩きつけられる音がして、二人が目をつむる。
なるほど、今理解した。
2人にとって、我はただの脅威でしかない。
こちらは、害をなそうという意思はないのに。
踵を返して、馬と森に戻る。
あの袋の中に入れたのは、金と黄色い宝石があしらわれた装身具。
金は国庫から、装身具はディセル兄様のものだ。
ディオメシアでは王族のものだと怪しまれるが、別の国ではいい値で捌けるだろう。
ディセルの兄様は頭がいいから、二人合わせたら他国に逃げることもたやすい。
そう、考えてはいるのだが。
胸に手を当てる。
先ほどから、傷もないのに痛み出したものが熱い。
なぜだ。
罪悪感はとうに捨て去った。
兄様達の望みを叶えたと、胸を張れる。
できる限り苦しまないように急所を狙った。
財産を渡して逃がした。
痛みの原因は、全くわからなかった。
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兄様二人の死は、愚王よりも深い悲しみをディオメシアに与えていた。
『5兄弟で遠乗りに出かけた際に、山賊に襲われて王だけが生き残った』という筋書き通りに事を運ばせた。
側近の奴らは、隠すのがうまい。
『王を身を挺して守った兄たち』
『上の王子二人の分しか遺体が残らなかった』
『下の王子二人は殺されて行方不明』
実際、あの森にはかなり質の悪い山賊がいたらしい。
今回の騒動を隠すために、皆殺しにされたらしいが。
「陛下。よかったのですか?」
「いい。お前たちに弄ばれるより、幸せだろう」
「恐ろしい悪王ですね。身内を殺し切った王族はあなた様が初めてでございます」
「それがどうした」
「早く後継をおつくりください。現在ディオメシアの王族は陛下のみ、断絶などするのなら、我ら一族の力を結集して第三王子と第四王子を捕らえます」
今日の側近は30歳ほどの男。
随分と使命感に燃えているとみえる。
側近の貴様らが言わなければ、まだよい助言だな。
お前たちが言うと『早く次の生贄をよこせ』としか聞こえない。
だが、王になった以上避けては通れない道。
それに、愚王が残した厄介なステラディア・ソルディア戦争は終結していない。
目下、この二つを処理しなくてはどうにも面倒が消えない。
あまりやりたくなかった手だが、最短はこれしかあるまい。
「おい、親書を書く。用意しろ」
「はい、どちらへ向けて」
「ヴァルカンティアに向けて、会談を設けるようにと」
「それは、もしや」
側近の男の目が輝く。
嫌なものを見てしまった。
だが、ある程度わきまえている様な振る舞いが要る。
お前たち側近をうまく扱うためにも。
「同盟だ。互いに軍事の大国、不利益にはなるまい」
ディオメシアだけで片付けられないほどの問題は、他国の力を借りるに限る。
ここから、我の采配がはじまるのだから。




