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70話 無自覚の愛妻王

「見なかったことにしてくれないか」



息も絶え絶えのアンナは、咳をし終えるとそう言った。


血を吐いた彼女と、我しかいない彼女の私室。

専属使用人すらいない部屋。


呼吸ができるようになったアンナが最初に述べたのは、これを隠すことだった。



「馬鹿を言うな。医者を呼ぶ」

「いやだ。医者にはもうかかったんだ、王宮の誰にも言わないでくれ」

「このような状態で、まだ無駄口を。王宮医から報告は受けていない、どの医者にかかった。無能な医者はすぐに処罰する」

「やめてくれ。こっそり裏カジノの医者にかかったんだ、王宮医が知ってるはずない」

「なぜだ。この状態はなんだ。どうして誰にも言わない」



アンナは、目を逸らす。

彼女がディオメシアに移住した裏カジノの民の視察に行っているのは、知っていた。


彼らと交流を持ち、裏カジノの勢力がどこまで手を伸ばしているかの調査をしていたことも。

その一環で遠征まがいの行動をしていても、止めることはできなかった。


その結果がこれか。



「だって、言ったら心配するだろう。大丈夫だ、すぐ死ぬわけじゃない」

「死ぬ、だと。アンナ、何を言っている」

「治療法がないんだ。でも、まだ3年は生きるだろうだと」

「すぐに王宮医を呼ぶ。国中の医者に通達すれば、方法はある」

「だからそれが嫌なんだ!!というか、なんなんだ!?何か月も私を避けておいて、愛想が尽きたんだろう!?」

「黙れ。舌を噛むぞ」



アンナの死など、あるはずがない。

呪われていないアンナは、死ねる体だ。

だとしても、そんな事実は許さない。


アンナの体を救い上げ、背中と足を横に抱えて部屋を出る。

腕の中で暴れるアンナは、魚のようだった。



「おろせ!!待て待て、みんなが見てるだろう!?恥ずかしい!!」

「何を恥じることがある。暴れても無駄だ」

「怖いものなしか!?わっ、ちょっ、使用人たちが笑ってるじゃないか!!」

「些末だな」

「ルク、君なぁ!!う、見るな!!みんな見るなぁ~!!」



すれ違う大臣、側近ども、使用人の妙な笑顔がある。

何を考えているのか、それはどうでもいいことだ。


暴れるアンナは抱えにくいが、制御できないほどではない。

それが何を意味するか。


アンナが弱っていることに他ならない。

全盛期、ほんの数年前までアンナが動けば腕は弾き飛ばされた。

武器がなくとも、このように抱えられるままであることはなかった。


ほんとうに逃げ出したいのであれば、できるはずだ。

顔が赤いな、熱も出てきたらしい。



「は、はずかしい。あとで絶対ジークにもからかわれる」

「昔もやったことだ。なぜ恥じる」

「あれは結婚式のときだろう!?あれから何年経ったと思う!?」

「だから何だ、ここは我の王宮だぞ」

「この……!ずっと無視したくせに今更なんだ!?いやがらせだな!?」

「アンナもなぜ、我の部屋に来なかった」

「行けるか!!私のせいでルクが忙しくなったのに」

「くだらない」

「何がくだらないだ!!」

「それごときで、離れていた時間がくだらない」



もし、早くアンナの苦しみに気が付いていたら。

いや、まだ間に合うはずだ。


叫べるほどに元気であれば、誤診だろう。

彼女はまだ生きなければならない。


ディアーナが正式に王族と認識される7歳まで、その先の成長まで、大人になるまで。

我の隣で、王政が廃されるのを見届ける義務がある。


すべての選択肢から、最悪を選ばせた人間として幸せになる義務がある。

それには、まだ3年ごときの時間では足りない。


医務室に入り、王宮医を呼ぶ。

出てきたのは、気の強そうな女の医師だった。



「なんです?騒々しい」

「今すぐアンナを診ろ」

「バッ、バカ!!ここじゃ知れ渡る!!」

「じゃあなんだ。隠したままにしろというのか」

「だから!!もし側近に知れたら面倒だろう!?」



そこまで考えが至らなかった。

確かに、アンナが重病だとわかれば側近どもは何をするかわからない。

最悪、早期にアンナを亡き者にして後妻を探すだろう。


それは防がなければ。


だがここまで来てしまった。

王宮内でアンナの体をいつでも診られる医師は欲しい。

怪しげにこちらを見る女医は、どれほどこちらの味方をするだろうか。


迂闊にも、ここに来るまでの姿は大勢に見られている。

今更ここに来た事実など隠せない。


すでに側近の耳にも入っているはずだ。

どうすれば、アンナを守ったまま診察を受けられるのか。



「陛下?王妃様となにがあったのです」

「貴様、命が惜しいか」

「えっ?王妃様を診るのではないのですか」

「命が惜しければ、真相は他言するな。守れば、多くの報酬を出す」

「……あの、それはここだけの話にしろということでしょうか」

「返事以外は望まん。答えろ」



賢い女医だ。

すぐに理解したのだろう。


この現状、退路などない。

許されたのは、了承のみ。


返事を受け、周囲を見渡した。

多くの人間の視線がある。

嘘であれ妄言を言うことは避けたかったが、致し方ない。


すべては、奴らの望むよう進んでいると思わせればそれでいい。

事実かどうかは関係なく、視線をそらすためだ。



「る、ルク?なにするつもりだ」

「アンナに、無理をさせた。腰をいわせたらしい」

「へ、陛下。それはあの」

「子作りに励みすぎた。できるだけ静かに診察を願う」



言い終わったとき、頬に軽い衝撃があった。

わずかに熱を持つ頬と、腕の中で伸ばされたアンナの手。


全力ではない力で、頬を張られたらしい。

先ほどとは比べ物にならないほど、アンナの顔は赤かった。

熱が上がってしまったか。



「案ずるな、すぐに診察が受けられる」

「んなことを大声で言うことがあるか!!こっ、これから王宮歩けないだろう!!」

「今更だな、ディアーナがいる以上何もおかしなことはない」

「だからって聞こえるように言うことないじゃないか」

「我はアンナ以外と子を成す気はない。おとなしく診察を受けろ」

「……陛下、そこまででお願いいたします。とうに皆、散っておりますので」



アンナをおろし、女医に任せる。

周囲に、側近含め面倒な奴らはいない。


明日か明後日には、この一連の動きは国民に周知されるだろうが好都合。

仲が冷え切ってると思われては、後妻騒動が起こる。


早く、早く診察が終わらないか。

間違いだったと診断を下せ。


診察が終わるのを待つ間、絶えずめまいが襲っていた。

最悪な想像は、それだけで体調の悪化を招くらしい。

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