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69話 冬日の成長と赤

寒さの冬がやってきた。

日が短く、夜の長い季節。


今年は作物の取れ高が去年より多いと報告された。

書物が去年の比にならないほどに売れ、市井では簡単な毒消しや薬草を用いた料理が爆発的に増えたという。


広い執務室で、担当大臣の出してきた報告書を見つつ、ペンを走らせる。

隣に控える側近は、今日は同い年ほどの男だった。



「側近」

「いかがなさいました」

「印象操作はどうなった」

「どの操作ですか?王族の仲の良さ、軍拡、国家賛美、心当たりが多いので」

「移民についてだ。裏カジノについて」

「ああ。はい、もう半年近く経ちましたが、結果は良好です。ヴァルカンティアの時以上に反発はありましたが、彼らも生き抜くために薬草等の知識を提供したようなので」

「反乱はどうだ」

「これについては問題ありません。スラムの奴らがいつも通りうるさくしていますが。それにしても、うれしい限りですよ陛下」

「何がだ」

「我々を頼ってくださいましたので。ええ、王族の方のためならば、側近一同不可能も可能にいたしましょう」



得意げに話す様子に、嫌気が差す。

本来、側近たちに頼むなどしたくはなかった。


だが、仕方のないことだ。

アンナが受け入れてしまった以上、国民に受け入れさせなければ彼女の立場が危ない。


ただでさえ、娘一人しか生まないのかとせっつかれている。

彼女の功績として、実績を積み重ねなければ排除されることすらあり得る。



「時に陛下、ひとつ忠告をよろしいでしょうか」

「許可を出すとでも思ったか」

「思いませぬが、これだけは。最近王妃様と険悪なご様子、王女様ともお話にならないとか」

「執務が忙しい」

「さては喧嘩でしょうか?お早く仲直りをしてくださいませんと困ります、愛妾を抱える気もないのでしょう」



普段ならば、切り捨てているところだ。

だが、借りがある以上しばらくは排除もできない。


あの夜以降、アンナを避けてしまっている。

こちらにアンナが寄るたびに、何と言えばいいのかわからなくなる。

彼女にあった苛立ちはすでに鎮まった。

だが、彼女にあのような感情を覚えてしまった事実は消えない。


もう、アンナと話をすべきではない。

彼女には、幸せでいたほうが似合う。

向こうから来ないのが、何よりの証拠だろう。



「王妃様は、今日も外に出られたようで。裏カジノの人間を再教育した後、王宮で何人か使用人として起用できないかと大臣にも提案していました」

「変わった様子はないか」

「ありませんね。でも、陛下と話をしていないのに各地の内情や様々な情報をなぜ知っているのかは疑問です。調べてもよろしいでしょうか」

「放っておけ。貴様らに、そのような時間はない。印象操作に努めろ、仕事だろう」



大方、ジークと繋がっているはずだ。

神出鬼没、変装が得意な奴だ。

側近に負けるとは思えないが、注視させるのも都合が悪い。


アンナがこちらに突撃してこないのも、奴が裏で情報を流しているからだろう。

ちょうどいい、こちらも利用するだけだ。



「では、そのように……そうそう陛下、最後にもう一つ」

「無駄口をたたく暇があるのか」

「とんでもございません。もうすぐ王女様の誕生日でしょう、これまで通りの準備でよろしいですか?」

「ああ。任せ……待て、それは我がやる」

「陛下が、ですか?例年通り、王妃様主導で行おうとしていましたが。お忙しいのでは?」

「一つ仕事が増えるだけだ」

「では、王妃様と一緒に草案をお願いいたします。お二人ともお忙しいですね」



側近の笑みに構っていられない。

ディアーナの誕生日だ。

6歳になる娘の、大きな行事になる。


これは兆しだ。

誕生パーティーという社交界の準備は大掛かりなものになる。

今更、アンナと通常の会話をするのは難しい。

だがこれが関われば、会話をするのは必須。


印象操作があると言えど、限度がある。

ある程度の会話は必要。


そう考え、執務室を出てアンナの私室へ向かう。

寝室とは別に、彼女の好きな本や武器等を置いている彼女だけの部屋。

ディアーナは文字の読み書きを勉強している時間だろう。

この時間であれば、ここにいるはずだ。


ノックをする。

だが、返事がない。


扉は閉まっているが、人の気配はある。

一人、おそらくアンナだ。



「アンナ、居るか。ディアーナの誕生パーティーについて話がある、入るぞ」



普段、こちらの了承なしに部屋に踏み込むのはアンナのほうだ。

我も、同じことをしてもいいはず。


部屋の中は、明るかった。

アンナの机には、多くの資料。本棚、ドレッサー、テーブル。

太陽が差し込み、室内を照らす。

物は多いが、使用人たちが整えるせいか圧迫感はない。


アンナは、机に向かっていた。

激しく咳き込み、口元にハンカチを当てている。

苦しそうに、湿っぽい咳を続けている。


風邪だろうか。

嫁いでから妊娠以外で体調を崩さなかったアンナが、珍しい。


いや違う。

嗅ぎなれた匂いがする。

鉄の匂いだ。


戦場で、そして王宮で何度も嗅いだ、血の匂い。



「アンナ!!」

「る、くゲホ、ゴホッ。やめ、大丈夫だ」

「何をした、なにがあった」

「ほんとうに大事はない、ちょ、やめろ!!」



駆け寄り、口元を覆う手を剝がそうとする。

だが、力が強い。

そこまでして、見せないとでもいうのか。


アンナがまた咳き込む。

そして、なぜそれを見せたがらないのかを知った。


ハンカチに吸収しきれなかった、赤。

咳き込むたびに出てくるのは、血だった。

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