12話 嫁取りの条件
剣の一閃、身のこなし、我の攻撃を最小限の動きで躱す無駄のなさ。
それでいて、正面から受ければこちらの腕がしびれるほどの力。
隙をついて腕をとっても、脱臼を覚悟で力づくの回避をしてくる。
それは、これまでの女とは考えられないほどに、強かった。
初めて、真剣の打ち合いでマウントをとられるほどに。
緑色の目は、好戦的に輝いていた。
「終わりなのか?まさか、ここまでとは言わないな」
「いいやそこまでだアンナ。次はジーク、お前がいけ」
「アンナと交代?それともあの王様と?」
「アンナと。肩が外れただろう、自力で戻させる」
「了解。……アンナ、どけよ。そんなにその男と見つめあっていたいのか」
「冗談。こんな男、見る価値もない」
我にのしかかり、眼前に刃を向けていた手が退かされる。
アンナの体は我よりも軽いのに、腕は細いのに、不思議なことに手も足も出ない。
彼女はつまらないと呟いて、父親と義理の弟とハイタッチをした。
先ほどまでの会話とは全く違う、自分にも覚えがある家族の距離感がそこにある。
兄と姉からしか得られないものが、血の繋がった父親と血の繋がらない義弟から得られるのか。
理解しがたい。
気持ちのいいヴァルカンティアの国民性だろうか。
「はい、次は俺が相手だ。手抜くなよ」
「訓練で手を抜いたことはないが」
「笑わせるなぁ。さっきアンナと戦ったとき、意図的にとどめを刺さなかった部分が4回はあったぞ」
「そんなはずはない。アンナ殿が強かった、それだけだ」
「無自覚とは性質が悪い。女子供を手にかけたことはないんですか?」
せせら笑うようなジークは、既に女装ではない。
アンナと同じほどの体の細さに、見たこともない素材の黒い繊維で作られた服に着替えていた。
体の線が良く出るその服装は兵士というには軽装で、衛兵というには機能性が高すぎる。
先ほどまでハイネ殿に委縮していた彼はいない。
挑戦的でこちらを煽るような目は、こちらを侮っているようにも見える。
茶髪で、ヴァルカンティア人らしい特徴もない。
宰相家に拾われた人間にしては、特別なものはないように見えるが。
「ジーク殿も若い。戦いに出たことはないだろう」
「自分のほうが戦いで大量に殺してるからって威張るのか。アンナに負けたくせに」
「お前だってアンナに負ける時はあるだろう。勝手に威張るなジーク」
「俺とアンナの戦績は半々だし、俺はアンナに手加減しないです!!」
「口ごたえか?アニータに言ってもいいんだぞ」
「なんでもないですハイネ殿」
「じゃなくて?」
「ごめんなさいお父様!!!!」
宰相家の空気に、何が言えるだろうか。
思えば、兄姉以外の家族は見たことがない。
先ほどから妙に居心地が悪いのは、なぜなのか。
それを考えていたせいかもしれない。
顔面に、鼻を潰されるような痛みが、塊で襲ってきた。
「っ、ぶっ」
「はい余所見厳禁ですよぉ!?まずはグーで一発!!」
「ジーク~。うるさい」
「アンナは黙ってろ!!」
なるほど、人間の顔に拳を嬉々として叩き込める胆力がある。
これは、面白くなりそうだ。
アニータ女将軍が見込んで拾ったその価値、見せてもらおう。
剣を構える。
今度は片手で。
拳を使えるのは、お前だけではない。
「こちらも鼻をいただく」
「じゃあ俺は顎もらいましょうかね!?」
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壁にもたれ掛かり、鼻血を拭っていると布が差し出された。
ヴァルカンティアを象徴するような、鮮やかな赤の布地の、上等なもの。
それをよこした相手は、それが似合いそうにない女だが。
「アンナ嬢、すまない」
「お前は、私に手加減をしたな。ジークとの手合わせを見てよくわかった」
「言いがかりだ。あなたまでそれを言うか」
「刃を向けたときの力の入れ方、関節をねじる角度、指の力もすべてジークのほうが容赦がなかった。男だからか」
アンナ嬢は、ハンカチを投げつけてきた。
歯を食いしばって、冷ややかな瞳で、髪色だけが怒りをよく滲ませているように見える。
何か悪いことをしただろうか。
なぜここまで怒るのだろう。
もし無意識で手加減をしたとして、何が彼女の気に障ったのだろう。
「もしもそうだとして、なぜ君に不利益がある。怪我をしたいのであれば、すまなかったが」
「私という人間を、見る気がないということに誠実さを感じると?」
「誠実。それはなんだろうか」
「呆れたな。お前、そんなことも分からないか?それに、父上に認められなければ私を娶ることは叶わないのだぞ、わかっているか」
「ああ。そのために単身ヴァルカンティアにいるのだから」
「なのに、媚を売らないのか?お前は今、自分がいかに私にとって度し難いかを示しているんだぞ!?」
どうしてそこまで熱く語るのか?
女というものはそういうものだろうか?
我が知らないだけで、姉様たちにもそんな瞬間があったのかも知れない。
もうディオメシアには戻るなと、追放扱いにしてしまったから知るすべはないが。
「はぁ……。いい、どうせ一ヵ月の付き合いだ。せいぜいお前がぶとうかいで叩きのめされるのだけを楽しみにするさ」
「舞踏会?ヴァルカンティアにも貴族社会的な交流があるんだな」
「貴族社会?侮るなよ、ヴァルカンティアも力が物を言うとはいえ、階級はある」
「アンナ嬢がワルツを踊れるとは思わなかった」
「ワルツ?なぜそんなものを踊らなければいけない」
「舞踏会だろう」
「ぶとうかいだ。私の婿を公的に決める、力比べの」
噛み合わない話に、アンナを見る。
そちらもなぜかわからないという顔をしていた。
何か変なことを言った気はしない。
舞踏会はディオメシアでも行われていた。
貴族達の睨みあいと、あの愚王を崇めさせられるパーティーにいい思い出はない。
「舞踏会に、力比べ?」
「ああ。婿に名乗りを上げ、戦い合わせて勝ち上がった男が正式に婿だ。父上は正式に言ったわけではないだろう?『アンナをお前にやる』だなんて」
「なんだ、その、前時代的な文化は」
「ヴァルカンティア式武闘会だ。実に単純明快だろう?ちなみに、今回は500人は参加予定だ」
アンナ嬢はハイネ殿譲りの笑顔を浮かべた。
やはり、父娘なのか。
純粋ヴァルカンティア人のアニータ女将軍と、ヴァルカンティア人ではないが頭脳と冷酷さで成り上がったハイネ宰相の一人娘。
力と頭脳を併せ持った、傑物になりうる娘。
彼女を嫁にするためには、500人もの男どもを倒さなければならないと。
「私より弱いやつに嫁ぐなんてゴメンだね」
先ほど我を組み敷いた女が言うには、説得力が違う。
これは、難しい問題ができた。
考え直さなくては。
ある意味での、ディオメシアの未来のためにも。




