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68話 大きなすれ違い

ツキは去年死んだらしい。

墓はなく、どう死んだのかも定かではない。

だが、裏カジノ出身者の繋がりで、彼女があの忌まわしい出来事の後どう生きたかをアンナは聞いていた。


真夜中の寝室には、蝋燭が一本灯る。

ディアーナは、戻ってきたころには食事や身支度もすべてジークが終わらせて眠っていた。


こうして、アンナと二人で語り合う夜はひどく久方ぶりだ。



「ほんとうにただ街を見るだけのつもりだったんだ。ちょっと足を延ばして、スラム近くに行ったら」

「あそこは王族でも手が出せない地だ。ただ気まぐれで行ったとは、苦し紛れだな」

「……やっぱり、お見通しか。ああ、あそこは民族のるつぼだと聞いたからな。もしかしたら、裏カジノ出身者がいないかと思ったんだ。そしたら、居たんだよ。しかもツキさんの最期を知ってた人が」

「なぜ、そこまでする。アンナが動くべきものは何一つない」

「言っただろう、ルクの苦しいのは見ていられないしそれに……同じ女としても、ツキさんが側近にされたことは最悪だった」

「それは、動く理由になるのか」

「なる。だって、もう私の居るべき場所はディオメシアの王宮だ。それに、もしもディアーナが同じ目に遭ったらどうする?」

「側近一族を皆殺しにする」

「ルクは過激だな」



過激だろうか。

我とツキがされたことを、相手が誰であれディアーナがされるならば当然のことだ。


この身には、少なからず娘への情があったらしい。

それを置いても、危険なスラム特別保護区へ向かったのは看過できない。

あの場所は、ディオメシア建国以来王族への反抗姿勢をやめない者たちの集まりだ。


スラムの指導者が変わろうと、過去に善政を敷いたディオメシア王があっても、スラムの民を助けようと補助をしても、不自然なほど反乱を起こす。


判を押したように、武力で反抗をしてくる不可思議な集団だ。



「聞かせろ、なぜそれが今回の事態になった。あれは裏カジノの民だろう、まさか乗り込んだのか」

「乗り込んだというか、結果的にそうなったというか、わざとではなかったというか、偶然に偶然が重なって勢いでというか」

「ディアーナから、学校を作っていると聞いた。前々から計画していただろう、動くなという我の言うことが聞けないのか」

「そこまでバレてたのか!!ああ、まったくあの子はよく覚えているな」



観念したように、アンナは一連の出来事を語りだした。

計画性があるが、肝心なところで、それを捨ててしまうほどの無鉄砲さも併せ持つ今日の出来事。


政で頭を悩ませたことは数えきれない。

だが、それ以上に妻の行動の理解を苦しむことになるとは。



「つまり、ツキのことを聞いたスラムの人間が裏カジノ出身だった。ツキのことで警戒を解かれ、流されるままに裏カジノへ招待されたと。待て、君が用意した学校はなんだったんだ」

「あれはディオメシアの貧しい子供たちを集めて学校を作ろうとしていただけだ。誓って、前提は裏カジノの人たちのためにやったわけじゃない」

「それで裏カジノで何と言った。『ディオメシアで生きたい者は私と一緒に来い』と、今言ったな」

「整備されてはいたんだが、あまりにアングラすぎる世界だったんだ……つい。でもちゃんと呼びかけも宣伝もしたうえで、集まった人間だけを連れてきた」

「つい、だと?君がしたことは誘拐のようなものだ。裏カジノの危険性も、民たちがディオメシアとは違うことも伝えた。その耳に、我の声は聞こえていなかったらしい」



杜撰そのものだった。

学校含め、今日赴いたあの空き家が並ぶ地域は、ヴァルカンティアの移民政策で人口が増えたために整備をし始めた区画だったらしい。


我に知られないよう、整備が完了してから言うつもりだったというが、それが本当かもわからない。


アンナが念のために走らせていた計画が、突然の人口流入の受け皿になったというのだ。

このような計画的な杜撰は聞いたことがない。



「誘拐なんてそんな。だって裏カジノじゃ子供が危ない薬品を扱ったり、暴力の訓練もしていたんだぞ。全部すべきじゃないし、私は希望したものだけを連れてきた。これから数日にわたって少しずつ流入を進めるつもりで」

「ヴァルカンティアを忘れたのか。アンナの国も、子供の頃から武器を持ち、毒をわざと飲んで耐性をつける文化だった。聞く限り、確かに非合法が横行する裏カジノだが、君の国と大きく変わらない」

「何を言ってるんだ、私の国は正々堂々鍛えてるだけだ。それに、毒の耐性は一部でしかやっていない。何より、裏カジノの人々は普通の人間だ!!体が強い我々ヴァルカンティア人じゃない」

「以前から感じていたが、アンナにとってディオメシアは何だ?困っていると断じた人間を、無尽蔵に受け入れられる都合のいい国か。なめられたものだ」

「都合がいいなんて思ってない!!ヴァルカンティア人は先の戦争での被害者だし、裏カジノだって地下に住むといえど同じディオメシアの民なんじゃないのか?」

「違う。裏カジノとディオメシアは、決定的に別の国だ」



ヴァルカンティア人を入れたことで、多少の問題はあったが現在は問題なく機能している。

だがそれは、事前の準備があったからできたこと。


今回の裏カジノについては、元からあった別の器に、歴史的にも不和を産みかねない民族を勝手に入れている。

何が起こるか、調和できるか、それすら想像がつかない。


アンナが思い通りになることなどない、それは出会った時から変わらない認識だ。

だが、慈善で勝手に踏み込んではいけない領域があるらしい。


理解した。

我の中にも、わずかに王としての意識があったようだ。



「ハイネ殿から何を教わった。戦いだけか」

「すまない、軽率だった。でもこれはディオメシアのためになると思って」

「これでまた支持が上がる。王政は必要だと民が考え、王族の継続が望まれるだろう。普通の国家であれば、それは最良だろう。我にとっては最悪だ」

「でも、彼らは頭がいい。きっと発展に力を貸してくれる」

「今日は寝ろ。明日大臣たちに通達する事項をまとめる」

「ルク、待ってくれ。まだツキさんの話はあるんだ、これだけでも」

「黙れ。今話せば、君に当たる」



アンナを置いて、寝室から出る。

追いかけてこないことに、どこか安堵する自分がいた。


アンナに苛立ちを覚える日が来るとは。

なぜなのかは、理解しきれなかった。

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