83話 縁あるものとの会話
「やぁやぁご機嫌麗しくないから愛想笑いで失礼しますよディルクレウス陛下。ご自分の娘に政務おっかぶせて、戦争ばっかりする気分はどうですか?ちなみに俺は馬車馬みたいに働かされて大変不服です」
遠征の合間、軍備や物資整理のためにディオメシアへ戻る。
王宮ではなく、離れた別邸へ。
王宮に居つくのは好きではない。
住むには、思い返す記憶が多すぎる。
ただ滞在するために、ディアーナの居る王宮へ行く気にはなれなかった。
それを見透かしているのだろう。
ジークが一人、騒がしく別邸にやってきた。
芝生の上で一人鍛錬中に、突然こちらに鉢植えの一つを投げつけて。
腕で払えば、そのまま2、3撃目の拳が降る。
剣は側にないが、問題ない。
すべて左腕で受け切り、ジークの死角から足を伸ばして蹴り上げる。
だが、それを見越していたのだろう。
軽やかな身のこなしで、後方へ回転しながら回避された。
「体術は鈍ってなさそうですねぇ。双剣術は忘れてそうですけど」
「久しいなジーク。我に用はない、帰れ」
「俺だって会いたくなかったですけどしょうがないでしょう。ヴァルカンティア宰相殿も、アニータ様も、アンナが死んだのになぜディルクレウスは来ないのかって何回聞かれたと思います?親バカで孫バカも発症してるのに、同盟国の最重要人物放って何やってるんでしょうか」
「相変わらず、言葉が多いな。ハイネ殿とアニータ殿のことは父母と呼ばないのか」
「ここまで嫌味重ねてて、真っ先に気になるのがそこって。相変わらず思考どうにかしてますよね天然ボケ狂戦士王が」
ジークと最後に会ったのは、アンナが体を壊す前。
アンナがなくなって何か月か経過した今、すでに何年会っていないだろう。
数年ぶりのジークは、背が伸びていた。
我と年は変わらないはずだが、出会った当時は少女に化けられるほどであったのに、その面影はあまり残っていない。
身に着けている服装に、彼が今ディオメシアの使用人であることを察した。
「使用人をしていたのか。言えば、待遇改善を図ってやったが」
「ところがまさかの。ディアーナ様直々の引き抜きにあったんですよ、アンナが死ぬ前にね。恐ろしい娘ですよ、俺がただの王宮付き庭師じゃないって看破してた」
「庭師だったのか」
「……お前と話すと会話が微妙に進まないの、やっと思い出しましたよ。はいはい、ヴァルカンティアスパイとして潜入してたんです。なのに、宰相夫妻の前で引き抜かれて、今は立派な専属使用人。これ、王族紋付きのアクセサリーです、親子揃って強引ったらありゃしない」
「なぜ来た。ディアーナからの言伝でもあれば、以後側近に言え」
「どうして戦いの場ではそこそこ威厳あるのに、普段のやり取りはマイペースなんです?そこは『どうして引き抜かれた!』とか『なぜアンナが死ぬ前に』とか聞くこと盛り沢山でしょうに」
「アンナは死んだ。政務は大臣たちに任せている、ディアーナが介入しても調整は効く」
「王として親としてその辺はちゃんとしてたんですね、お見事です、じゃないんですよ。なんでこう、聞くべきところを外す会話ばかりするんです?」
こちらを煽るようで、明確な説明を含ませるジーク。
優しさと見るべきか、反発と見るべきか、何度やり取りをしても彼を怒らせてしまう。
我は気になった箇所を発語しているだけだ、何の問題があるのか。
アンナの両親であるヴァルカンティア宰相夫妻とは、一度書簡で連絡を取った。
何を言ったのかは知らないが、彼らの返答はこうだ。
『アンナの葬儀で孫娘と会ったが、案外骨があっていい。ディアーナを介せるのであれば同盟はこのまま友好的に続ける。何か助けが必要であれば、ディルクレウスも気にせず言うように』
孫バカが何かは知らんが、ディアーナはうまくやったのだろう。
こちらとしても、ヴァルカンティアを敵に回すのは悪手だ。
あえてディオメシアと敵対させ、滅亡させてくれないかと考えたこともある。
冷徹宰相と名高いが身内には甘い義父殿だ。
それは、やらないだろう。
王宮内で暇を持て余せば、付け込まれて側近たちの思い通りに動かされかねない。
王政を排斥することは目的の一つだが、あくまでもディアーナがしがらみがない人生を歩ませることが願い。
王族としての政務をこなせるとなれば、幼くとも無下にはできないはずだ。
「ねぇ聞きましょうよ、俺が引き抜かれた経緯~。俺、ディアーナ様にアンナの暗殺を止めてくれって依頼されて」
「それを聞いて何の意味がある。アンナは死んだ、蘇らないただの人間だ」
「は?普通に首謀者殺したいんですけど。それとも何ですか、気に入らない人間殺してきたディルクレウス王は、今更『復讐は何も生まない』とか言える高潔なるお方でしたっけ」
「アンナは、毒を盛られて死んだ。元々病を得た体だ、痛み止めのための茶も使えなくなり、余命は幾ばくもなかった」
「確かにそうかもですけど、だからってあきらめるんですか?らしくない、というかアンナへの思いはそれくらいの軽いものだったのですねぇ」
「そう思いたいのであれば、思えばいい。だが、アンナはどうしても毒を盛ったやつを吐かなかった」
「で、だからなんです?あきらめろって言いたいんですか」
「アンナにとって、犯人への加害は望ましくないのだろう」
あれでいて、血の気の多いアンナだ。
やられたらやり返し、悪を憎む正義感もあった。
その彼女が言わなかった。
こんなことに構う暇があれば、野望のために動け。
アンナであれば、我にそう言うはずだ。
「なーんでしょうねぇ……見ない間に、あなたはずいぶんと変わったようだ。人間らしくなった、ような、もっと壊れたような」
「おまえは、もう女に化けられそうもないな」
「これで腕が落ちたとか思っているなら、大間違いですよ」
「思うものか。ジークは、今でも手ごわい」
「……フーン……なら、いいです」
「用がないなら帰れ。ディアーナを頼む」
「アンナの忘れ形見ですから、ちゃんとしますよ。あんたの子だからとは、思ってませんから」
数秒後にはジークの気配は消えていた。
何のために来たのか、よくわからないやつだ。
王として話すことも、アンナの夫として話すことも、できたかわからない。
幼子は国政関わらないよう調整するのが正しいのだろう。
だが、これは我の教育方針だ。
ディアーナの周りには、我以上に信頼のおける使用人がいる。
我は、王宮に居るべきではない。
ディアーナの、アンナに似た面差しに会うべきではない。
「陛下、準備ができました。いつ出立しましょう」
「兵たちの様子は」
「万全でございます」
「夜明けに出立だ」
「かしこまりました、通達いたします」
今日の側近が、遠征が可能になった旨を知らせてくる。
そしてふと、思い出した。
一度も、アンナの墓を見ていなかったことに。
「……意味は、ないな」
アンナは、死んだのだ。
王宮内の教会近くに葬られたとは聞いた。
だが、墓石を見に行って、何になる。
目を閉じれば、アンナの笑顔は、すぐにでも思い出せる。
何の問題もない。
アンナは、死んでいない。
墓石になど、アンナはいない。




