72話 アンナが願った品
「来賓は」
「皆さんお着きです。すでにご歓談の様子」
「来ていない者は」
「アンナ様のご両親はご欠席とのこと。お伝えしますか?」
「いい。その件はアンナに書面が来た、他の懸念は」
「陛下!そろそろお召し物の準備を」
「後にしろ」
「ですが皆さまお待ちかねです!!」
紙の束片手に、舌打ちをした。
今日はディアーナの誕生日。
本人が幼いこともあり、昼間にすべてのパーティーは行われる。
準備の日数は短いが、使用人たちも勝手はわかっている。
社交の場の指揮を執るのは不慣れだが、我の指示で王宮内には多くの人間が歩き回っていた。
指示を出しながら好きではない豪奢な服に身を包み、王冠と黒曜石のアクセサリーと身につけさせられる。
どれもこれも、一つとして好むものなどない。
服装一つで権威が伝わるのであれば、我ではなく別の人間が立てばいいものを。
使用人たちが服装を確認していると、ノックが響く。
返事も待たずに開けたのは、やはり側近。
今日の側近は老婆だった。
「失礼いたします、側近、ここに参りました」
「何の用だ。貴様に用はない」
「今日の社交界にて、多くの娘を招いておりますれば。どうか、陛下にはそこから何人か見繕っていただきたく」
「去れ。今日はディアーナの祝いの場だ」
「ですがね陛下。このまま後継がディアーナ様のみでは心もとないというもの」
「どうせ死ねない身だ。これ以上増やして何になる、娘の祝いの場に妾にならんとやってくる女など、たかが知れる」
「ですが、女王など他国から顰蹙を買いますよ!!」
「たかが百年の歴史だ、守るものはない」
使用人が身支度を整えたのを確認し、そのまま部屋を出る。
老婆が耳障りだったが、うまく置き去りにした。
あのままあの部屋に居座ることはできない。
呼ばれている場所がある、そこに赴かねば。
慌ただしい王宮内の廊下を、一つの部屋に向かって歩いていく。
動きにくい服装も、たまには役に立つ。
皆が大げさに避けるのは、面倒が少なかった。
その部屋につくと、ノックを3回。
間髪入れず「どうぞー」とアンナの声がしたので、扉を開けた。
「こら、大人しくしないか」
「い、や!!いたい、髪の毛絡ませないで!!」
「ディアーナが動くからだ。あーあー、金具に絡まってる」
「もうやぁー……メイド長がいい~」
部屋の中には、アンナとディアーナしかいない。
ここがディアーナの自室ということもあるが、アンナの専属使用人の一人でもいるかと思ったんだが。
ドレッサーの前で、椅子に腰かけるディアーナの後ろ、アンナは娘の髪を前に困り果てていた。
「なんだ。呼んだのはアンナだろう、何をしてる」
「や、その前にな?ディアーナの髪を整えてたんだが、痛いと泣かれて……ついには髪飾りに引っかかってしまった」
「やだ!!ん~!切って!!」
「いやいや、結構な本数絡まってるんだぞ!?それはいけない……あれ、ここはどうやれば」
「いたい、痛いって!!」
アンナは、手先が不器用だ。
どんな武器も扱いこなし、人心掌握も繊細に行うが、手先の細やかさは身に着けていない。
その状態で、髪飾りから髪をほどこうとすると、余計に絡まってディアーナが騒ぐ。
ガーネットが埋め込まれた、銀製の髪飾り。
王族である威光を示すために、ディアーナに与えられた宝石をあしらった逸品。
だが、うまく使われなければこうして泣かせるものでしかない。
威光とやらを笑いたい気分だが、今はそうもできない。
アンナの後ろから手を回し、髪飾りに触れる。
母と子で同じ、美しい赤銅色の髪だ。
切るなど、とんでもない。
「よく見ろ。ここの場所が噛んでいるだけだ。変に動かすな」
「あ、本当だ……やはり、ルクって手先器用だな。ほらディアーナ、取れたぞ」
「もう髪やらないっ!!」
「なっ!?それはだめだ。みんな待ってるのに」
「やだ、いやったらいやよ!!」
「……アンナ、ディアーナの肩を抑えろ」
「え?わ、わかった」
アンナが小さな肩を少し抑えただけで、動きは止まる。
あまり心得はないが、姉様たちがお互いの髪を触りあっていたことを思い出す。
確か、簡単なものがあったはずだ。
思い出しながら、柔らかな娘の髪に触れる。
肩につくほどの短い髪だ、できることは多くない。
威光としての髪飾りがうまくつけられれば、上出来だろう。
アンナの後ろから手を回し、一分ほどでディアーナの髪は整う。
鏡に映るその姿は、無様なものではない。
「これでいいか」
「えっ、すごい。どうやったんだこれは」
「おかあさま、できた?」
「ああ。よく似合っているぞ」
「やったぁ!!」
ディアーナは、そのまま椅子から降りるとこちらの止める前に駆け出して行った。
「待て!!」とアンナの声も耳に入らないのだろう、すぐに部屋の中は二人になる。
アンナを見やれば、着ているのはいつかにも来ていた深緑のドレス。
美しいと感じたあの日以降、このドレスは何度着ているのを見ても同じ感想が満ちる。
「まぁいいか……ルクは、見た目に似合わず器用だな」
「何の用だ。我は忙しい」
「そりゃあ、私から全部の仕事取り上げたらそうなる。気遣ってもらわなくとも、まだまだ元気だよ」
「それを言いたかっただけか」
「まさか。ルクに頼みごとをしたかったんだ、といっても、すぐに叶えられるものでもないけどな」
アンナは、そう言ってドレッサーの前の椅子に腰かけた。
息をつく様子からして、言葉通りではないだろう。
前であれば、そのような仕草はなかった。
アンナの手がドレスの裾を掴む。
赤銅色の髪によく映える、彼女に与えた宝石と同じ緑。
「ちょっと高価な買い物がしたいんだ。もちろん特注でこの世に一つしかないもの」
「新しい武器ならもう買わん」
「そっちじゃないさ、髪飾りが欲しい」
「珍しい、アンナから装飾品を頼まれるのは」
「特別なものだからな」
「髪飾りに特別も何もない」
ただの感想。
だが、それにいつもの軽い返答はすぐになかった。
鏡の中、アンナは穏やかに微笑んでいる。
らしくもない、快活さを潜めた笑顔。
それが何を意味するのか、分かるはずもない。
「宝石つきの、長く使えるデザインの髪飾りが欲しい。ガーネットと、エメラルドのついたもの。私がいなくなっても、ディアーナを守っていると一目でわかるものがいいな」
アンナは、すでに覚悟を決めている。
宝石付きの装身具は、最上の王家の証。
それを二種類つけるのは、異例だ。
死ぬ覚悟を、してしまっている。
我は、往生際悪くアンナの延命を望んでいるというのに。
その願いを、棄却することは、できなかった。




