78話 煩わしい戦争
剣が肉を裂く。貫く。
拳で向かってきた敵兵の顔面を叩く。
すべて、肉の感覚が手のひらに残る。
顔に飛んだ血を拭えば、いつの間にか近くにいた側近一族の女が、ハンカチを差し出した。
「こちらを」
「いらん、媚薬でも仕込んだか」
「今は戦いの最中です。そのようなことは」
「わずかに薬剤の甘い香りがする。今であれば、釈明を許す」
「……申し訳、ございません」
油断も隙もない。
突然の戦いにまで、そのような小賢しい手を使うか。
媚薬か何かでその気にさせ、目の前の側近の女を使うという算段だろう。
つくづく、側近一族は戦いにおいて邪魔だ。
強大な敵と目障りな味方であれば、後者は切って捨てるのが得策。
それができれば面倒はないのだが、それを行えば兵たちの士気が下がる。
ただでさえ寒くなりつつある行軍の中、ディオメシアにも帰れずに戦い続ける男たちだ。
何が戦意喪失につながるか、予測できない。
「報告!!後衛にて敵国の挟み撃ちです!!現在応戦していますが、敵の矢が多く負傷者も」
「防具、盾、人員、不足は」
「まだ余力あり!!」
「すべて受け切り、敵の矢を回収してこちらも矢を放て。敵が放つだけこちらの利だ、側近、貴様は後方で指揮をとれ」
「陛下。我らは陛下の御身のためにいるのであり、戦場での指揮は」
「邪魔だと言ったのがわからんか。貴様の言う役目であれば人員は足りている、ここで他の成果を見せろ。さもなくば側近一族の人員を減らしてやる」
「そんな。我らは長年王族の側にいたというのにあんまりです!!」
「この戦場で薬を盛る無能な味方を生かす道理はない。行け」
我の指示で、後方にいた伝令の男は側近の女を連れて戻っていく。
剣に手をかけると、柄がぬめりを帯びている。
返り血かと見れば、手の平に大きな切り傷。
舌打ちをして、それを無視する。
敵を斬り殺すのに、さしたる問題ではないからだ。
『伝令!!伝令です!!隣国との合流地点に向かった先遣隊が、半分やられました!!』
『首が、首が送られてきました。【ディオメシアの狂王を打倒する】……これは、宣戦布告です!!しかも、隣国以外にも近隣諸国5か国の署名付きで!!』
『馬鹿な!?これはただの軍事演習のはず……やられた。誘い込まれたのか!!』
思い出すのは、数か月前。
我らの知らぬ間に軍事演習が、ディオメシア掃討戦争になっていた。
まだ熱さが残る中、兵の約半数を引き連れた我らは、属国6か国からの反乱を受けた。
弱きものは、徒党を組み強者を打倒する。
そして、これはディオメシアに不満を持つ者たちが仕掛けた戦い。
望んでいたことだ。
属国に恨まれ、反乱を起こされ、そのような王政は打倒すべしと動けと。
王政を排斥するための、長年の動きが実を結ぶ前兆。
だが、アンナとの時間が限られる今、なぜ蜂起した!!
貴様らの反乱であれば、いくらでも相手をし、何度死のうと叩き潰し、不満が最高に至ったときに王政など潰してやる。
期がわからぬ馬鹿どもが!!
数だけ多く、時間を引き延ばすことに長け、ついに季節が変わった。
これは私怨だ。
貴重な時間を、よくも引き延ばしてくれた。
「ひっ!?でぃ、ディルクレウスだ、狂王が来たぞー!!」
「そんな、噂通り王自ら突っ込んで」
「逃がせ逃がせ!!王を逃がせー!」
「遅い」
愛馬に乗り、戦場を駆け抜け、立ちはだかる人間を裂いていく。
血にまみれ、剣を煌めかせ、獰猛な馬を乗りこなす我の姿は狂って見えるだろうか。
走り走り、敵の拠点までたどり着く。
一人やってきた我に、散々な言い草だった。
仕方あるまい、兵を待っていてはいつまでも終わらないのだから。
幸運なことに、今回反抗した6か国の王は、皆そこにいた。
馬を降り、うるさい敵兵の動きを止める。
静かになった場には、王たちの命乞いがこだましていた。
「お許しください!!」
「復讐は何も生まない!!」
「我々を殺せば、他の属国も蜂起しますぞ!!」
「この、野蛮め!!王として高潔な判断をしろ!!」
「おねがいしましゅおねが、命だけは」
「殺すならば早く殺せ!!」
命乞いというには随分と不遜なものも交じっているが、聞く意味はない。
殺そうとは、初めから思っていない。
なぜ、我を呪いから解き放つだろう可能性を、自分の手で消す必要がある。
何もしないとは言わないが。
剣を6人に突き付けると、表情は一様に硬いものとなる。
うらやましいことだな、お前たちは、我の一撃だけで死ねるのだから。
「此度の無礼、貴様らが我が軍に与えた損失をすべて補填するのであれば許そう。自国の損失よりもディオメシアを優先だ」
「そ、そんなことできるわけが」
「なるほど、命が惜しくないらしい。6か国でディオメシアの軍の半分を壊滅させようとした貴様らと、人員も装備も軍事演習だと思い最小限でここまで戦った我ら。なぜ貴様らは人員も装備も万全で負けた」
「そ、それは」
「弱いからだ。これ以上言わせるな……今後も、属国として、守られたければ逆らうな」
ようやく我に追いついた兵士たち数人に、首謀者の王たちを生かすように伝え、あとの始末を任せる。
そこまでしてやるいわれも、ここに居続けてやる理由もない。
戦場に、ディオメシア勝利の鐘が鳴り響く。
血で汚れた大地は、見るに堪えない。
雨が降れば、洗い流されるだろうか?そう考え、空を見ればすでに薄暗くなっていた。
太陽の出る時間が極端に短い。
その事実に、今の暦を思い返す。
「ディオメシアにつく頃には、誕生日、か」
王宮では、ディアーナ七歳の誕生日の準備が始まっている頃合いだろう。
王宮からの報告はつぶさに受け取っていたが、アンナの容体が急変した報はない。
元気でいるはずだ、アンナも、ディアーナも。
数日の予定が、数か月かかるとは。
だが、もうすぐだ。
もうすぐに帰れる。
王宮は居つきたくない場所だが、アンナがいるならば話は別。
寒空の下、帰る場所を思った。




