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11話 ヴァルカンティアの宰相家

何だ、あの女は。

そもそも女か?

姉様達はそんなことしなかった、ツキもだ。

誰の足も、これまであんなに見たことはない。


それがまさか、起こってしまうとは。

しかもよりにもよって……。



「先ほどはすまなかった、ディルクレウス王。噂の武勇に優れた君の話を聞いて、好奇心が勝ったらしい」



ここは宰相の屋敷。

ここには、宰相夫妻とその子供だけが住んでいると聞いていた。


知略鋭いと名高い、宰相ハイネ殿に軍略を学べたら。

実力を認めさせ、早くても10日後には対面でゆっくり話せればと。


その目算が、見事に狂い始めていた。


目の前には、先ほど取っ組み合いをしていた二人。

宰相の隣に座り、バツが悪そうに下を向いている。



「失礼を承知でよろしいか。その二人は」

「俺の娘と息子だ。二人とも、挨拶もしなかったのか」



ハイネ殿に鋭く見つめられた瞬間、二人ともすぐ姿勢を正した。

それにしても、娘と息子?

どちらが男だ?

どちらも男だと言われても、納得できるのだが。


赤毛のドレスが、胸に手を当ててこちらを見る。

瞳の緑が、髪の赤と相まって兄様達を手にかけた森を思い出した。



「ヴァルカンティア宰相が娘、アンナ。歳は15。先ほどはお目汚し失礼いたしました。そして弟が粗相を仕掛けまして、申し訳ございません」

「あっ、アンナてめえ誰が弟だ」

「ジーク?挨拶をしろ。取っ組み合いは後でやれ」

「……はい、ハイネ殿。俺はジーク。歳は17……以上」



力関係が実にわかりやすい。

父であるハイネ氏は、二人に恐れられているようだ。

だが、解せない。


明らかに、違和感があった。



「宰相殿には子供は一人と聞いていたが。それに、男のほうが年上なのに弟ですか」

「実の子供はアンナ、そしてアニータが拾って我が子にしたのがジーク。我が家で過ごした時間はジークのほうが短いからな、なにか問題でも?」



事前に得ていた情報通り、実子は一人。

もう一人いたのは想定外だが、問題はない。


宰相というものは、国家の中枢に近い人間。

だというのに、拾い子を家族に迎えるとは聞いたことがない。


ヴァルカンティアはディオメシアのように王族を持つ国。

だが、裏で全てを掌握しているのはこのハイネという宰相の男……。

あの愚かだった先王より歳はずっと下に見えるが、隙がない。

放つ言葉の一つ一つが、刃を首元に当てられている錯覚すらある。


難しい。

ヴァルカンティア攻略において、近寄るべきは王族(わかりやすい権力)か宰相(裏に隠れた実権)か。



「アニータ大将、ヴァルカンティアの女帝の異名をとる方だとか。奥方は慈善活動もされているのか」

「いいや?ジークが有能だからだ。これでも我が家はヴァルカンティアの中核。慈善だけでこの屋敷に招き入れることはない」

「有能であれば、よいと?危うく国際問題が起きるところだが」

「即死の毒は入れていないだろう。それなら問題ない、ヴァルカンティアは戦いの国だからな。治療技術はどの国よりも水準が高い、安心して瀕死になってくれ」

「まるで息子を庇うようだな」

「ヴァルカンティアでは『自己責任』だ。それをわかって、同盟も結んでいない国に乗り込んできたのでは?」



たしかに、ここはある意味で敵地。

人権を保障されているだけ、マシというものか。

ディオメシアに戻るより、ここに居たほうが居心地はいい。


それにしても、義理とはいえ息子が毒を盛ったのにこの態度。


よほどの愚か者か、恐ろしいほどの切れ者か。

他国の王に向けた態度ではないのは、侮られているのか、軍事大国である余裕か。



「親は、子をそこまで思うものか。優しいのだな」

「優しい?ご冗談を。危うく国際問題を起こしかけ、止めたとはいえ客人を驚かせたんだ。あとで『仕置き訓練』と行こうか、二人とも」



薄く笑って手を組む宰相。

アンナとジークは、こちらが見てすぐにわかるほど震えあがっていた。


どこの父親も、子を子と思わないようなものばかりなのだろうか。

いや、それにしては我が知る親への恐怖とは少し反応が違う。


なぜなのだろう。

このハイネという男は、あの愚王と何が違うのか。



「その訓練、我も参加してよろしいか」

「なぜかね?親が子を教育する場に君がいる必要はないだろう」

「興味がある。それでは不満か」

「自分以外の家族を全員排除した王と聞いている。その君が興味か」

「何のことだろうか」

「……なるほど、君は父に似ず、聡いらしい」



末恐ろしい宰相だ。

我が、何をしてきたのかは知っていると。

各方面に側近たちが勝手に圧力をかけ、兄様達の死は山賊がもたらしたことであると発表したのだが。


どこで情報を手に入れた。

どうして真実を知ったようなことを言う。


それを聞いても、答える気はないのだろうが。



「参加したいのであれば構わない。ただし、そこでは『ディオメシア王』として扱わないぞ」

「今はヴァルカンティアに厄介になる身故、それでいい。王、という敬称も不要」

「言葉遣いはどうも尊大だが、まあいい。そうさせてもらう……そうだ、自己紹介をしていたか?これでは子供たちの子とは言えないな」



ハイネ宰相は立ちあがり、右腕を差し出した。

こちらが名を把握していないはずがない。

わかっていてのこの動作、何をするにも裏の思考を巡らせたがる男だ。


応えない手はない。

同じく立ち上がり、手を伸ばす。

握手する力が、先ほど戦った赤毛の男よりも強い。



「宰相、ハイネだ。どう読んでもらっても構わないが『お義父さん』はまだ尚早だぞ」

「何のことだ。話が全く読めないが」

「そちらが提示してきた願望だろう、何を今更」

「同盟か?戦力の提供は」

「嫁とりのほうだ。ふさわしい嫁をと望んだのはそちらだろう」



これまで、自分が決めた事柄に後悔は多い。

家族に関する事柄も、戦いの中での事柄も、ツキのことも。


だが、あまりに軽率に、ヴァルカンティアに提示した条件に絶望した。

『同盟の証として、ふさわしい嫁を』

側近がいた手前、書いてしまった文言に。


ハイネ殿はニヤリと笑っていた。

随分と人の悪そうな笑顔で。



「今、王族に娘はいない。現状、君に釣り合う娘は、娘のアンナをおいて他にはいないのだよ」



つい、アンナを見た。

目が、瞬時に合う。


驚愕に見開かれた緑の瞳が、我を映していた。

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