82話 狂王の開花
「よろしいのですか陛下。今日は王妃様の葬儀ですが」
「よい。別れはとうに済ませた」
「ですが、王女様が葬儀の指揮をとられるのはいかがなものかと。使用人たちや我々側近が何人か付くとはいえ、まだ七歳になったばかりで」
「王族として働くべき年だ。まだ文句があるか」
アンナが、死んだ。
今日は葬儀だが、我はディオメシアにいない。
属国のひとつへの遠征。
これは、決まっていたことだ。
アンナの死より以前からの予定を、崩せない。
アンナが、もう呼びかけようが触れようが、反応しないことはわかっていた。
棺に入れられる前、人知れず触れた肌は死の冷たさしかなかった。
唇に触れても、ロマンス小説のように目を覚ますこともない。
その事実を手に王宮を出発した日から、どこかが破れた痛みがある。
皮膚の下、骨の中、内臓のどこか。
痛みの理由は、ついにわからなかった。
『本当に、葬儀に出ないおつもりですか陛下』
『ああ。メイド長のお前がいれば、問題ないだろう』
『母親との別れを、ディアーナ様お一人で背負わせる気ですか!?まだ、子供です。最近大人びてきたと言っても、死を受け止められるわけがありません』
『あれには、専属使用人がいる。我がいたところで意味はない』
『遠征は、ずらせる予定だったのでしょう。そこまでして、アンナ様の死をお認めになりたくないのですか』
メイド長との会話が、蘇る。
不死の呪いを、彼女は知らない。
アンナと我の間にあった、夫婦以上のものを知らない。
アンナは、死んだ。
何度も死んだ我が、死を認めないことはできない。
仲間の死を認めず、狂乱に陥る愚者は戦場で多く見てきた。
奴らと同じだと?
バカバカしい。
死は死だ。
死んでしまったら、普通の人間は終わりだ。
少し、距離ができただけのこと。
呪いから解き放たれれば、すぐに我も逝く。
兄たちを、先王を、多くの戦争で人を殺した我が、死後にアンナに会えるかは知らないが。
「え、ええと」
「なんだ側近、言いたいことがあるならば言え」
「あ、新しい王妃、なんですが。えと、侯爵家から」
「言っておくが、間違っても新しい妃は手配するな。民の感情を逆撫でする」
「でも、後継ぎが王女様一人では」
「貴様、声が若いな。側近一族の中では若造か」
行軍の中、今日我についた側近はまだ10代くらいの青年。
特に指名があるわけではないが、若いのが来たのは初めてだ。
このような年齢でも、すでに王族の存続について口を出すか。
運がない奴、いや、頭が足りないというべきか。
年を経たものであれば、王妃がなくなってすぐに後釜を用意することが悪手かわかる。
まして、ディオメシアの王は、選ばれてなるものではない。
国民が、そのものを王と認識した瞬間から王位は受け継がれるのだ。
我が庶民腹の末子であるにもかかわらず、王に即位できた経緯を理解していない。
ディオメシアの国民感情の重要性がわからず、ただ後継をと望むその性根。
「一度だけ警告してやる。我は、不要と断じればすぐに消す。例外はない」
「では、王妃が不要だったというのですか!?それでは、祝福が、お子を成すためなのに」
「王妃が不要。貴様の頭脳は妙な計算をする」
「だってそうでしょう!?噂では、あなたが王妃に毒を盛って殺し」
言葉は最後まで聞かなかった。
音もなく愛剣を抜き、側近のほうへ真横に切り払う。
横にいたのは側近だけだ、重要な兵たちを傷つけることはない。
側近は、顔の半分がなくなっていた。
うまく切れた。
首を切れば血が噴き出す、汚れるのは望ましくない。
そのまま後ろに体は倒れ、兵士たちがどよめく。
味方だろう側近を殺したことが、そんなに動揺を生むか。
「お、王よ!!どうされたのですか、いきなり、側近殿を」
「深い思考のできない側近はいらない。どうせ控えの側近はまだいる……おい、出てこい」
「若輩者が、ご迷惑をおかけしました。陛下」
我の声にこたえるように、そばの木から黒衣に身を包んだ側近がもう一人現れる。
今度は年嵩の女。
側近というものは、日ごとに我の側にいるものが変わる。
これまでも言葉が過ぎた側近を何度か殺しているが、奴らは何の感慨も示さない。
新しく寄ってきた側近も、死体に一瞥もくれなかった。
「我は、容赦しない。一族が死に絶えたくなければ、言葉には気をつけろ」
「……はい、よく存じております。ですが陛下、我々の存在理由は、王族の方々の存続にあります。息子の言葉に、何も間違いは」
「だから、なんだ?許せというのか」
「あ、あなた方の血は絶やしてはならないものです!!我々の声に、耳を傾けてください!!」
「我が兄たちの、絶命の懇願を聞かずに幾度も教会に運んだお前たちの声を、なぜ聴かねばならんのだ」
命乞いの反対は何なのだろう。
殺してくれと、死なせてくれと望む我々の言葉を聞かず、蘇生し続け心を壊した側近一族に、知るわけもない。
死ねてよいな。
苦しみからの解放だ。
我々にはいくら望もうと、地下教会に運ばれ、祈られてしまえば訪れないもの。
死ねば、アンナに会えるだろうに。
「王よ、あんまりです。あの側近のご婦人、息子と言っていました。先ほど切り捨てたのは」
「兵士長、お前はこれまで何人殺した?」
「は……それは」
「兵たち、よく聞け。殺したものが何者だろうが、関係がないことだ」
ちょうどいい、ここで知らしめてやろう。
これから始まるのは、強引な王政打破。
わずかな蜂起も反乱も許さず、属国を増やすための遠征を続け、民に負荷をかけ、国民に疎まれる役目。
王がいては国が成り立たないと、国民に感じさせるための行動。
それをお前たちが知ることはない。
だが、知らねばならない。
ここから先は、苦難のみが待つと。
「今更、清くいられると思うな。お前たちの安寧のために、何人死んだと思っている」
戦争で流れた血、蘇るたびに心を殺されていった兄たち。
ディオメシアを守るために、仕方ないと言うのか?
それは許さない。
これは復讐だ。
王族に運命や呪いをかぶせながら、無知にのうのうと生きるお前たちに。
間違っているだろう、平和的な解決方法がごまんとあるだろう。
だが我はそれを選ばない。
最短で、この国の王族というものを崩壊させるために何でもやろう。
「貴様の息子がなぜ死んだか、わかるか?側近一族が、我々王族を『人間としてみない』教育をしたからだ」
「へ、陛下」
「お前が母であるならば、なおのこと言う。お前の育て方のせいで、こいつは死んだのだ」
側近の女がその場に崩れ落ちた。
興味もない。
馬の進みを止めるほどでもないので、そのまま進む。
体のどこかが破れた痛みは変わらない。
だがわかったことがある。
この痛みは、アンナが遺したものだということだ。




