85話 狂王の庇護の形
『この娘を王宮に迎える。我の装身具を持つ以上、身柄は保証しよう。ディアーナ、あとは任せる』
王の権力は、一人の人生を変えうる。
その効果は、見初められたために先王によって王宮で飼い殺された、我の生母を思えばよく分かること。
それが娘を守るためという内心と、側近たちの好む建前で乖離があったとしても。
現実は、王が独断で美しい庶民を庇護下に入れたという事実は、憎き先王が犯した過去と何も変わらないのだ。
「まさかツキがやっていたとは。隠れて生むのであれば、すぐに我々に渡せばいいものを」
「本当に陛下の娘か疑わしい。今日にでも儀式をしますか」
「いやいや、王女様がよくよく守っているらしい。まだ七歳だ、秘密を守れる保証がないのに、祝福の仔細を話すわけにはいくまい」
「して、本当に娘だった場合はどうしましょう?新たな王女ですか?」
「そんなもの、国民が納得しない。だが、血脈の予備だと思えば」
「口惜しい。陛下の兄たちは死に絶え、姉たちは遠方に嫁いでさえいなければ、悩まずに済んだものを」
王宮内の、我が執務室はカラスで満たされていた。
とうに多くが寝静まり、王宮内の気配は遠い。
ただ、この執務室だけは人間の気配が濃かった。
黒衣の側近が一人でも不快だと言うのに、何人も集まって聞くに堪えない話をされれば気が滅入る。
側近一族の重役共は、そろって老害だ。
この中の誰一人として、エラの意向を聞く気がないことは明らか。
王族を不死の奇跡を見るための存在と見ている。
椅子に腰かけ、左の腰に差した剣に触れる。
このまま、側近重役共を全員殺したらどうなるだろうか。
ディオメシアの機関部に食い込む奴らだ、国政に影響が出るか?
それとも、つつがなく大臣たちが穴を埋めるか。
凶悪な敵より、虫唾が走る味方のほうが邪悪だ。
「貴様ら、黙れ。我の決定を聞かずによくもそこまで話ができるものだ」
「どれもこれも、陛下のまいた種ですぞ。後継者は一人だけ、そこに卑しい腹の娘となれば悩みしかございませぬ」
「まいた種だと」
「そもそも、陛下が使用人に手を出さなければこんな事態は起こらなかったのであります!!」
「……そうか、ではお前たちに問おう」
認識に相違がある。
あの日の出来事を、知っている側近と知らない側近がいる。
あの日、瀕死の我に媚薬を飲ませ、動けないツキの体を無理やり乗せてきたのは、お前たちだろう。
その罪を、知らないものがいるのか。
そうして、今回のことを我の醜聞だと認識する恥知らずがいるのか。
「この中で、我がツキに手を出したと、認識しているもの。手を挙げよ」
「と、突然どうなされた陛下」
「素直に申せ。言えたものに、我は褒美をやる」
不思議と心臓は落ち着いていた。
体温が上がることもない、怒りではないのだ。
ただただ、手が上がるのを待った。
側近たちは目を見合わせると、次々に手を挙げ始める。
その数、部屋にいるものたちの2/3に及ぶ。
正直か、褒美が欲しい愚か者か、訳も分からず手を挙げているか。
それは問題ではない。
一人一人の顔を見る。
誰一人、申し訳なさそうな表情をしていなかった。
「そうか、お前たちはそういう者たちだったのだな」
「して、褒美とはなんでしょうか陛下」
「焦るな、後日順繰りに渡す。エラの件だが、一か月後に行われる、ディアーナの社交界デビューがあるだろう。それに参加させる。我の、庇護のもとにある女として」
「一か月後!?ただの庶民が、一か月で貴族を納得させる振る舞いが身につくとお思いですか」
「できなければそれまでだ。その時は、貴様らの好きにしろ。だが、もしよい結果を残せれば、我の意向に従え」
「そこまでする理由は何でしょうか。ただの、庶子の女でしょう。かつての女に情でもわきましたか」
情が湧かないのなら、どれだけ幸福か。
アンナにもらった感情たちは、初めて見た娘を守れと騒ぐ。
ディアーナ以外に湧くこの感情が、煩わしくないはずがない。
それでも、アンナにもらったものを捨てる選択肢など、ない。
彼女であれば、我が最悪の記憶を知るアンナであれば、エラを放り出すなどしない。
我が守らねば、先に待つのはエラが王族の血脈確保のために『使われる』未来だ。
ここまで、血族を最小限に抑えた意味が、なくなってしまう。
「くだらない会議は終いだ。先ほど手を挙げた者以外、部屋から出ろ」
「まだ話は終わっておりませぬ。陛下は、また王宮を離れてしまわれるのに」
「褒美の時間だというのがわからないか。出ろ」
すでに夜も更けている。
いつまでもこいつらの呼吸音を聞くことなどできない。
エラの今後はひとまずディアーナに任せる。
我が命令せずとも、早々に受け入れる準備を整えていたと聞く。
ジークも取り込んだのだ、問題あるまい。
連れだって、先ほど挙手をしなかった側近たちが執務室を出ていく。
褒美をもらうのだと得意げな顔をする、挙手した側近たちの嘲笑を受けながら。
つくづく側近一族という人間はわからない。
願望を同じくするというのに、一枚岩とは程遠い。
だからこそ、試し甲斐がある。
「して、陛下。褒美とは」
「これを、この中の一人に贈ろう」
手近にあった箱の中から、黒曜石付きの小さなブローチを取り出し、奴らに見せる。
王から下賜される、最上の権威の証。
宝石付きの装身具は、ディオメシアでその石を表す王族そのものと言えるほどに強い影響を持つ。
ましてや黒曜石は我を表す石。
権力を、人を支配することを好む貴様らには、垂涎ものだろう。
「今からこれを、床に投げる。一番にこれを掴み、我の前に持ってきたものに与える」
言うが早いか、目の前の床にブローチを投げる。
側近たちは我先にと体を屈め、多くの手がブローチに伸びた。
警戒というものがないのだろう、前の者を押しのけ、押しのけられれば押し返し、見事全員が頭を下げる。
実に、切りやすい。
即座に剣を抜く。
誰も我を見てはいない。
振り下ろす刃は、あっけなく多くの血を吸っていった。
「渡すわけがないだろう。貴様ら、下劣な者どもに」
黒曜石のブローチを拾って、血を拭う。
適当に箱に収めなおし、執務室を出た。
誰とも、すれ違わない夜の中。
もう、帰る場所がない。
胸が裂ける音がした。




