74話 追い求めた茶と少女たち
「いやはや、不思議なものですね。やはり陛下も、他の歴代の王同様に属国を増やすとは!!その調子でお子も増やしていただけませぬか。王宮に戻ったら、ぜひに」
「側近、報告を。後方の様子はどうだ」
「いやはやつれない……すでに退却のご命令通り、支援部隊はディオメシアへの帰還路におりますよ。陛下も調印はお済みでしょう、お早く王宮へ戻られよ。馬車を用意いたしますので」
「自分で帰れる。我の馬はどこだ」
「いえいえ、ぜひに馬車へ」
「どうせ女を用意しているだろう。貴様らの考えが見通せないと思ったか」
愛剣、鎧、その上には忌々しい王のマント。
手にした今回侵攻した国の属国になる証書への調印も、煩わしいものでしかない、
属国になるということは、隷属ではない。
何かが起これば守る、その見返りにディオメシアに品を流し、配下となれ。
それだけのことだが、小国であればあるほど意気地になる。
ただ薬となる茶を欲していただけだったが、まさか国外流出させたくないとここまで大事にさせられるとは。
「馬車には例の茶を積め。入るだけ、積み込んで戻れ」
「わかりました。して、これは何のためで?」
「アンナへの、贈り物だ」
「へぇ!!ですが、本当にこの茶でいいのですか?もっと女性の喜ぶもののほうが、夫婦仲はより一層熱々に」
「戻る。手は抜くなよ」
「陛下!!……ちぇっ、大きくなって、扱いづらくなったもんだ」
愛馬にまたがり、茶の缶を一つ携えて野を駆ける。
懐中時計を見れば、もうすぐ夜明けが近い時間。
急かしに急かし、外が暗い中の調印だった、仕方がない。
どれもこれも、物を出し渋るのが悪い。
こちらは春になるまでの数か月、書面で何度もやり取りをしていたというのに。
本当に侵攻してくるとは思っていなかったのだろう。
ものの数時間で陥落を迎えることはわかりきっていた。
訓練にもならない。
日が昇り、明るくなっていく風景。
できるだけ急いでいたが、馬にも限界がある。
王宮まであと半分、すでに領内には入っているが、馬を休めるためにある村近くの湖に立ち寄った。
地に降り、水辺に寄れば馬はうまそうに水を飲む。
木の幹に腰かけ、その様子を見ていると近くで葉の擦れる音がした。
「何者だ」
「ひゃあっ。だ、だあれ……?しらないひとだ、村にご用ですか?」
「あっ、おいメリー変な奴に話しかけんなって」
「でもねアテナ、この人疲れてるみたいだよ」
近くの藪に向かって呼びかければ、帰ってきたのは子供の声。
こちらに向かって出された顔は、ディアーナより年上の少女二人。
口汚い小さな赤銅色髪のヴァルカンティア人らしき少女と、穏やかなそれより背の高い金髪癖毛のディオメシア人らしき少女。
近くの村娘だろう。
見たところ武器も持っていない。
その場から動かず、ただ我は少女たちに話しかけていた。
「何をしに来た」
「あ、隣村までクッキーのお使いです!!たくさん焼いたので、お裾分けで」
「何喋ってんだ!!危機感ってもんがないのか?この間だって、女たちがひどい目に遭ったりしただろ」
「そうだけど、私それ見てないし……それに、ここ隣村までの通り道だししょうがないよ。それにほら、多分あの人は、大丈夫。たぶんいい人」
「勘かよ」
「うん」
平和な言い争いだ。
これですべてがうまくいけば、進軍する必要もなかったというのに。
思わぬものを見させてもらった。
アンナの行ったヴァルカンティアの移民受け入れは、悪くなかったらしい。
ここにいては迷惑であるならば、退くのがいいだろう。
長居するつもりはない、何より早く王宮の戻る必要がある身だ。
馬の綱を引き、再度跨る。
湖を後にしようとしたその時、金髪の少女の「待ってください!!」という声がした。
「あの、よかったらクッキー一枚いりませんか?」
「おいメリー!!」
「アテナは黙ってって!!……うまくできたから。それに、お腹すいてそうな顔してます」
「貴様は、我が誰だかわかってそれを言うのか」
「誰……ごめんなさい、私お勉強苦手で。でも、クッキーは得意料理なんです」
赤銅色髪の少女は、おそらく我の正体に感づいているはずだ。
王家の紋章は、見える位置に入っている。
幼い殺気だ、何かあれば金髪の少女を守るだろう。
ここで、施しを受けるのも一興か。
「では、貰おう」
「はい!!これ、どうぞ」
「周囲に、気をつけろ」
「……言われなくても」
手渡されたのは、素朴なクッキーが一枚。
たったそれだけだ。
それを手にして、踵を返す。
野を駆けていく最中、それを口に入れてみた。
毒はなさそうだ、口の中の水分を奪う味が広がる。
「味は、やはりわからんか」
王宮に戻ったら、アンナの分と、自分の分、この缶の茶を淹れさせよう。
自分が口にしていないものを、アンナに飲ませることなどできない。
二人で茶を飲むのは、どれくらいぶりか。
期待だ、この感情は期待。
これがあれば、アンナの体が良くなるかもしれない。
彼女の役に、立つ。
それだけを胸に、王宮へ飛び込むように戻った。
アンナの専属使用人に命じて、二人分の茶を用意させる。
この茶は、子供には飲ませるなとのことだ、仕方がない。
昼下がり、二人で茶を飲んだ。
アンナは、興味深そうに何度も匂いを嗅ぎ、そして一口煽る。
「苦い酸っぱいえぐみがある総じてマズイ!!」
「……すまない。体に効くと、聞いた」
「ゲホ、ゲホ……すまない、大丈夫、大丈夫だ……きっと飲み慣れれば癖になる」
「無理をするな」
「無理じゃないぞ。この茶で、まだ生きられるなら願ったりかなったりだ」
まずいと言いつつ、アンナは嬉しそうに茶を飲む。
一口飲んだが、香りはいいのに舌を刺すような苦みがある。
味覚に異常がある我ですらこうであれば、アンナはもっと苦痛だろう。
だが、アンナは強情だった。
この日から、毎日何杯もこの茶を飲んでいる。
気に入ったかは分からないが、効果が出ていると信じている。
だが、一つ怒られたことがあった。
さすがに、部屋一つを埋めつくすほどの茶葉は、問題だったらしい。




