75話 ディアーナの癇癪
つつがなく日々が過ぎて行った。
茶をアンナに贈ってから半年は経つ。
外気が暑くなり、夏至を超え、太陽の季節が来る。
病状は好転も悪化もしていない、だがアンナは、以前に比べれば体が良く動くようになったらしい。
「おい、アンナはどこにいる」
「アンナ様ですか?先ほど王宮を出られましたよ、今日は村の視察と新兵の行軍訓練を兼ねるとか」
「専属のお前たちがいて、なぜ止めない」
「今日は調子がいいと言ってらしたので……陛下には言ったとおっしゃっていましたが、その様子ですとお転婆が過ぎたようですね」
「同行している専属使用人は」
「3人がおそばにいるはずですから、ご安心ください。きっと夕方までにはお戻りになりますから」
アンナは、以前も行っていた、王宮外での活動に尽力するようになった。
自分が行った政策の行く末を見る、自分の指導力と戦闘力で新兵を鍛える。
病に侵されていると、誰も考えもしない。
それほどまでに、アンナの活動は精力的だった
体が動くようになった解放感か、残された時間を有意義に使うためか。
問題は、我自身がそれを快く思えない点だけだろう。
時間が少ない中で、なぜ、側を離れる選択をする。
執務の合間に寄ったアンナの部屋を出て、大窓の前を通る。
庭園に繋がるその出入り口からは、庭の全体像と東屋が見えた。
そしてその東屋に、小さな人影が一つ。
紛れもない、王宮内を自由に動ける子供は一人しかいない。
庭に降り、近づく。
沈んだ表情が、赤銅色の髪で覆われていた。
「ディアーナ、何をしている」
「お、おとうさま。な、なにかしら」
「使用人もつれず、一人で何をしていると聞いた。質問で返すな」
「わ、わたくしだって一人で歩いてもいいはずだわ!!わたくしは、立派なレディーだし、この国の女王になるもの」
いつのまにか、ディアーナの物言いは高飛車なものになっていた。
これが、成長というものだろうか。
まだ7つにもならないうちから、女というものは気が強い。
子供の成長は、よく理解できないものだ。
周囲に幼子がいたことはないが、ディアーナの教育はアンナが一心に行っている。
この物言いが修正すべきならば、アンナがやっているだろう。
ディアーナは、うつむいて足をぶらつかせて座っていた。
忙しい身の上だ、常時娘を見てはいられない。
だが、それでもわかる。
何かが、足りない。
「ディアーナ」
「なにかしら、おとうさま」
「装身具をどうした。普段、何やら邪魔なものをつけているだろう。派手なものを好むとアンナが言っていた」
「……なくなったの」
「使用人に探させろ」
「昨日、みたんだもの……おそうじ中に、わたくしの腕輪とか、ひらひらのおそでとか、盗んだの」
「何……?」
ディアーナの側に側近はつけないように厳命していた。
それが順守されているならば、やったのはただの使用人。
専属使用人がディアーナにはいない。
ただの使用人が、我が娘のものに手を付けただと。
それを、ただやられたままで耐えているというか。
「誰だ。我がすぐに解任させる」
「いいのおとうさま!!あのね、おかあさまとちゃんと話し合って決めたのよ」
「アンナが、そのようなことをいうものか」
「『持てる者は与えるべきだ』って。みんな、生活が苦しいんだっていってたわ。それにね、本当に大事な宝石のものも、王族のマークのものも、盗まれていないのよ」
「侮られているということにも気が付かないほどの愚鈍なのか?」
「あなど……?わからないけれど、ちゃんとおかあさまとお話ししたんだもの!!それにね、わたくしちゃんと考えているのよ。これは使用人の弱みでしょう?これを使って、彼女たちを下僕にしてやるんだから!!」
子供の発想は、実に幼稚だ。
だが、完全なる間違いでもない。
使用人は、富裕層出身ではないものも多い。
アンナの移民政策以降、彼女が作った学校(使用人養成施設)を出たものは、下働きにはなるが王宮への出仕を許可する仕様になっている。
大幅に増えた使用人全員が、満足するほどの報酬を渡せているとは言えない。
まさか、王女の持ち物にまで手を出す困窮者がいるとは予想外だったが。
王族の持ち物に手を出すことは、重罪だ。
それをあえて泳がせ、見逃してやっているということか。
看過できない問題だ。
だが、アンナと話して出しただろう結論に、我が口を出す権利はあるまい。
「ならば、なぜそのような顔をしている。我の娘として、弱みを見せては付け込まれるだけと知れ」
「おとうさま、こわい……どうして?わたくしは、悲しんではいけないの!?考え込んでもいけないなんて、おかしいわ!!王宮はおとうさまがいるからあんしんしろっておかあさまは」
「王宮は安全ではない。隙を見せれば、尊厳すら消える場だ」
側近がいい例だろう。
歴代の王族たちにしてきただろう呪いの継承。
それをするためならば、王族を人間扱いしない黒衣ども。
15の我にしたこと、アンナへの子を産めという圧力、我がどれだけ戦場で死のうが、嬉々として遺体を回収して蘇生させ、その度に奇跡だと歓喜の声をあげる者ども。
そして、それを知らずに期待を寄せる国民たち。
お前たちの安寧は、百年続いている王族は、不死に呪われながらも上に立つ王族は。
おぞましいものでしかないのだと。
ディアーナは、うつむいて小さな手を強く握りしめていた。
剣一つ持てなさそうな、白くやわらかで非力な腕。
まだ生まれて数年、未熟なこの子供が悩むことがあるのか。
アンナに似た聡明さ故か、我に似てしまったしがらみか。
それが何であれ、取り除きたいと考えてしまう。
これは、庇護欲か、良心か、名前がわからない。
「あのね……おかあさまが、具合が悪そうなの。ずっと、ずっとよ。変なにおいのお茶ものんでいるの。おとうさま、おかあさまは、どうしてしまったの?」
ディアーナに、病状は伝えていない。
余命も、状況も。どこからアンナの情報が洩れるかわからなかった。
だが、気づくのだろう。
専属使用人と我以外で、元気になっているアンナを見てなお違和感を持つ者がいる。
それが、娘であるとは。
子供というものは、存外愚かではない。
余命宣告通りならば、共に過ごせる時間は数か月。
最近の様子を見るに、まだ希望があるがこれ以上ディアーナには隠さないほうがいいだろう。
時間がいかに貴重か、考える責任がある。
「アンナは、病に侵されている」
「おとうさま……どういうこと?」
「時間が少ない、あとはアンナが戻り次第自分で聞け」
「陛下―、どこですか陛下―」
視界の端、黒い人影が見えた。
側近か、大臣か、庭師か、それはどうでもいい。
これ以上、ここに留まれば執務にも支障が出る。
そのうちにアンナも戻る、問題はないだろう。
踵を返して王宮内に戻ろうとしたときに、後ろから「待って!!おとうさまぁ!!」とディアーナの声がした。
情けない声、まだ、守られるべきものの声だ。
そう考えれば、無駄な時間はない。
アンナがまだ動ける間に、少しでも王政廃止の流れを作る必要がある。
振り向かず、執務室に戻った。
数時間後、アンナが戻った。
そのすぐ後のことだ。
ディアーナが勝手に王宮から出たと、衛兵が報告に来た。
幼子が、強引に命令して馬車で飛び出していったと。




