77話 大胆な王女の行動
「陛下!!ディルクレウス様!!失礼いたします」
メイド長が執務室に大声をあげて入ってきたのは、それから数日後。
冷静沈着、アンナに任命されて使用人養成にも力を入れている彼女が、ここまで慌てふためくのは、珍しい。
アンナの病状はメイド長に共有していない。
何かあれば、アンナの専属使用人から報告があるはずだ。
「なんだ、騒々しい」
「ディアーナ様が!!専属使用人に任命したのです!!」
「メイド長をか」
「いいえ!!つい先日王宮入りした、新人メイドを、3人も!!すでに王族紋をあしらったカメオまで渡してしまって、ああ、幼い王女様の最側近に新人メイドなど……!!」
「それは、ディアーナの部屋を掃除したメイドか」
「さようでございます、もしや陛下はご存じだったのですか?」
ディアーナは、掃除の最中に物を盗まれたと言っていた。
そしてその弱みを使って、下僕にすると。
これまでがおとなしかったのか。
突然の王宮出奔、戻ったと思えば最重要な自分自身最側近の味方である専属使用人を勝手に決める。
ディアーナの周囲に配置する人間を決めてやると考えたことはないが、これまでからは想像もできない行動力。
「3人の詳細な情報はあるか」
「ここに。3人とも使用人養成学校の同期生ですわ。技能は身についておりますが、使用人として粛々と仕事をするには、心が未熟すぎます」
準備がいいメイド長からの書類を受け取って流し見る。
裏カジノ出身者、ヴァルカンティア人の孤児、ディオメシアの村娘。
富裕層のものは一人もいない、貴族とのコネクションや反応など考えもしない人選。
アンナを隠すように治療させたあの日、廊下の隅にいたメイドたちだった。
この3人が、ディアーナのものを盗んでいたとは。
解雇するのもいいが、ディアーナが自分の意思で首輪をつけると決めたのだろう。
我が口を出すこともない。
「ディアーナの様子はどうだ」
「何もありません。うまく3人を転がしているようで、王宮内を歩いておりました」
「それは確かか」
「はい。王宮を出た時はどうしようかと思いましたが、ちゃんと今は大人しくしております」
「癇癪を起さなかったか」
「一度もありません。心配しましたが、家出で少し大人びたようですね」
ディアーナが大人びるだと。
アンナに病状を聞いて、癇癪を起して飛び出した幼子が、大人びるとはどういうことだ。
メイド長は、すべての使用人を統括する役割を負っている。
そのうえで、大人しいというのはどうも違和感があった。
アンナは、寝台から起き上がれずにいる。
ディアーナであれば、どこにいったと周囲の人間を問い詰めると考えていた。
アンナは数日遠征に行ったと周囲に信じ込ませたのは我だ。
だがそれを、我の強いディアーナが鵜吞みにするものだろうか。
思考は止まらず流れている。
だが、時間も無情に流れる。
メイド長からの報告をまだ聞こうとした矢先、軍事演習を任せていた大臣が執務室に入ってきた。
「失礼いたします陛下。軍事演習ですが、先ほど隣国との日取りが組めました。何分急なことなので、出発は明後日になってしまうのですが……おや、メイド長。陛下の執務室で会うのは久しぶりですな」
「おや大臣殿、お仕事が捗っているようで何よりです。では私は失礼いたします陛下」
「まだ話は終わっていない」
「国事が最優先でございます。では、これにて」
やることが多い。
アンナが休んでいる今、彼女が請け負っていた細々したものがのしかかる。
緩やかに王政を廃止させ、呪いを無効化するということは、簡単ではない。
軍事演習も、正味些事だ。
国が持つ軍隊が強くなれば、今後出てくるだろう王政廃止に立ち上がる国民たちが太刀打ちできない。
現在最も狙っているのは、王族への不満を国民に抱かせ、王政廃止を訴える層を増やす案だ。
国民が王を廃すれば、王というものは消える。
我が王位簒奪できたのは、あの愚王よりも国民の支持を得た結果だ。
だが……我を、ディアーナを案じて提案したアンナの考えを、なぜ否定できるだろうか。
執務が終わった後、向かうのはアンナを匿っている部屋。
特殊な拍子で扉をノックすれば、アンナの専属使用人が粛々と戸を開けた。
「アンナ、どうだ」
「ああ、来たな。大丈夫だ、だいぶ体が楽になった……歯痒いよ、予定はたくさん詰まっていたんだ」
「問題ない、明後日から軍事演習でディオメシアを出る。途中で視察もすれば、文句はないか」
「ついて行ってもいいか?」
「許すと思ったか」
「思わない。言ってみただけだ、治療だけというのは、暇でね」
「まだ、動けないか」
「波があってね。午前中はかなり調子が良くて、緩やかな組手くらいならできた」
「これで病人とは、間違いではないか」
「間違っていないさ。きっと今なら、ルクは簡単に私を倒せる」
寝台にて、上体を起こしたアンナは、本を片手にカップで茶を飲んでいた。
元来、大人しいとは対極にいる女だ。
暇だろうが、連れ出す選択肢はない。
アンナが、ここにいる。
動けるようになったのであれば、勝手にこの部屋を出て「遠征土産だ」と外国のものを用意し、我の噓に迎合するだろう。
しばしの二人、ディアーナの居ない空間は、得難い。
「茶は足りているか。なくなったら、茶葉を用意する」
「十分すぎるほどだよ。それに、そんな大仰にしないでくれ。怪しまれてるぞ」
「怪しむものはない」
「この茶葉、妙なにおいがするだろう?私の姿がないのをいいことに、一部の使用人たちが『王が王妃に毒を盛ってる』なんて笑い話が出回ってるんだと」
「あるわけがないだろう!!」
「噂だ噂。専属の一人が教えてくれてね、笑ってしまったよ。私の体調がおかしいと気づいていた使用人はいたらしいが、まさかそれをルクがくれた茶と結びつけるなんてな」
高笑いするアンナの顔は、明るい。
不名誉な噂も、彼女の前ではただの笑い話だ。
余命一年から、あと何か月を共にできるか。
いいや、休ませた成果が出ているはずだ、まだまだ時間がある。
そう考えなければ、軍事演習で王宮を留守にするなどできない。
「軍事演習は、これから次々組まれるだろう。王宮に居られる時間も、短くなる」
「ああ、ありがとうルク。私の願いを叶えてくれた」
「寂しいとは、思わないのか」
「それはそっちじゃないか?まったく、出会ったころと比べてルクはずいぶんと感情豊かになったな」
「茶化すな」
「いいじゃないか。そっちのほうが、私は何倍も素敵に見える。王宮は任せろ、ルクが行く頃には、私が女主人として王宮を守るよ」
王宮のことは心配していない。
ただ、アンナとディアーナが守られるかが心に残る。
将来、ディアーナを守ることになるだろう軍を、鍛える。
それ自体に異論はないが、速やかに受け入れられないものがあった。
それでも、数日後。
王宮を出て多くの兵と共に移動する。
期間は、数日だろう。
それまで、何事もないことを願った。




