10話 ヴァルカンティア単独滞在
ヴァルカンティア国。
ヴァルカンティア人という戦闘民族が住みつき、人口を増やし、国と言えるまでに拡大した歴史を持つ。
500年は国として存在しているらしいので、100年そこらのディオメシアなど歯牙にもかけなかっただろう。
我が国が、強くなかったらの話だが。
「なんだ、そんなものか」
「くそっ、もう一度お願いします!!」
「何度やっても結果は見えている」
「ヴァルカンティアの誇りにかけて、負けたままでいられるか!!」
ガキン!!と剣が噛みあう音。
愛剣が、目の前の男の武器を正面から受け止める。
我と剣を交わす赤髪の男の力は、なるほどかなりのものだ。
だが、力だけでどうにかなるはずもない。
片手に剣、片手に盾を持った男。
そして両手で剣だけを持つ我。
打ち合いは、周囲にはやし立てられて歓声が上がる。
「おいあれ憲兵隊のトップじゃなかったか」
「相手何もんだよ、このへんじゃ見ない顔だけど」
「知らないの?同盟組みたいって乗り込んできたディオメシアの王様って話じゃない」
「ディオメシアって、あの急成長した?でも、なんで訓練場にいるんだよ」
「『実力を示せ』って宰相殿に放り込まれたの。彼だけね」
「宰相殿、また人が悪いことを……」
腕の力をわざと抜く。
思わず前に出た男の足を払い、もう片方の足で腹を蹴り上げた。
それでも筋肉が邪魔をするのか、簡単には倒れない。
だが、それはもうわかっている。
少し離れた距離と、自分の足の位置を補足。
相手の盾めがけて、手を伸ばす。
盾をとられると思った男は、取られまいと腕に力を入れる。
それを待っていた。
盾に向けて放とうとしていた剣戟。
その軌道を大幅にずらし、剣の斬れる部分ではなく面の部分で強く肘の関節を打ち上げた。
骨に響く音がして、赤髪の男は痛みに悶絶する。
体は強いが、関節は我々と同様に効くようだな、ヴァルカンティア人。
その隙を突いて剣を持つ方の手首を強く握って離させ、ねじり上げ、地面に倒した。
「い、でぇぇ!!」
「勝負ありでいいか。次は加減できそうにない」
「卑怯だ!!おまえ一度もまともに剣を使わないじゃないか!!」
「こちらは同盟のために来ている。相手国の民を殺せと?」
戦いにそこまでの執着を見せるか。
赤い髪と頑健すぎる体がヴァルカンティア人の特徴だと聞いてはいたが、その髪は血の気の多さで染まったと見える。
だが、悪くない。
今はいい気分だ。
ヴァルカンティア宰相殿に、友好の最上ともいえる黒曜石の装身具を渡したいほどに。
『同盟を組みたいと伺いました。ではこちらの要求をのんでもらおう』
『王を残し、ついてきたものは皆国へ帰りなさい』
『王自身がその器であるとこちらが判断すれば、同盟を組もう』
『心配せずとも、もし彼を殺すようなことがあれば責任を取ります』
『これがヴァルカンティア建国から続く、同盟者を選別する掟。従えないのであればお引き取りを、その程度の国に力を貸す利はない』
ヴァルカンティア到着早々に、その国の宰相だという男から告げられた条件だ。
兵たちはすぐに了承し、我の命令に従って引き返したというのに。
『わが国唯一の王族に何を』
『せめて我ら側近から二人』
『それもいけない?……陛下、この国との同盟はやめましょう』
側近共の顔は実に胸がすくものだった。
我の行く先々にいつでもついて回り、死なないか、いつ死ぬのかと死肉をついばむカラスのようで邪魔だったのだ。
お前たちが心配しているのは、もし死んだときの遺体回収が手間取ることだけだろう?
『宰相殿、必ずや我が力を示して見せよう。世話になる』
このような環境は初めてだ。
確かに王であると周知されてはいるが、真正面から戦いを挑み、気軽にヤジを飛ばし、戦いを終えた我に「自分も一戦」「なに次は自分と」と気安い。
まるで民の生活に、違和感なく混じったような気分だ。
さながら武者修行の様相だが、力がものをいうこの国らしいといえる。
王である以上、長居はできない。
交渉の結果、滞在していいのは一か月。
だが滞在2日目にして、延長を申し出たいほどにいい国だ。
休もうと城壁の影に入る。
汗を拭き、息をついたところに、素焼きのコップが差しだされた。
ヴァルカンティア人ではないらしい、長い茶色の髪を一つにくくった、年の近そうな人間。
腕は太くも細くもなく、少しほつれた町娘らしいワンピースを着ていた。
「おつかれさま!あんた強いんだね、ほらこれ飲みなよ。ヴァルカンティア特製『疲労回復レモン水』さ」
「いただこう。……あなたは、訓練場で何を?」
「見ての通り、休息係。で?もしやあんたが噂の『嫁取り同盟王』かい?」
「なぜそれを」
「これでも宰相殿の知り合いでね。『強固な同盟を組むために、王に釣りあう嫁をよこせ』なんて、肝が据わってるじゃないか!」
まさか、こんな市民にバレているとは。
軍事力だけで国同士が友好関係を築けることは、まずない。
だから、姉様たちも政略結婚していったのだ。
実際はもっと堅苦しいように書いたが、要約するとその通り。
かなり良い環境を用意してくれたヴァルカンティア宰相には悪いが、こっちも遊びではない。
早く実力を認めてもらわなければ。
手に、渡されたレモン水。
匂いを嗅ごうと顔に近づけた。
その時だ。
「ジークあんた何やっとんじゃ悪ガキ!!!!」
それは、上だった。
随分と荒々しい女の怒声が降ってきた。
何事かと上を向く。
だが、そこには衝撃の光景があった。
落ちてくる、赤髪の女。
ディオメシアでは見慣れた貴族女性が着るドレスの、中が見える。
何やらふわふわと重ねられた白い布、そして、見てはいけないであろう女性の、太腿から先の生足。
女は目が吊り上がって、恥じらいなど微塵もない。
そして、我の隣にいた茶髪の人間を踏み潰すように着地する。
流れるような手さばきで背中に乗ると、腕をねじ切るかのように足を交差させて茶髪を痛めつけていた。
「いだだだだ!!離せよきまってんだよ!!」
「きめてんだよ!!客人に何出した!?」
「ただの水!」
「嘘言うな毒仕込んだのばあやが見てんだよ!」
「うっそぉ!?あのババアチクりやがった」
「女装までしやがって本当に死んだら国際もん……だ、い……あ」
女は、やっと我の存在を思い出したらしい。
ドレスは砂まみれ、足は見えている、髪だけは何とか美しい形を保っている。
我はようやく、目を背ける。
女性の素足を見ていいのは、夫くらいのものだと小姉様から教わったのを思い出した。
今の今まで、抜け落ちていたが。
「あの、違っていてほしいのだが、いいだろうか……貴殿は、ディオメシア王、ではないよな?ディルクレウス殿ではないと、いってくれまいか」
先ほどジークと呼ばれた茶髪に向けた言葉とは、随分と違う。
男のような話し方をする女。
だが、知性があるとわかる話し方。
心なしか、声色も悪い。
だが、嘘はつけない。
「その認識に相違ない。我はディルクレウスという」
「どうしてこちらを向かない。目を見て話せと習わないのか」
「……あなたの足を見ていい権利は、我にはない」
「あ」
どうやら、自分があられもない状態で制裁を加えていたことを思い出したらしい。
気づいた拍子に力加減を間違えたのだろう。
茶髪の叫びが、響き渡った。




