79話 ディアーナ七歳の誕生日
想定よりも戻りが遅くなった。
太陽が最も顔を隠す日、その夕日がすでに顔を照らす。
軍が戻ったのも関心を向けず、貴族どもは今日のディアーナ誕生パーティーという社交場のみに考えが行っているようだ。
兵たちには目も向けず、我の姿を見た者のみがすり寄ってくる。
返事などせずにその場をやり過ごすも、奴らの無駄しかない服や臭い香水で鼻がどうにかなりそうだ。
招かれる側は呑気だな。
今回のパーティーはおそらくアンナが主導で行っているというのに。
病人だと知らず、負担をかけていると知ったところでこいつらは変りはしないのだろう。
「お戻りですねディルクレウス様。さあ、身支度を整えましょう」
「アンナとディアーナは」
「お二人ともご用意できております。でもやはりディアーナ様の専属はまだまだですね、先ほどもディアーナ様のお転婆を許して」
「そうか」
王宮内に入り、使用人たちからの出迎えを受ければ真っ先にメイド長の声が飛ぶ。
なぜ我まで無駄に豪奢な服を着る必要があるのか。
言っても詮無いことだ。
早く用意するというメイド長の指示に従い、鎧を脱いで身を清めていく。
すぐにアンナの顔が見たかったが、女性の身支度を見るほど無粋ではない。
衣服を纏う中で、己の四肢を見た。
今回は裂けた右手の傷以外、ケガはない。
皮肉なものだ、死にたいと実践に赴けば赴くたび、強くなって生還する。
側近どもに遺体として連れ帰らされるよりはマシだが。
そして最後のマントを纏った時、扉が3回ノックされた。
入室の許可を取らんとする声は、望んだ人物のものだ。
「ルク?ああ、よかった。無事に帰ってきてくれたか」
「アンナか。しばし待て、すぐに終わる……もういいか、アンナと二人で話がしたい」
「はい、これでおしまいでございます。お時間になりましたら、お呼びしますね」
使用人たちが出て言った部屋は、二人きり。
だが不思議と、部屋の暖かさが増す。
アンナの頬に手を寄せれば、少し骨の感触があった。
肌が白くなっている、化粧でわかりづらいが唇の血色が薄い。
呼吸も、以前よりも浅い。
そのままアンナを抱きとめて、呼吸する。
以前はあった、独特の香りがしない。
ドレスのサイズを直したのか、体も前よりも細くなっている気がした。
「何か月も王宮を空けてすまなかった。体はどうだ」
「大丈夫だ、問題なかったよ。ちゃんとパーティーはできるし、あの子は元気だし」
「無理をしているな」
「そんなことは」
「我が贈った茶の匂いがしない、顔色が悪い、体が細い。我の目が誤魔化せると思ったか」
「思わない。でも、やっぱりバレてしまったか」
「病が進行していたのか。茶を飲め、痛みが和らぐと言っただろう」
「もうないんだ。全部、処分されてしまってね」
「何?」
あの茶は、一つの部屋を埋め尽くすほど十分にあったはずだ。
どれほどの戦利品か、知らないはずがない。
アンナは言い淀んでいたが、何度か問えば吐いた。
曰く、ディアーナが茶葉を収納していた部屋でボヤ騒ぎを起こし、茶葉が燃えた煙で専属使用人たちが体調を崩したと。
「前々から、あの茶は毒じゃないかとか噂が立っててね。私がいくら大丈夫だと言っても、王宮内の使用人たちが良かれと処分してしまった」
「いつからだ。あれなしで、なぜ過ごせている」
「秋になる頃だったか。いやぁ、あの子のすることには驚かされたよ」
「また持ってこさせる。あの国はすでに属国だ」
「いや、いい。もうそういうのはいらないよ」
「なぜだ」
「たぶん、運命ってやつだ。元気なフリも辛くなってきたし、そろそろ」
「決めつけるな。アンナは生きる、ディアーナもまだ子供だ。アンナがいなくて誰が王宮を守る」
「いいや、大丈夫だよルク。あの子は、あの子なら大丈夫な気がする」
「7歳の子供だ。買いかぶるな」
「ははっ、最近のあの子を知らないだろう?ああ、きっと、ディオメシアを何とかするさ」
アンナは優しい目ですべてを受け入れている。
ディアーナを叱るべきか、使用人共を叱責すべきか、わからない。
また、また同じことをしてしまった。
あの戦争さえなかったら、その状況をアンナ一人に負わせることもなかったというのに。
どれほどの苦痛がその体を襲っているだろうか。
我の体は、痛みの感覚がほとんどない。
アンナの痛みがどれほどのものか、共有することすらできない。
「すまない、すまなかった」
「悪いと思ってるのか?ちゃんと戦争のことは聞いたさ、ちゃんと王政廃止に向けて我慢したんだろう?敵国の首謀者たちを殺さないなんて、なかなかあることじゃない」
「同じことを繰り返した。アンナの時間はすでに短い」
「ほ~う?結構悪かったなと思ってるのか。じゃあ、私のお願い聞いてくれ。せっかくだから、いい償いを思いついた」
アンナは変わった。
天真爛漫な性格はそのままに、責任やおおらかさを身に着けたように思う。
一国の女主人を任せられる人間は、多くない。
だがこうして、時折のぞかせる結婚前のような挑戦的な瞳。
なぜか、この視線に勝つのは難しい。
何年経とうが、真の意味でアンナに勝てたことはないのだろう。
「頼まれた髪飾りであれば、メイド長伝手に渡したはずだ」
「あれは、素晴らしかった。だけど違うよ、ルクに、今日踊ってほしいんだ。ディアーナと二人で、みんなの前で」
「断る。第一背丈も体格も合わない」
「でも、私はもうステップを転ばずに踏めるか怪しいんだ。それに、踊るの嫌いなだけで、どんな人にも合わせられるほどにうまいのは知ってる」
「昔のことだろう」
「一度覚えたことは忘れないっていうだろう?七歳は、大切な節目だ。頼むよ、どうしても見てみたいんだ」
断ることは、できない。
期待のまなざしを向けられてしまえば、それまでだ。
頷いた瞬間の、喜色の顔。
それを裏切れるものか。
「失礼いたします。お時間になりましたよ」
メイド長の声で、我々は部屋を出た。
アンナに腕を寄せれば、慣れたように組む。
隣にいるのが、アランでもジークでもなく、自分であるという現実。
それだけのことが、胸を熱くさせた。




